北山十八間戸

奈良県奈良市川上町


かつてハンセン病は、「癩病」さらには「業病」と呼ばれていました。また、癩病の罹患者のことは癩者(らいじゃ)と呼ばれました。前世の罪の報いがこの病気として表れると信じられていたとのことで、これは仏教の世界観を基にした思想です。

癩病を発症した者は、たとえ皇族であっても被差別民である非人身分とされました。さらに、癩者の直接の世話は非人の役だったといわれています。アニメ「もののけ姫」の中に、石火矢を調整している包帯だらけの人たちが登場します。彼らが癩者の姿でしょう。

昔話に、女性皇族が癩者を看病したところ、癩病が治ったとか言う美談がありました。医学的知見の乏しかった時代では、今で言うハンセン病以外の皮膚病の多くが癩病の範疇に入れて考えられていた様子です。となると、看病するしないに関わりなく皮膚病が完治したケースも考えられ、それが癩者看病の美談に利用されたのかもしれません。

この北山十八間戸(きたやまじゅうはっけんこ)は、鎌倉時代に西大寺の僧忍性によって建てられたと伝えられる癩者の救済施設です。現在の北山十八間戸は花の寺として有名な般若寺のすぐ南にありますが、元々は般若寺の東北にあり、現在地は江戸期の戦火による焼失後の移転地です。忍性とその師叡尊は、般若寺を拠点として非人や癩者の救済活動を行っていたので、北山十八間戸と般若寺はそれなりに関係が深かったのではないかと思われます。



北山十八間戸や般若寺のある場所は、東大寺大仏殿や興福寺五重塔を南に見下ろす高台となります。この一帯は奈良坂と呼ばれ、中世には「奈良坂の非人」と呼ばれる被差別民が居住した場所です。

「奈良坂の非人」と諍いがあったのが、京都の清水寺に隷属する「清水坂の非人」です。他に、祇園八坂神社(元は祇園感神院という寺院)の「犬神人:いぬじにん」も良く知られた名です。このように、今に残る有名寺社には被差別民が隷属して雑務などの役割を果たすケースが多く、奈良県内の被差別民はその多くが興福寺の管理下にありました。

北山十八間戸のような癩者の救済施設は他に何カ所かが知られており、それらは今でいう福祉政策を、時の行政ではなく寺院などが行っていたことになります。研究者の言葉を借りれば、救済活動を行っていた宗教者でも、癩者に対しては前世の罪の報いを受けた者と認識していたそうです。救済活動とその思想背景はまったく別のものだった様子です。

ここから少し話を変えます。

上記した仏教の世界観の中にある「前世の罪」がどのようなものと考えられたか、それが水元正人氏の「宿神思想と被差別部落」に解説されていたので該当部を引用します。

*******引用始め*******
『法華経』の「普賢菩薩勧発品(かんぽつほん)」の一節に、『法華経』や持経者を軽んじた者がこうむる「罪報」として、

 かくの如き罪の報いは、当に世世に眼なかるべし。(略)この経を受持する者を見て、その過悪(あやまち)を出さば、(略)この人は現世に白癩の病を得ん。若しこれを軽笑せば、当に世世に牙歯は疎(す)き欠け、醜き唇、平める鼻ありて、手足は繚(もつ)れ戻(まが)り、眼目は角睞(すが)み、身体は臭く穢く、悪しき瘡(できもの)の膿血あり、水腹(すいふく)、短気(たんけ)、諸の悪しき重病あるべし。

と記されている。これらは、まさしく「癩者・不具者」の姿を示している。この一説が受容されると、今、現に「癩者」なり「不具者」である者は、前世で仏教の教えに反する行いをした者であるという恐るべき思想を生む(業の思想)。

 宿神思想と被差別部落 P67:水元正人著

*******引用終り*******

次のサイトが参考になるでしょう。
【Link:妙法蓮華経 普賢菩薩勧発品第二十八 8日目】



法華経という経典そのものを軽んじたり、法華経を修めようとする者を軽んずる行為がそのまま罪であり、次の世で報いを受けるという考え方です。何ともおごり高ぶった意識が見えるような気がします。

しかしながらそれが経典に書かれているということは、書かれた当時は「業の思想」が正しいと考えられていたのでしょう。おそらくは、目の前にいる癩者を差別するために「前世」という怪しげなものを想定しての理論付けがなされたのでしょう。そこには異質な者を排除しようとする人間の心理があるのでしょう。

これを、医学が発達し価値観が多様化した現代の視点で見るならば、業の思想は非常に古臭く無意味な考え方だと思います。本人に直接責任が無い事情を理由に現に生きる人を差別する行為に見え、それは仏教に含まれる思想が差別的な表れ方をした典型例と考えられます。

経典の内容を現代に適用することが時々見られますが、仮にそれをするなら内容の吟味や取捨選択が必要なのはいうまでもないことでしょう。前世云々のごときを現代に適用させるのは愚かしい行為に思えます。

この種の話が北山十八間戸や観光寺社を紹介するガイドなどに記述されることは多くありませんが、私的には、できる限りこの種の話の正確な知識を得たいと考えています。





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