げんくろうぎつね

元伝承を知りませんか?

大和郡山の「こおりやま民話絵本の会」による絵本「げんくろうぎつね」が2011年に発行され現在に至っています。同書は奈良県内のかなりの公共図書館に置かれるなど、地元ではある程度知られる本となっています。本稿では同書のことを少し考えてみたいと思います。

大和郡山の語り伝えたいふるさと民話「げんくろうぎつね」

  作絵・文:藤戸輝子  きり絵:馬場敏枝
  こおりやま民話絵本の会 中田光子

【Link:WebcatPlus】
【Link:カーリルローカル】

同書は奈良県大和郡山市の「まちづくりアイデアサポート事業」の対象となり、次の一覧から確認することができます。

【平成22年度 大和郡山市まちづくりアイデアサポート事業 支援決定グループ一覧表(PDF 92KB))】




本の表紙画像を撮影して掲載したいのですが、その行為は著作権に抵触する恐れがあるため止めておきます。源九郎稲荷神社社殿と2体の狛狐を切り絵イラストで表現した表紙です。画像検索で出るかもしれません。

【Link:画像検索】

なお、本稿には源九郎稲荷神社や洞泉寺の名が出ますが、基本的に両社寺には無関係な話です。大和郡山の伝承をある程度詳しく調べようとすると、両社寺に関係を持たなくとも本稿の内容は高確率で気付く話ですので、本稿に関して両社寺へのお問い合わせなどはお控えくださいますようお願いいたします。

さて、同書「げんくろうぎつね」には源九郎狐について一般に知られているいくつかのエピソードが掲載されていますが、その中で2件ばかり気になるものがあります。以下に(1)・(2)としてその大雑把なストーリーを読み取ってみましょう。

まず以下が(1)です。

(1)
・殿様はげんくろうぎつねの力を見たく思い、お城に呼んで「力を見せよ」との指示をする。
・げんくろうは静かに外を見る。
・桜の花びらが散る。
・殿様には桜ではなく蝶に見える。
・さらに緑の葉っぱに見える。
・葉っぱは赤や黄色に色づき散っていく。
・白い葉っぱが雪にも見える。
・殿様が雪をつかむと桜の花びらだった。
・殿様は驚き、げんくろうの社を建てる。

このようなストーリーです。一般に知られている形式ではなく、何となく同書のオリジナルのように見えてしまう話です。

が、同書には「創作」であるとの表記はなされておらず、元伝承があるのか現代人の創作なのか分からない状況です。

この場合の現代人とは、同書の出版前の近年に活動している世代を想定しています。2〜3世代をさかのぼることは考えていません。



上記(1)に対応するかと思われる一般に知られている話に、源九郎稲荷神社や洞泉寺の由緒として伝わる「源九郎天縁起」があります。両社寺のある大和郡山市が市政を敷く以前の1953年発行の「郡山町史」から、その「源九郎天縁起」を引用します。かなりの長文なので該当する部分のみの引用です。

文中、「(前略)」の部分は、長安寺村の宝誉上人が源九郎狐の奇譚(宝誉上人の夢枕に源九郎を名乗る老翁が立ち城鎮守のためのダキニ天祭祀を推奨した話)を豊臣秀長に紹介し、秀長がそれを受け寺院建立を裁可した、というエピソードから始まります。

