第六話
朝7時頃に目が覚める。
とりあえず顔を洗って、例のところへチャイを飲みに行くと、あるインド人が
声をかけてきたので共に憩いながら話をすることにした。
彼はマドラス出身でここカルカッタではYMCAに宿泊しているらしい。
日本人の仕事熱心なところの善し悪しなどについて(どうやら彼らにはそれが
理解しがたいようだが)、そしてまた話は日本の文化などに進展し、俺は何か
屈辱にも似た恥ずかしさを再び覚えることとなる。
彼らは自信をもってひたすら自分の国や街、その文化をアピールしてくる。
いや、それは当然のことだろう。
だが、我々日本人はどこまでそれをアピールできる術や知識、経験を持ってい
るだろう。
インドにきてまだ数日だというのに、自由に旅を満喫したい反面、もういちど
出直してきたいという気持ちが早くも出てきている。
昨日の約束の時間が近づいてきたのだが、彼はもう少し話がしたいという。
理由を説明し、少し後ろ髪をひかれる思いだったが握手をして別れた。
宿に戻りチェックアウトを済ませ、“昨日の男”に会いにインド博物館へ。
途中、裸のインド人が 「ハーイ、ハナシシテモイイデスカ」 と結構流暢な日本
語で声を掛けてきた。
聞くところによると彼は沖縄にも居たことがあるらしい。
「インドジントアウノ? ワタシモアイタイ」 といってついてきてしまった。
追い払うこともできず、共に博物館正門に向かうこととなった。
しばらくすると“昨日の男”がやってきた。
当然ながら彼は俺が謎のインド人をつれてきたことに怪訝そうな顔をしていた
が、インド人同士(おそらく)ベンガリー語で話をつけ、俺を朝食に誘った。
インド的な下町情緒あふれる場所の食堂でレバーカリーをごちそうになった。
彼は決して金をとらない。
しばらくそこで話をした後、彼は荷物を持ってくるように薦めた。
俺に会わせたい人物がいるという。
彼が言うにはその男は大金持ちらしい。
また11時に再会することを約束してその場は別れることになった。
実はすでに荷物をサルベーションアーミーのロッカールームに預けているので
大丈夫なのだが、ひとりで冷静に考える時間が欲しかったので、とりあえず
サダルストリートまで戻ることにした。
しばらく時間をつぶし、再び小さなバッグだけを持ち約束の場所に向かった。
彼が連れてきたのはTVの再現VTRで見る宇宙人のような目をした、背の低い
太った男だった。
金持ちそうにも悪人そうにも見える。
チャイを飲みながら話をしていると
「とりあえず荷物を持ってきなさい。私の妹が胆石の手術で入院しているので
会いに行った後、我が家へランチに招待しよう。」 という。
もちろんそれをいきなり信用しろというのは無理な話だ。
また再び荷物をとりに帰り、少し考えた。
面倒なことが御免ならこのまま別のところへ去ることもできる。
しかし、約束を破るのは自分的に許せないし、何よりこのインドの旅の目的は
インド人と触れ合い、その異種文化を少しでも理解することだ。
いざというときのためにトラベラーズチェック、列車チケット、パスポートを
腰に隠し、待ち合わせ場所に向かった。
二人は俺をタクシーに乗せ、フーグリー川、ヴィクトリア記念堂などをガイド
し、妹が入院しているという病院に連れていった。
事実、彼の妹らしき女性は入院していて話をするのも困難そうな状態だった。
何故、彼はこれほどまで会ったばかりの俺と親密になろうとするのだろう…
悪どいことをするためにはまわりくどいし大したものだ。
本当にフレンドリーでいたいと思ってくれているなら非常に素晴らしい事だ。
俺はまだ判断などできる状況ではなかった。
ただ、疑って人を傷つけるくらいなら、信用して騙されて自分が傷つく方が
