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Title: 01.正義
Genre: 今日の一言->ぼくと友人[対話風コラム]
Date: 2001/05/24
Option:

正義ってなんだと思う?」


ぼくは友人の部屋に入ってすぐにそう聞いてみた。
友人はこういった質問にはいつも暴論なのか極論なのか解らない理論を展開する。ぼくは友人のそういう理論展開を聞くのが嫌いではなかった。


「なんだい、とうとつだなぁ。」


やはり友人はテーブルにお茶を置くと面倒くさそうに答えた。座布団の上に落ち着いた友人の膝の上にのって、すぐに緩みきった猫も同じ様にニャーと答える。いつものことながらふてぶてしい猫だ。そう思いながらぼくも差し出された座布団の上に座った。


「いや、この間アメリカで史上最悪とかいわれるテロが起こっただろう?テロを起こしたと思われる国の人たちはそれを『聖戦』なんていっててさ、それに対して、アメリカも『正義の為に報復する』なんていっていたんだ。で、正義ってなんだろうって思っていろいろ調べてみたんだけどやっぱり君の意見を聞いてみようかなって思ってさ」
「どうして私の意見なんか聞く必要があるんだ?正義なんてしょせん相対的なものだっていうのは皆わかっていることだし、君にしたってそれくらい知っているだろう?別にそれでいいじゃないか」
「まぁ確かにそうなんだけどね」


本人を前にして極端な意見を聞きたいなどとは口が裂けてもいえまい。ぼくはお茶をすすった。


「それでも一応調べてみたんだ。例えば広辞苑になんかには、正義とは社会全体の幸福を保障する秩序を実現し維持することってかいてある。プラトンは各人が責務を全うする事によって国家の調和が保たれる事、アリストテレスは能力に応じた公平な分配。それに近代じゃ社会の成員の自由と平等が正義の観念の中心だって」
「あのさ。それって広辞苑だけの説明だろう。そんな型どおりな意見を調べて何になるんだ?せめて哲学者とかそういう人の本を読んで統括的な考え方を構成するとかしないと」
「だから一応読んだんだってば。日本国語大辞典とか」


友人はあからさまな溜息を吐いた。


「何で君はそう語源ばかり調べるようなことをするんだ?思想哲学的なことを、辞書やなんかで調べてわかるわけも無いだろうに」
「まぁ確かにそうなんだけどね。君の意見を聞いておくのも悪くないかなって思ったんだよ。どうだい何か面白い考えた方はある?」
「なんで私の意見が面白い考え方だって最初から決めてるんだ?なんていう失礼なやつ」


そういって友人は立ち上がると台所から煎餅の袋を持ってきた。バリッとあけるとぼくに1つ薦めたので遠慮なく頂く事にした。友人も1つ頬張るとバリバリいわせながらお茶を飲んだ。


「まぁいいや。どっちにしても私の意見なんか最初に聞いたら後から調べたくなくなるのは間違いないよ。聞かないのが一番」
「そんなこと聞いて見なけりゃ判らないじゃないか。あ、さてはそんなこといってなにも意見がないんじゃないか?」
「何を言っているんだ?聞かないほうがいいから言わない。何故かっていうと聞いても何の参考にはならないから。しかも聞いたら他の資料を探すのが厭になるから。重ねて私の時間もおかげで無駄になるから。ほら私が言ってしまったらお互いにデメリットばかりじゃないか。それでも聞きたいというのか?」
「聞きたいとも」


こう聞かれた場合は即答に限る。友人は呆れたような表情をして、友人の横に座る猫と顔を見合わせ、しょうがないなぁと呟いた。予想通り喋る気にさせることができたようだ。しかし出てきたのは予想外の言葉だった。


「つまり正義というのはね、”ダメだと思うことを設定しておいて、自分も他人そうならないようにしようとすること”。解かりやすくいうと駄目だと思うことを治そうとすることなのだ」


友人はそういってニヤリと笑った。


「・・・ほらね。聞かないほうが良かっただろう」


友人は何故か勝ち誇ったようにうふふふふと笑っている。ぼくはというと意味がわからず、ぼうっとしていた。


「え、と。意味がわからないんだけど」
「聞いたままの意味だよ。誰かが、駄目だと思うことを、誰かが、治そうとする。単純明快明朗快活明鏡止水とはこの事じゃないか」
「四字熟語の使い方間違えてるよ。・・・じゃなくて、え。ということは誰かが、駄目だと思うことを、誰かが、治そうとする、ということかい?」
「そう、誰かが、駄目だと思うことを、誰かが、治そうとするのさ」


そういって友人は爆笑した。側にいた猫はびっくりしたようで、ニャーと鳴くと部屋を出て行った。
確かに友人の言うことがそのままなら何の参考にもならないし、他の資料を当たるのが馬鹿らしくもなるだろう。というか今友人が言ったことは簡単すぎてむしろウソくさい。いつもの冗談なのだろうか?


