残雪期北鎌尾根へ
T橋さんから5月連休に北鎌尾根の提案があり、さっそく参加させて頂くことにした。
北鎌尾根は2007年の8月に単独で縦走したことがある。アプローチはその時と同様、水俣乗越から北鎌沢出合のコースである。積雪期はどのような状態になっているのだろうか。楽しみだ。
奈良の自宅まで迎えに来て頂いて出発。特に渋滞もなく、あかんだな駐車場には25時頃到着。仮眠していたら、どんどんと車のドアを叩く音。ゲートの係の方が起こしに来た。朝まで寝させてほしいのに・・・。しかたなく起きて駐車場に車を入れ、再度仮眠。6時半頃まで寝入っていた。ようよう起き出して出発の準備。7時20分のバスで上高地に向かった。
水俣乗越から北鎌沢出合へ
上高地では、前穂高・北尾根に向かうS木さん、A木さんと出会い、お互いの健闘を祈った。
天気は快晴、通い慣れた横尾への道を急ぐ。横尾山荘前には、人また人。夏の最盛期と変わらない人だかりだった。8割が涸沢へ向かう人とみた。橋を渡らずに槍沢方面に向かう。このあたりから登山道に雪が現れだした。一の俣、二の俣をすぎ槍沢ロッジには12時35分到着。しばらくでババ平。トイレが掘り出されて使用できるようになっていた。大曲には14時10分に到着した。
ここから水俣乗越への登りが、本日の核心かもしれないと予想していた。夏に登ったときも一回目は、パートナーがこの登りでバテてしまい北鎌尾根をあきらめた経緯がある。
ところが、夏とちがい雪の斜面に灌木がのぞいているだけで、稜線も見通すことができる。先行パーティーがあるようで、トレースが続いていた。それに従い登り始めた。
登り始めてすぐ、降りてくる登山者に出会った。その人は斜面をトラバースしようとしたところ、小規模の雪崩に遭い埋まったそうだ。30分ほどで脱出出来たそうだが、この雪の状態を見て撤退を決めたそうだ。「くれぐれも気を付けて行くように」とアドバイスをいただいた。
確かに、20cmくらいの新雪の下にクラストした雪面があり、雪崩れる可能性は否定できない。しかし、それほど大規模なものは起きないだろうということと先行者のトレースがあることである程度安心して登りだした。
アイゼンをつけずにキックステップでひたすら一歩一歩登る。最後は左手の岩峰と正面のピークの間を抜けるようにルートをとった。1時間半ほどで登ってしまった。夏よりもはるかに快適だった。
水俣乗越からは遠く剱岳まで望むことができた。西には天狗原のたおやかな雪面が広がっていた。もちろん北鎌沢手前の尾根も見えていて、天上沢の急な雪面が伸びている。北鎌沢の出合までは1時間程度で到着できそうだ。ふかふか雪を蹴散らすように斜面を下降した。下部のデブリを過ぎると出合はすぐで、テント跡の整地された雪面にテントを張った。我々の後からも1パーティが降りてきていて、全部で4パーティほどが幕営していた。軽量化のため、食料はα米と瞬間美食カレー+わかめスープ。ウィスキーとつまみで栄養補給をした。風もなく静かな夜だった。
独標まで
一夜明けて、いよいよ北鎌尾根登攀の日である。我々は3時起床、5時発の予定だったが、4時頃には我々のテントの横を歩いていくパーティもあり、結局、我々は最後の出発となった。
北鎌沢のコルは下からも見えていてすぐのような気がしたが実はなかなか手強かった。はじめはデブリの中を登っていく。途中からクラストして表面が光っている急斜面になる。緊張するところだった。さらに上のほうは、小規模のデブリを拾いながら登っていった。たっぷり汗をかき、2時間かかってようやく、コルに着いた。いきなりの核心だったかも。
コルにはテントを張った跡があり、P7のほうからトレースが続いていた。北鎌尾根の末端からトレースしたパーティのものだ。
そこからは快適な雪稜が独標までのびていた。独標は正面左手のルンゼを上がる直登ルートにトレースがついていた。トラバースルートにはトレースもなく、雪が多くてとても行く気になれなかった。
