奥穂西穂縦走

山頂
奥穂高岳・西穂高岳
分類
無雪期縦走
日程
2011年8月27日〜28日
概要
新穂高温泉〜白出沢〜奥穂高〜西穂高〜ロープウェイ駅〜新穂高温泉
コースタイム
2011年8/27(土)新穂高駐車場6:00〜穂高平小屋7:00〜白出沢登山口7:40〜重太郎橋8:50〜荷継小屋跡9:50〜穂高岳山荘12:30
8/28(日)穂高岳山荘4:40〜奥穂高岳5:10〜ジャンダルム7:20〜天狗のコル8:50〜天狗岳9:15〜間ノ岳10:00〜西穂高岳11:40〜独標13:00〜西穂山荘14:00_14:30〜ロープウェイ駅15:40
   

 奥穂西穂縦走ふたたび

西穂高から奥穂高は6年前の夏に縦走した。その時は、テント一式、一眼レフのカメラ、三脚を含めて、20kg強の荷物を持っての単独行だった。しかも天気は、霧雨のようなガス。展望がまったくなかったので、一度天気のよい時に縦走してみたかった。
 穂高岳山荘へ白出沢登山道を使い1日で登り、翌日西穂高へ縦走、ロープウェイで新穂高温泉へ下山というプランだと、1泊2日で縦走できる。
 幸いMさんとSさんというメンバーを得て出かけた。MさんとSさんには、できるだけ軽量化をしてもらうため、最小限の共同装備だけ持ってもらうことにした。万が一のために8mm×30mのロープ、スリング等も持った。  

 白出沢登山道

 京都駅22時発。新穂高温泉の駐車場には午前2時30分に到着した。車中泊。
 午前6時に出発。蒲田川右又林道を行く。穂高平牧場には7時に到着。数名の登山者が休憩していた。単独の女性にどこまで行くのか聞くと、槍の肩まで行って、焼岳まで縦走されるという。なかなかの健脚である。
 40分ほどで白出沢の登山口に到着した。トイレはあったが、水場がない。なくなったのであろうか。
はじめは樹林帯の中の石畳の道である。穂高山荘の車が登山口に停まっていたことを考えると、山荘への最短距離ということで、従業員の方が利用されているのかもしれない。
重太郎橋を渡ったあとは、今田重太郎が開いた岩切道を行くが、濡れていて気持ちの悪いところもあった。沢を横切ったあと、尾根に乗る。一汗かいたあと、荷揚小屋跡に到着。これから先は、沢のガレを登るようになる。はじめは、草付きの踏みあとをたどるが、まったくのガレになったあとは、それらしく踏まれているところを選んで登って行く。日差しがきつく、じりじりと肌を焼く。雪渓が出て来たあたりからは、ガスもでてきて涼しくなった。私たち以外にも他に4パーティほどが登っていた。
穂高岳山荘の石垣が見えてきてからも、なかなか距離が縮まらない。人間の錯覚というのはおそろしい。まわりのスケールが大きいので、距離を小さく感じるのだ。地道に高度を稼いで、山荘には12時30分に到着。さっそく、いいテント場を探しにいくが、斜面に切り出されたテント場は、どれも狭かった。1階部分にあたるテント場に3人用テントを張るスペースを見つけテントを張った。片方は石垣の絶壁になっているので、落ちないように要注意であった。テント料は一人600円。しかし、トイレも綺麗だし、十分値打ちがある。水は1リットル150円だった。
テントを張ったあとは、さっそくビールロング缶(800円)ちなみにレギュラーサイズは600円。天気もよかったので、山荘前の石テーブルで宴会。ウィスキーもすすみ、夕食(ドライカレー、スープ、チキンハンバーグ)もそこで済まし、寒くなってからテントに入った。今回もシュラフは持参せず、シュラフカバーとインナーシュラフだったので、夜半少し寒くなって、雨具を着て寝た。午後8時ごろは満天の星で翌日の晴天が期待された。  

 いよいよ縦走へ

翌日、午前3時に起床し、キツネうどんを食べていると、雨音がするではないか。それも5分間ほど大降りした。これでは、西穂高への縦走は無理だ。代替案はそのまま往路をもどるか、前穂へ縦走して、重太郎新道を下るかだが、いずれにしても好ましくない。
Mさんに携帯電話で天気予報を見てもらうと、松本は曇りの予報だった。
まあ、とりあえずテントを撤収して小屋で様子をみようということになった。ところが、テントを撤収していると、星が見えているではないか、東の空には上弦の月もでている。一時的な雨だったようだが、朝に夕立とははじめてだった。
4時40分に、小屋を出発。奥穂高岳に登り出した。ヘッドランプを点けての岩場は緊張した。途中で2パーティほど追い抜いて、山頂には、5時10分に到着した。天気は快晴である。ジャンダルムもすぐそこに見えていた。いよいよ縦走開始だ。道は険しいが、一応円印などがあるので、気は楽だ。    

