第五話

    夜はカルカッタの高級ホテル “オベロイ・グランド” へインド舞踊と演奏の
    鑑賞に出かけた。
    ナイトショウだけなら50Rsで高級気分が味わえるので張り切って行ったのだが、
    「ここではやってない」の一言。
    しかしさすがに高級ホテル、親切に場所を教えてくれた。
    また1kmほど歩いてヴィクトリア記念堂の近くにある “ガバメント・オブ・
    インディア”
    に着いた。
    高級気分にはほど遠い、汚い役所。
    その中の会議室のような所で踊りとタブラ/シタール/ハルモニウム/パンスリ
    の四重奏を観た。
    1曲ごとにエド・サリバンのようなおっさんがエド・サリバンのような口調で
    解説をする。
    いい加減なもので、演奏者も自分の出番じゃないときはダベってるし、
    エド・サリバンも演奏者の前を通って出入りをする。
    ま、生の演奏を味わえたので良かった。
    また1km歩いて宿に戻り、まともな夕食をとるべくまともな安食堂に入った。
    チャパティとベジタブルカリーと7upで12Rs(約36円)。
    チャパティはナーンほどではないが歯触りなど質感は最高だ。何より安い。
    ベジタブルカリーもほぼ豆ばかりだが、栄養は摂れただろう。
    カリーといっても豆を煮たものに香辛料をかけただけのものだが、
    これがまた美味かったのだ。
    しかし何より冷蔵庫で冷やされた7upが最高だ。
    (街角のは氷水で冷やすのだが、だいたいすぐ溶けてややぬるめになっている。)
    食後、もう馴染みになった道端のチャイ屋でチャイを飲みながら
    親父さんとの会話を楽しんだ。
    彼らの生活は食べることで精一杯、住むところもあるかないかというような状況だ。
    しかし、会話の節々でインド人であることの誇りを垣間みさせる。
    特に、神々の話、インドの映画、インドの音楽など文化においては目を輝かせ
    自信満々に語りだす。
    彼らの日本に対する羨望感というのはあくまでその生活水準の高さのみに
    向けられているといって過言ではないだろう。
    「おまえは日本では何をしているんだ?」と問われたので
    「ミュージシャン」と答えた。
    「日本の音楽はどんなものなんだ?」


    俺は一瞬で言葉を失った。
    彼のインド人としての誇りを感じさせる話のあとに
    「いや、俺はエレキギターでアメリカの音楽をやってるんだ」
    と正直に口にすることができなかった。
    とても恥ずかしいとさえ思った。
    第一、その質問に簡潔に答えるだけのことを俺は知らない。
    うまく説明もできなかった。
    何となく話をはぐらかしつつ、俺は宿に帰るしかなかった。
    何かとても辛い。


    宿の前ではリクシャー(人力車)の親父が飽きもせず
    「ハシシ、ハシシ、イイモノアル」 「ジャパニ、マリファナ、ミンナヤッテル」
    としつこく声をかけてくる。
    よく見れば昨日も10回くらい言ってたやつだ。
    彼らはあきらめることを知らない…


    ふと気付いたが、食堂のテーブルや宿のベッドに現れる虫に恐怖感が
    あまり出てこない。
    さすがにまだ嫌悪感はあるが・・・慣れれば慣れるもんである。