*******引用始め*******
源九郎天縁起

(前略)
 秀長この次第を耳にして源九郎の神通力を試し見んと或る日上人に命じて呼び寄せしめたところ、源九郎白狐は早速麻裃に身を装い眷族を伴うて登城、秀長始 め重臣達の居並ぶ面前に現われて、吾れ往昔より順逆の合戦に馳せ参じ靈力を以て数々の忠誠を盡して来たが、只今よりは特に源ノ九郎邦官義經公の生涯を守護 し奉つた次第を實演によつて御覧に入れ申すペしと言いも終らぬうち、庭前は一瞬黒雲に蔽われ咫尺を辨ぜざる中に鮮明の場面が出現して、牛若丸の鞍馬山修業 から五條の橋で辨慶との立會に始まり、兄頼朝の拳兵に参畫して名を源義經と改め粟津ケ原に木曾義仲を攻め亡ぼし、一の谷に平家の公達を迫拂い、屋島沖の舟 戦に勇名を轟かし遂に長州檀の浦に追撃した場面から、後頼朝の勘氣に觸れて吉野山に逃れ愛妾静と惜別の涙をしぼり、安宅の関に於ける辨慶勧進帳の一幕から 奥州平泉に落ち延びられたが六十餘州身の置き所無く唐土に渡らんと船出せらるる迄神通自在の靈カを以て護送し、逸に岸頭のお別れに臨んで義經公より永年の 加護を感賞せられて源九郎の御名を腸つたいちぶし什を演出し終るや暗雲颯つと飛び散つて一天晴れ渡り白狐の姿もなくその神出鬼没の不可思議なる靈異に秀長 以下列座の面々も只々感歎措くところを知らなかつた。
 茲に・E翌ト秀長自ら洞泉寺境内に~祠を造営し、源九郎稲荷を奉斎し、上下挙つて篤く信仰せられた。
(後略)

 郡山町史
*******引用終り*******

以上が「源九郎天縁起」です。(1)に対応するかと思えるもののまったく違う話のようにも見えます。が、これ以外に(1)に近似する話は少なくとも本稿筆者は承知していません。

次のサイトも参考になるでしょう。

【LINK:大和郡山市のサイトから“白狐囃子”】

次が(2)で、同書「げんくろうぎつね」にあるもう1つの気になるエピソードです。

(2)
・冬のある夜、綿帽子を売る店に侍が「頭巾」10枚を買いに訪れる。
(さし絵の侍には尻尾がある)
・侍は、頭巾の代金はとうせん寺へ取りに来るよう伝える。
・その夜、殿様の行列が旅に出る。
・あの「頭巾」を被った侍たちがお殿様を守っている。
・店の主人がとうせん寺へ代金を受け取りに行くも、お寺の人には心当たりがない。
・「不思議だな」と話していると、あの侍が現れ、おじぎをするその頭に三角の耳が見える。
・その侍はげんくろうぎつねだった。

このようなストーリーです。これも一般に知られている形式ではないのですが、やはり同書には「創作」であるとの表記はなされていません。



一般に知られている源九郎狐の伝承の1つに「綿帽子を買った狐」というものがあり、それが上記(2)に近似し対応するように思われます。「綿帽子を買った狐」を採録した、おそらくは古いと思われる話が「柳田國男の本棚20」に記載される次のものです。引用します。

*******引用始め*******
綿帽子を買った狐(生駒郡郡山町)

 郡山町柳三丁目、目下、寺戸屋といふ果物店は、昔、綿帽子屋であった。或日、一人の男が綿帽子を買ひに来て、代金は月末に、同町洞泉寺の源九郎稲荷社で支払ふ、と云って立去った。月末に代金を取りに行くと、社の人は知らぬと云ふ。彼是押問答をしてゐると『お狐さん』が眷属を連れて、ズラリと現れ出た。見ればその『お狐さん』達が、全部綿帽子を冠ってゐた。(小島千夫也)

 大和の伝説 復刻 柳田國男の本棚20 P56
*******引用終り*******

以上が「綿帽子を買った狐」ですが、この伝承のバリエーションも知られています。綿帽子を買ったのは婦人で、綿帽子を被って神社に表れたのは3匹の子狐たちだったと、読む人が微笑むような形に変化したものです。こちらはおそらく柳田國男の収集した「綿帽子を買った狐」が変化したものでしょうが、それなりの時間が経過し現在に至っているのでしょう。近年の創作ではないように思われます。

ところが上記(2)のストーリーは、「綿帽子を買った狐」とはかなり趣が違っています。「頭巾」を買う・尻尾のある侍・殿様行列・頭巾を被った侍などが登場する(2)の話は、やはり元伝承があるのか現代人の創作なのか分からない状況です。

同書「げんくろうぎつね」の(1)・(2)と同様の伝承を見かけることがなかった本稿筆者には、(1)も(2)も読むにつけ戸惑いを感じる話です。繰り返しますが、同書には「創作である」との表記はなされていません。現代人が出版のために作った説話であるならその旨を明記するべきであり、(1)と(2)をそのまま絵本のサブタイトルのように「語り伝え」ることには問題を感じます。