T橋さんリードで左に回り込んで登ってもらう。取り付きから5mほどの雪と岩、這い松を使って登り、リッジに出た後は、歩いていける。短いピッチだがロープは必要だろう。その後は、ひたすら頂上に向かって雪面を登るだけだ。独標頂上には10時50分着。槍の穂先がド〜ンと先に控えていて迫力があった。
槍の穂先へ
小休止の後さらに歩みを進める。
ドーム状のピークを左から回り込んで雪壁を登るところで、先行2パーティはロープを出していなかったが、急傾斜のザラメ状の雪で足場がしっかりせず、苦労しているようだった。我々は、もし滑落したら1000mは落ちるところなので安全を期して、ロープを出して登った。
北鎌平には14時20分着。2人組のパーティが休憩していた。後から聞いた話では、一人のメンバーがバテてしまったので、テントを張ってしばらく休んでいたそうだ。
3人パーティー2組が槍の穂先に向かっていた。我々も後に続いたが、すぐに追いついた。
1ピッチ目は穂先のやや左側の雪壁を登るのだが、非常に堅く雪が締まっており、また氷がでているところもあったので、ロープを出してほしかったが、T橋さんが登ってみて、このくらいなら大丈夫ということでノーロープで登った。そのままノーロープで登るのかと思っていたら、先の岩のトラバースが悪く、先行パーティは岩のところでスタカット(それまではコンテ)に切り替えたので、その順番待ちで30分ほど待つことになった。
急斜面でずっと待つのは辛かった。この間、県警のヘリが上空に来て、我々3パーティをしばらく観察して、飛び去っていった。時間も時間なので様子を見に来たのだろう。
我々の番がきて不安定な狭い場所でロープを出し、T橋さんをビレーした。はじめは順調にロープが伸びていったが、途中で止まった。後で聞くと、10分ほどビレー点の順番待ちがあったそうだ。岩場が回り込んでいるせいで、コールが聞こえづらそうだったので、ずっと耳をすませていた。待望の「ビレー解除!」「登ってください!」のコールが聞こえた。
私が登ってみると、ズクズクのザラメ状の雪で不安定このうえない。岩も使いながら、だましだまし登ったが、こんなところはロープなしでは無理だろう。
T橋さんがビレーをしているところまで着いたが、そのままさらに上まで私が雪壁を登ることにした。少し左に回り込んだところにハーケンがあった。そこから右に回り込んで雪壁をのぼれば頂上のような気がしたが、距離感がつかめずロープが足りるかどうかわからなかったので、そのハーケンのところでピッチを切ってT橋さんに登ってきてもらった。そのまま、T橋さんリードで登り、やがて「着きました!」のコールが聞こえた。続いて私も登り槍ヶ岳頂上の祠の横に着いた。ひとつの目標だっただけに感激もひとしおだった。360度の展望を楽しみ。記念撮影をして下山にかかった。
下山も慎重に
ところが、これから先がまた怖かった。下に向かって左側のハシゴは完全に氷に覆われていたので、右側のハシゴを下りた。しかし下の斜面も凍っており、バックステップで鎖も持ちながら慎重にくだらなければならなかった。一般道とはいえ、この氷雪の状態では、安易な気持ちで登ってきたら大変だろうと思った。40分ほどで肩の小屋に降りたときは正直ホッとした。肩の小屋で聞くと、テント場は無料ということだったので、平地を探してテントを張った。夕食はα米のエビピラフ+わかめスープ。ウィスキーとつまみは少し足りなかったが小屋に買いに行くのも面倒だったのでガマンした。
夜は風が強く、テントをばたつかせたので、なかなか熟睡はできなかった。
のどかな春
朝はゆっくり4時起床。6時10分に肩の小屋を後にして、槍沢を下った。途中、ほぼ一緒に降りていた方と話をすると、その人は70才で毎年この時期に槍ヶ岳に登り、写真を撮ることにしているそうだ。果たして、私は70才になってもこの人のように登れるだろうか。その人の話では、このように雪をかぶった槍は久しぶりということだった。
横尾山荘前は登る人、降りる人で相変わらずにぎわっていた。徳沢園前にも色とりどりのテントが並び、春爛漫ののどかな風景だった。明神からは観光地となり、その中をヘトヘトになって駐車場に向かった。