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「貴方が落としたのはこの金の斧ですか? それともこの銀の斧ですか?」 「質問を質問で返すようで悪いが」 切り株に腰を落としたまま、私は山高帽の縁を指先で持ち上げ、眼前に現れた少女を見上げた。 「突然現れて、いったい君は何を言い出すんだ? おっと、自ら名乗らずに女性に対して行う質問としては少々行儀が悪かったかな。まずお互い自己紹介から始めようじゃないか。私はギリー。この山で樵をしている」 「あらあら、礼儀正しい方ですのね。私はルクレッシア。この川の女神をしています。斧を落としたのはきっと樵さんだと私も思っていましたわ、でも……貴方は、仰るようには見えませんわね」 汚れひとつないダブルのスーツと銀と藍色のレジメンタルタイ、わずかに見える白いシャツ。鴉の濡れ羽色の革靴、白亜の手袋が握るのは影色のステッキ、確かにこの格好で樵だと言っても信じる者は少ないだろう。 「それはこちらのセリフだよ、お嬢さん。君だっておよそ川の女神には見えないぜ」 彼女の右手には太陽の光を放つ金色の斧、左手には月明かりを思わせる銀色の斧が握られている。しかし、それらの刃は赤く染まり、彼女の純白だったであろうワンピースは、ところどころ緋色に染まっている。近頃噂になっている連続殺人鬼のことが頭をよぎる。 ルクレッシアは自らのワンピースを見下ろしてくすくすと笑う。 「ああ。これは、そう、お料理の途中でしたので」 「川の底にキッチンがあるのかい」 「リビングもユニットバスもありますわ」 「エプロンもつけずに料理とは珍しいね」 「良く言われます」 私がかすかに笑みを浮かべると、ルクレッシアも同じように微笑んだ。 「それで、料理で忙しかったはずの君が、いったいどうして、わざわざここへ?」 「斧を川底に落としてしまった可哀想な樵さんに斧を返してあげようと思いまして。……でも貴方、本当に樵さん?」 「ああ、私は樵だよ、この山のね」 「先ほども申しあげたとおり、斧を振るえそうな体躯には、まるで見えませんことよ」 「確かに私は痩せているし、筋肉質でもない。腕なんて枯れ木といっても良いくらいだ。だが、技術があれば樵はできる。そうだろう?」 「嘘を吐いているのではなくて?」 ルクレッシアは澄んだ視線で私の目を射抜く。その緊張を悟りでもしたかのように、木々がざわざわと葉を揺らせた。私は一つ吐息を漏らす。 「何故私が嘘を?」 「実はこの山では立て続けに人殺しが行われているのですよ。風の噂によるとその人殺しさんは神殺しにも挑戦しようとしているとか。そして貴方は、私の知っている樵さんではありませんわね」 「興味深い話だ」 「そう思っている風には見えませんけど」 「昔から私の表情は読みにくいと良く言われるんだ。それよりも私からも一ついいだろうか」 「何でしょう」 「君はどうして私に斧を選ばせようとしたんだ? 君がその斧を持って現れたということは、それがどこかに落ちていたんだろう? そこまでは良い。でも、だ。だったら君は『貴方が落としたのはこの金の斧ですか? それともこの銀の斧ですか?』ではなく『この金の斧や銀の斧を落としたのは貴方ですか?』と問うべきだ。違うかい?」 「意味が良く分かりませんわ」 「簡単に言おう。君は私が斧を落としたのを知っているにも関わらず、どんな斧を落としたか知らない、と極めて不可解なことを言っているんだ。ひょっとして君は、嘘を吐いているんじゃないかね。例えば君は私を山の神だと思い込んで殺そうとしている──とか」 私が目を細めると、ルクレッシアは蒼玉色の目を大きく見開き、二・三度瞬きした。 「私は嘘なんて吐いていませんわ、こう見えて正直者ですもの」 「私だって嘘なんて言っていない、正真正銘の正直者さ」 私の声に、少女は斧を持った右手で口元を隠した。 「あらあら、嘘吐きな方ね、ふふふふ」 「おやおや、はっはっは。嘘吐きは君の方だろう?」 ルクレッシアが近づき、私はゆらりと立ち上がる。 嘘吐きと正直者。たった二つの笑いだったが、それは大きな緊張を孕みながら、どよどよと静かな森にこだました。 |
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