 ウマノセを越えてジャンダルムへ

単独の中高年の女性が先行していた。ザックから推測するとテント一式を担いでの縦走とみた。馬ノ背の下りでは、苦労しているように見えたが、その後、その方に追いつくことはなかったので、私たちのパーティのほうが遅かったということだ。Mさんには、Sさんの後ろに付いてもらって私がルートを示しながら、下った。朝の雨のせいか、岩が濡れていて少しいやらしかったが、なんとか無事に下ってもらった。
その後、ジャンダルムへの縦走路のなんでもないところでMさんが転倒して、腹部を強打された。幅のある稜線だったのでよかったが、転落などしていたら大変なところだった。かなり痛かったようなので、しばらく様子をみた。大丈夫そうなので、そのまま進むことにした。(下山翌日、肋骨の一部骨折とわかった。)ジャンダルムへは、正面(奥穂高側から見て)からも登れるようだったが、(ロープが垂れていた。)×印が付いていたので、やめた。たしかに、出だしがザレていて浮石もあったので、登らないほうがいいだろう。
ぐるっと巻いて、西穂高側からの登路をとった。もっと大きな岩場かと思ったが、すぐに頂上だった。3人の登山者が休憩していた。ジャンダルムの木札を持って記念写真を撮った。
奥穂からここまで1時間の予定だったが、2時間かかっている。途中でのMさんの件を差し引いてもペースは遅い。このことから、この縦走中は、休憩時間をなるべく少なくしようと思った。
ジャンダルムを越えてもまだ行程はやっと6分の1を終えただけだ。あと6分の5をこなさなければならない。  

 ジャンダルムから間ノ岳へ

西穂高までの稜線が一望でき、登高意欲が高まる。天狗のコルには道標があり、岳沢への下山道が示されているが、雪渓の状態をよく確かめないといけないそうだ。
コルから岩場に取り付く1手がむずかしく鎖を掴んで強引に登ってしまった。ザックがなければなんとかなりそうだが、ザックの重さというのは中々馬鹿にならない。行程全体では、もう2箇所くらいは、鎖をつかんで強引に登るところがあった。それ以外は、鎖を積極的に使うことはなかった。
天狗岳の山頂には立派な標識が立っていた。
少し進むとスラブ状の岩場を下るところがあり、西穂から来たお年寄りは、鎖を持って腕力で登ったから疲れたとおっしゃっていたが、そういう所ではない。私達はそこを下るわけだが、フリクションがよく効くので、鎖は保険のようなものだった。さらに岩場の登り降りを繰り返して、ガラガラの間ノ岳に到着。ここは岩の上にペンキで「間ノ岳」と書かれているだけだ。  

 間ノ岳から西穂山荘へ

やがて西穂高岳が近づいてくる が、このあたりからガスが湧いてきて、展望が望めなくなった。西穂高での記念写真も背景は真っ白である。後は、たくさんの人が集う独標を越えて、西穂山荘まで急いだ。
今回は、晴天の中の縦走を楽しめた。前回はガスだったので、高度感というものを感じなかったが、今回は、高度感バツグンだった。岩場の登りも肩の脱臼前とそれほど変わらず(まだ、少し痛みは残っているのだが)、山行後に筋肉痛になることもなかった。そろそろアルパインに復帰できる手応えを感じた山行だった。

IMGP7883.jpg(34459 byte)

岩切道

IMGP7904.jpg(33077 byte)

ガレのはじまり

IMGP7911.jpg(15563 byte)

穂高岳山荘の石垣が遠くに見える

IMGP7923.jpg(16644 byte)

朝日のあたるジャンダルム

IMGP7926.jpg(24439 byte)

馬の背を下る

IMGP7935.jpg(23194 byte)

ジャンダルムをめざして

IMGP7939.jpg(28952 byte)

ジャンダルム(奥穂側)

IMGP7947.jpg(26407 byte)

ジャンダルムからの下り

IMGP7949.jpg(32688 byte)

西穂に続く稜線

IMGP7958.jpg(31545 byte)

天狗のコルからの登り

IMGP7965.jpg(23360 byte)

スラブ状岩場の下り

IMGP7979.jpg(31993 byte)

稜線を行く

IMGP7989.jpg(24978 byte)

登っては降りるの連続

IMGP7993.jpg(16679 byte)

西穂高岳に到着

IMGP7995.jpg(21921 byte)

独標までの稜線