まだ気持ちは楽だろう。
俺はそちらを選ぶことにした。
病院を出た後、彼らは買い物に行こうと誘った。
しかも昨日のサリー屋へ、だ。
さきほどの気持ちとは裏腹に“きたぞ・・・”と少し警戒した。
何故昨日“態度が悪い”と怒って断ったばかりのサリー屋に再び誘うのか、と
不審に思ったが、“彼(大金持ち)に交渉してもらえば安く買える”らしい。
何より経験である。
とりあえず生きて帰れるなら少々危険でもあらゆることを体験しておきたい。
我々はサリー屋に入り、物色を始めた。
サリー、テーブルクロス、タペストリー
たしかに見とれてしまうほど美しいものがある。
しかし、店員が提示してきたのは650$とかとんでもない額だった。
たとえいくら上物だとしても6万も7万も使えない。
“大金持ち”は 「大丈夫、大丈夫、私が交渉する、150$ならどうだ?」 などと
俺に聞いてくる。しかも彼が少し援助するという。
やたら激しい交渉の末、3点で彼の援助も含め400$ということになった。
もちろんここで”いらん”と言って帰ることはできた。
彼らの交渉風景も演技的に見えた。
しかし、何故か俺はそれを認め金を払うことにした。
もしかしたら店員もグルか・・・という考えが強くなってきた。
しかも彼らは俺のものを色々と欲しがる。
「もし君が必要なら持っておきなさい。もし良かったらお互いの思い出に。
私も君にプレゼントする。」
まず最初にヘッドフォンステレオを求めてきたが、さすがにそれは断り、
魔法瓶とサングラスに落ち着くこととなった。
彼らはかわりにインドの服パジャーマーを、そしてナーン、チキンカリー、
フィッシュカリー、ビールをごちそうしてくれた。
さらに店員は気持ちだといって俺を映画に誘ってくれた。
よっぽど儲かったのか、それとも本当にフレンドリーなのか。
誰かに教えてもらえるなら教えてほしい。
突然、“大金持ち”が 「すまない、時間を費やしすぎた。私はもう行かなければ
ならない。」 と言い出した。
さっきまで家に招待しごちそうし、TVでインド映画を観ようと言っていたのに…
やられたか…?
結局、俺はごっつい“店員”と二人で映画を見に行くことになった。
もちろん映画はおごり。
内容はインドの定番、勧善懲悪モノ現代的コメディ仕立てミュージカル風。
言葉はヒンディー語なのでまったくわからないが結構笑えたのがすごい。
わりとアメリカ的、いや吉本新喜劇的な要素が満載だ。
何よりインド人の反応が凄まじい。
映画はインド最大の娯楽と言われるが本当にすごいものだった。
ラブコメディものとはいえ正義側が優勢となると、さも舞台に俳優がいるかの
如く熱い声援と拍手を送る。
“店員”は、笑うべきシーンでも笑えない俺に英語で内容を説明してくれる。
・・・どう考えても気のいい兄ちゃんとしか思えない。
俺の思い過ごしか。少なくとも彼は誠実なのだろうか。
映画が終わった後、彼は俺をハウラー駅まで案内してくれた。
バスに飛び乗り、ランチ(小さなフェリー)に乗り、どこまでも連れて行って
くれる。
費用も彼が払ってくれた。
途中、色々話をした。
やはり彼はいいヤツだと思う。そう思いたい。
何故か涙が出てきた。
「ここの8番ホームで待つといい。いろんなインド人が声をかけてくると思う
があまり構うな。気をつけて!Good Luck!」
そういって彼は去っていった。
とにかく今日は良い経験をした素晴らしい日だったと思おう。
しかし、このテーマはしばらく遠慮させてもらおうとは思う。
インド人にはインド人のやり方がある。
バカ正直だとかお人好しとか悪い意味で馬鹿にされてもこれが俺のやり方だと
思った。
今日は書くことがまだまだある・・・
駅に着いてからも困難はまだ続くのであった。