「すると君の言うとおりなら、大工が家の造作を気に入らなくって改築するのも正義なのかい?」
「正義ではないとも」


友人は真顔で答えた。どうかしている。やはりいつもの冗談か。


「じゃあ君の言うことは間違っているということだね。一瞬本気かと思って焦ったじゃないか」
「本気だとも」


ぼくはすすろうとしていたお茶を吹き出した。どっちだ。
友人は部屋にお茶が飛び散った事を意に介す様子もなくどこからか出した雑巾で畳を拭いた。


「条件を言うのを忘れていたね。実はさっきいった治そうとする行為は、何者かの妨害が生じている事が必要条件なのだ。君のさっき引いた喩えでいうなら、誰かが大工さんの改築を妨害していれば、大工さんの改築しようとする行為は大工さんにとっての正義といえるね」
「そ、そうなのか・・・?」
「そう。大工さんを妨害する誰かの行動の理由はいろいろあるけど、政治的な理由にしろ社会的な理由にしろ個人的な理由にしろ、大工さんがそれに抵抗している時点で大工さんの行動は正義なんだ。それからもう1つ条件をつけていいなら正義を自称する事もあげられる。大工さんが改築行為を正義だと社会に公言すればその行為は名実共に正義になるんだ」
「た、ただのわがままじゃないか」
「わがままでもいいんだよ。大工さんの行為に同調するものが現れたら彼らの正義はもっと公なものになる。個人の美学で改築しようとしている事はわがままだけど、構造に問題があるなら同調者も現れるだろうね。そして大工さんの行為を妨害する事、「大工さんの行動を治す」事を正義と叫んでそれに同調するものが現れたら、それもまた公な正義といえる。改装工事によって迷惑する人がいるから改築はさせない、とかね。そしてそんな個と個の正義のぶつかり合いが喧嘩で、集団と集団の正義のぶつかり合いこそが戦争なんだ。正義というそんなくだらない事で人は戦争を起こしているんだよ」


ぼくは少し混乱した。


「それは話が飛躍しすぎているんじゃないか?たかだか数人では戦争というには規模が小さすぎるし、独裁者が戦争を起こす事もあるんだろう?」
「集団同士の喧嘩は戦争だと私は思うけど、それは人によるかな。うん。君の言うことも確かに一部はそのとおりだ。独裁者の起こす戦争については集団論を展開しなきゃならなくて面倒くさいから省くけど、結局は同じことだよ。独裁者が叫ぶ正義が集団を支配しているなら、やはりそれは集団にとっての正義なんだ。もちろんそれに抵抗する意識も正義だ」
「うーん・・・じゃあ正義のヒーローっていうのは・・・?」
「あれは集団が駄目だと思っていることを1人で治しているのだよ。集団の正義を、1人でおこなっているわけ。アンパンマンもウルトラマンもスーパーマンも横暴な正義を振るうけど、それはそれでも別に構わない。行動が集団の正義と一致すればね。だから独裁者も、逆にいえば敵対する正義の多いヒーローなんだ」


そういって友人は足を崩して、お茶を飲もうとしたが、すでに湯飲みの中は空っぽだった。
ぼくはもう1つきいてみた。


「じゃさっきぼくがいった、近代の正義、社会の成員の自由と平等はどうなるんだ?」
「ああ、それは単純に権力をもったものにとって邪魔なものになりやすいのが家来の自由と平等だからだよ。だから、家来の自由と平等を阻害する。で、家来にとっては自由と平等を阻害する人は駄目なように思えることになる。すると結果的に自由と平等の達成という目標が正義になるわけ。簡単だろう」
「なるほどねぇ。ということは時と場合によって正義の定義は変わるというわけか。だから時代によって正義の意味が違う・・?」
「そうそう、わかったみたいじゃないか。言葉の意味や概念なんて往々にして流動的で可変的なものなんだ。時代によって流される。だからむしろ正義の本質を1つのものだと思い込むことのほうが危険だということになるね。たまに正義の意味を履き違える粗忽者がいるけど、これははなはだ迷惑。正義は1つしかないとか思い込んでいるから現実を知った途端「なにが正しいのかわからなくなった」なんてたわごとを抜かすんだ。正義だけじゃなく「正しい事」も文化によって星の数ほど変化するものなのにね。そんなことで狼狽するなんて馬鹿みたいだろう?まぁ何も考えないくせに正義に盲目な人間のほうが百億倍馬鹿だが」


友人はそういうと机の上で手に顎を乗せて、ふぅと一息ついた。
同時にリンと風鈴の音が聞こえる。


「さっき君がいったように、正義の根源はわがままでもいいんだ。でもね、そんな正義、わがままを皆に押し付けるのはやっぱり間違っていると思う。ましてや、それで命を奪うなんて許せることじゃない。だけど、それを無くそうと思えば、これは大変だ。戦争や喧嘩を完全になくしたいのなら、人間全てが謙虚さを身に付けることくらいしかないかもね。人間がお互いに正義を理解し認め合い、譲りあう。口でいうのは簡単なことなんだけどね。」




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