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住んでいる日本人は同期隊員のCァイだけという鎮莱県。一体どんな所?鎮莱の魅力とは…。 |
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鎮莱へのバスは長春駅前のバスターミナルから出発する。現在のところ、午後3時40分発の1本だけが運行されている。 毎度のことながら、時間ギリギリにバスターミナルに到着後、大慌てで「鎮莱行きのバスはどこ?」と聞く。教えてもらった13番口を抜けて、止まっているバス群から鎮莱行きを探す。 ない!ない!どこ〜? やっと見つけて乗り込み、とりあえずバス代が無駄にならなくてよかった〜、とホッと一息つく。隣は若い女性で、既にひまわりの種をボリボリ食べている。大きな荷物を持って突っ立ったいるわたしをチラリと見上げて「上に置いたら?」。もちろんそうするよっ、と思いつつリュックを上の棚に押し込み、窓側の席に座る。いよいよ鎮莱へ向けて出発だ。
午後8時前に鎮莱に到着した。辺りはすっかり暗くなっていたので、鎮莱県中心部に来るまで周りの景色はよく見えなかった。小さな集落をいくつも通り過ぎながら、バスは暗闇の中を走って行った。 いつ着くのだろう?と思っていたら、今までにはなかったネオンが遠くに見え始めた。鎮莱にもネオンがあるのだ!道沿いの店の看板が次から次へと目に飛び込んでくる。珈琲とか酒巴、西餐などの看板もあり、鎮莱って意外と都会じゃないの…と思った。 バスターミナルには、Cァイと、一日早く鎮莱に到着していたS姐が迎えに来てくれていた。 「鎮莱って意外と都会だねぇ!」思ったことをそのまま口に出す。 「そうでしょう?」と得意気なCァイ。
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わたしの高校でも文系よりも理系の人数の方が多いという傾向はあるが、ここまでの差はない。中国では、将来文系方面に進みたくても、とりあえず理系を選択する生徒が多い。理系から文系へのシフトは簡単にできる、ということなのだろうか?鎮莱ではその傾向が特に顕著なのだろう。 鎮莱の学生を見て思ったこと。それは『目がキラキラ輝いている』『はにかみ屋が多い』『好奇心が旺盛』。とにかく素直でかわいいのだ。そしてひたむきさを感じる。 貧しい農村地域から両親が苦労をして学費を捻出しているという家も多いと聞く。そのようなバックグラウンドが彼らに『勉強できる有り難さ』そして『農家ではない仕事に就く』ということを感じさせているのかも知れない。 高校2年生の2クラスの授業は、S姐とわたしの自己紹介、そして質問コーナーという形で行われた。一生懸命に会話をしようとする生徒の姿は好感が持てる。すごく緊張してしまって、上手く話せない生徒の様子もとても微笑ましいものだ。外見も中味も素朴な彼らの笑顔が今も目に焼きついている。
鎮莱第一高校の生徒は、高校の敷地内にある寮で生活している生徒が多い。晩自習が終わった後から消灯までの30分弱という短い時間だったが、2回ほど寮を訪問した。 訪問したのは1,2年生の女生徒の部屋だったのだが、両部屋とも2段ベッドが4つと1段ベッドが1つあり、計9人が生活している。ベッドだけで部屋のほとんどのスペースが潰れるので、ここでは寝るだけのようだ。まぁ、寝るぐらいの時間しか生徒達には与えられていないといってもいい。朝は7時台から始まり、学校が終わるのは夜10時半(驚きの時間だ!)。消灯は11時。 ただ、鎮莱第一高校は昼休みの時間がとても長い。冬は2時間、夏だと3時間もある(しかし学校が終わる時間はどちらも同じだというから不思議)。その昼休み時間に、寮で昼寝をする生徒もいることだろう。 寮は初体験だったのだが、狭い部屋には驚いた。しかし、生徒たちは楽しそうに寮生活を送っているように見え、これはこれで彼らにとって貴重な時間になるのだと思った。 |
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その日は鎮莱名物の魚料理を食べよう!ということで、魚のゴッタ煮を注文。運ばれてきた魚料理と一緒に写真を撮っていたら、店員に声を出して笑われた。そんなに魚が珍しいのか?という感じの笑い方だった。別に珍しいわけではない。ただ記念に残しておきたかっただけだ。まるで田舎モノだと言わんばかりの笑い方に「あんた勘違いしてるよ!」と言いたかった(でも言えないのよね)。 そんな鎮莱の人達だったが、偶然にもある家庭にお邪魔させてもらえる機会を持てた。 その日は強風の中、湿地帯を散歩していたのだが、ある家の壁際で風を避けつつ持参したおにぎりを食べようとした時、その家の犬にかなり吠えられた。すると、家からおばさんが出てきたのだ。 「わたし達は散歩していただけです。」「あんたたちどこの人?」。そうして「うちに上がりなさいよ。」という話しになったのだ。「え?いいの…?」そんな感じで、わたし達3人はおばさんの後について、図々しくも家にお邪魔させてもらったのだった。
おじさんもおばさんも、手製のタバコをふかしていた。S姐は、是非吸ってみたいと思っていた手製タバコを目の前にして、かなりラッキーだったようだ。おじさんが目の前で作ってくれたタバコをもらって吸い、その感想は『おいしい』。 買ってきたタバコの葉と紙を使って、吸いたい時に作るタバコを見るのも初めてのわたしにとってすべてが新鮮だった。
Cァイはおじさん達にまた会えるので、これからも時々会いに行くらしい。ちょっぴりうらやましい。家の側に植えてあるまだ若い木々を見て「あれは俺が植えたんだ。20年後に1本20〜50元の金になる」と言っていたおじさん。是非とも長生きしてね。 |
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中型のバスに揺られながら、約1時間半。所々に鳥の巣がかかった木々や小さな集落、また牛や馬などを使って土地を耕している人々の姿を見ることができた。そしてその向こうには地平線が広がっていた。 莫莫格でバスを降りると、鶴の飛来地は少し戻った場所だと分かり、車でそこまで運んでもらうことにした。運転手が言うには20元。そのまま言い値で応じてしまったが、後で考えて見るとちょっと高いんじゃないの〜?という値段だった。やはり値段交渉は必要だ。
そこで、Cァイに課せられたお仕事は、莫莫格にはたくさんの鶴が飛来してくるのか?そして、莫莫格に建設中の、周りの景色にそぐわない城のようなホテルとその周辺の憩いの場所は一体いつ完成するのか?という2点だ。ちゃんと調べておくように! そんなこんなで、鎮莱でのバカンスは終了した。思いがけず長期滞在となったが、のんびりと過ごすことができてよかった。長春より時間がゆっくりと流れている鎮莱にまた遊びに行く機会はあるだろうから、その時はあの夫婦に是非会いたい。 今回は、ずっとCァイの家に泊まっていたのだが、話三昧の日々だった。夜はいつも遅くまで話をしていた。だけど、わたしはいつも眠気と闘っていて、最後には「ダメ、もう寝る」と、CァイとS姐を残して先に寝ていた。 しかし、最終日はCァイが許してくれない。眠気に襲われているのを察するや否や、あっちの世界からこっちの世界に引き戻してくれた(ううう、ありがと…)。そして結局貫徹してしまった。信じられん〜!!。ま、これもいい思い出だ。こんなこと1人じゃできないから。 朝6時発のバスに乗り長春へ戻ってきた。長春に帰ってから届いたCァイのメールの文面は 『また会ったときには徹夜でおしゃべりしようね。覚悟!』 |