しかしながら、本稿筆者の知らないところで(1)・(2)の話が伝わって来た可能性を捨てるわけにもいかず、もしそうならば本稿筆者も(1)・(2)の話の元伝承を読んでみたく思う気持ちも持っています。本稿は「創作か?」という懐疑的な心情が7割ほどですが、元伝承の「再発見」への期待も3割ほどは込めているといったところでしょうか。

(1)の話、(2)の話、それらの話の元になる民話や口碑伝承、あるいはそれらが記述された書籍などをご存じの方はご一報をくださいませんでしょうか。元伝承があったとしてもそれは大和郡山の話とは限らないでしょうから、どの地域のものかも知りたく思います。



仮に(1)・(2)の元伝承が大和郡山以外のものであった場合、他地域の伝承を大和郡山で「語り伝え」ることが良いとは思えません。それはその地域で伝えるべきものであり、同書が「大和郡山の語り伝えたい」とされているように、大和郡山では大和郡山の伝承を語り伝えるべきです。

源九郎狐の伝承は吉野や河内にもある程度のものが残されており、実のところ彼の死の様相すら複数伝わります。大和郡山の伝承では徳川勢のスパイとして豊臣勢に殺害され、河内の伝承では農家のカマドでの焼死、どちらも源九郎狐の死です。大和郡山ではどちらを伝えるべきと思われますか?

それとも例えば源九郎狐の死の様相を新たに「創作」し、それを「大和郡山の語り伝えたい」伝承として伝えていきますか? それは良いことではありません。

繰り返します。(1)の話、(2)の話、それらの話の元になる民話や口碑伝承、あるいはそれらが記述された書籍などをご存じの方からのご一報をお待ちしております。
※本稿に使用させていただいた画像は、
源九郎稲荷神社様および写真AC様から使用させていただきました。
ここに厚く御礼申し上げます。


以下、本稿作成にあたって参照した本の名を上げておきます。

大和の伝説 復刻
  柳田國男の本棚20  大空社

大和の伝説 増補版
※同書は「柳田國男の本棚20」と同じ内容ですが、
 内容が増補されています。
  大和童話連盟修/高田十郎編 大和史蹟研究会

ふるさと大和郡山歴史事典
  大和郡山市文化財審議会編集

郡山町史
  郡山町史編纂委員会編

奈良県史 第13巻 民俗(下)
  奈良県史編集委員会編

郷土の伝説
  駒井保夫 著

子供のための大和の伝説
  仲川明  大和タイムス社

子供のための大和の伝説
※同書は上記大和タイムス社版と同じ内容で、
 出版社が違うものです。
  仲川明  奈良新聞社

子供のための大和の伝説 続
※同書には源九郎狐の記述はありません。
 上記「子供のための大和の伝説」に対応して参考までに。
  乾健治  奈良新聞社

奈良の民話 日本の民話75
  松本俊吉編  未来社

奈良の伝説 日本の伝説13
  岩井宏実 花・ェ大学 著  角川・蒼X

奈良の伝説
  奈良の伝説研究会編  日本標準

奈良県の民話 県別ふるさとの民話14
  日本児童文学者協会編  偕成社

読みがたり 奈良のむかし話
  奈良のむかし話研究会編  日本標準

松原のきつねの話 松原のずうっと昔 第二集
  加藤孜子  南大阪民俗資料センター

大阪府文化財愛護推進委員活動報告書
  加藤孜子




参考として松原市のサイトをあげさせていただきます。次のリンクよりお進み下さい。

【Link:松原市サイト】

同市サイト内にある「まつばらの民話」には源九郎狐のさまざまな伝承が採録され、大和を主な活躍の場とした源九郎狐は河内から和泉にかけてもその名が知られていたことが伺えます。

同市サイトでは無断引用や当該ページへの直接リンクは認められていないので、本稿では松原市の記述にのっとり同市サイトのトップへのリンクを貼らせていただいております。

トップから【ホーム>文化・スポーツ>民話>まつばらの民話】へとお進みください。





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