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プロフィールprofile

一般社団法人奈良県聴覚障害者協会は、聴覚障害者が住みやすい社会の構築を目指しています。

組織・役員(2014~2015年度)

役職 名前 出身ブロック・協会 その他役職 
理事長 村上 武志 北大和・奈良
副理事長 長谷川 芳弘 南大和・大和高田  全国手話研修センター後援会担当
事務局長 北田 知子  西大和・生駒 
事務局次長 小林 祥典  東大和・橿原  出版担当
会計部長 上田 晴司  北大和・奈良   
組織部長  山内 一仁  北大和・奈良  近畿ろうあ連盟副委員長 
 組織部付 街 好平  南大和・香芝 
手話対策部長 岡田 京子  南大和・大和高田 
 手話対策部付 小林 由季  東大和・橿原
福祉対策部長  吉岡 秀起 東大和・大和郡山  NPO法人いっぽの会理事
高齢福祉対策部長  森 広子  東大和・磯城   
 高齢福祉対策部付 中井 紀代美 北大和・天理  兼務;労働対策部付
 高齢福祉対策部付 大西 善子 北大和・奈良  
労働対策部長  赤井  久益 北大和・奈良  防災担当
文化部長  岡本 成満 東大和・大和郡山 
  文化部付 三上 秀生  西大和・生駒市   
体育部長  北田 勝美  西大和・生駒   兼務:ろう教育対策部付
ろう教育対策部長 山本 興一 西大和・生駒市   
青年部長 阿部田 恭人  東大和・大和郡山  兼務;組織部付
青年部副部長  小川 廉  南大和・大和高田  兼務:ろう教育対策部付 
女性部長  小山 康子 西大和・生駒  兼務;組織部付 
女性部副部長  村岡 はるひ  西大和・生駒   
高齢部長 小山 純司  西大和・生駒   兼務;組織部付
高齢部副部長  橋野 嘉隆  東大和・宇陀   
監事 上野 明人  西大和・河合   
監事  山中 照章  東大和・大和郡山   
その他の担当
(一財) 全日本ろうあ連盟評議員 村上武志、北田知子、吉岡秀起、小川廉、小林祥典 
 (一財)全日本ろうあ連盟理事 (副理事長)長谷川芳弘 
 近畿ろうあ連盟手話教育部長 (手話)岡田京子(教育)北田知子 
 ろうあ大和編集委員会 (委員長)村上武志 (委員)上田晴司、山内一仁、小林祥典 
創立70周年記念誌担当  村上武志、長谷川芳弘、北田知子、小林祥典、小川廉 
全国手話検定試験担当  岡田京子、小林由季、村岡はるひ、北田知子、小林祥典 
HP・ブログ更新担当  北田知子、小林祥典、上野明人 





一般社団法人奈良県聴覚障害者協会のあゆみ

1947年5月 全国の組織「全日本聾唖連盟」が群馬県伊香保温泉で結成。
1948年3月 奈良県ろうあ者福祉協会創立、初めて聴力障害者の県組織が誕生。初代会長に河合清男を選出。事務所は、奈良県立ろう学校内クラブハウス(奈良市油阪町)に置く。
1949年4月 「近畿聾唖連盟」が大阪で結成、それと同時に当協会が加盟。
1949年4月 第2回近畿聾唖者大会を初めて奈良で開催。(於・天理市)
1953年4月 当協会事務所をこれまでのクラブハウスから会長宅に置く。
1959年9月 当協会に婦人部を結成。初代部長に河合周子氏を選出。
1963年4月 当協会に青年部(初代部長・中井功氏)を結成。その後、財政難のため解散。
1966年4月 青年部再建。再建初代部長に乾二郎氏を選出。
1968年4月 奈良県聴力言語障害者協会と名称を改める。
1969年11月 第1回文化祭を開く。以来、毎年開催。
1976年6月 第3回近畿ろうあ者体育大会を初めて奈良で開催。(於・奈良市)
1979年3月 日韓ろうあ親善野球記念大会を韓国のソウル市で開催され、当協会野球部(団長・会長)を派遣。
1982年3月 第1回「耳の日のつどい」を開く。以来、毎年開催。
1982年9月 当協会の組織人数200名を突破。
1983年7月 当協会の機関紙を再刊。機関紙の名称を『ろうあ大和』と命名し、新たに出発。
1984年10月 第20回全国身障者スポーツ大会を奈良で開催。当協会は、手話コンパニオン養成に貢献。
1985年4月 奈良県聴力障害者協会と名称を改め、組織統一のスタートを切る。
1986年4月 長年続いた事務局長宅の協会事務所を文化住宅「春日荘」(橿原市内膳町)に設置、初めて事務職員を置く。
1986年6月 当協会は第35回全国ろうあ者大会(宮崎市)にて、全日本ろうあ連盟より団体活動優秀賞を受ける。
1987年4月 定期総会40回目を迎えるにあたり、式典やアトラクション等を盛り込んだ第1回奈良県ろうあ者大会を開催。以来、毎年開催。
1987年4月 当協会に老人部を結成。初代部長に岡田善蔵氏を選出。
1988年5月 機関紙『ろうあ大和』がオフセット印刷となり、定期的に発行する。
1988年10月 当協会事務所を初めて公共機関の奈良県心身障害者福祉センター(磯城郡田原本町)内に設置。
1988年11月 全国規模としては初めての第22回全国ろうあ青年研究討論会を奈良で開催。
1989年4月 奈良県手話通訳派遣センター発足。事務所は当協会事務所に置く。
1990年7月 奈良県手話通訳問題研究会(全通研奈良支部)が結成される。
1991年7月 当協会の組織人数300名を突破。
1991年7月 第11回世界ろう者会議奈良集会(ポスト集会)を奈良市で開催、400人集う。
1991年12月 第8回近畿手話通訳問題研究討論集会を初めて奈良で開催。
1992年1月 機関紙『ろうあ大和』が第3種郵便物の認可を取得。
1992年2月 地元開催の第41回近畿ろうあ者大会にて大会初の海外劇団公演を実施、歴史的成功を収める。
1992年6月 聴覚障害者の参政権保障を求める取り組みの一環として、「各政党の考えを聞く会」を開催。
1992年6月 当協会は第40回全国ろうあ者大会(秋田市)にて、全日本ろうあ連盟より「活動に優れた団体」の表彰を受ける。受賞は2度目。
1992年6月 全国ろうあ団体機関紙コンクール展にて機関紙『ろうあ大和』が特別賞の「秋田魁新報社賞」を受ける。
1993年3月 第3回ろう教育近畿フォーラムを初めて奈良で開催。
1993年9月 第27回全国ろうあ者体育大会を奈良市他2市1町で開催、史上最高の選手・役員2100人が参加。
1994年3月 当協会事務所を新築の奈良県社会福祉総合センター内(橿原市)に移す。
1994年12月 第1回ろう教育奈良フォーラムを開催。
1995年1月 阪神・淡路大震災で被災者救援のため、3団体による救援対策部を設置、活動に乗り出す。
1995年1月 阪神・淡路大震災義援金募金活動を実施(3ヶ月で430万円集める)
1995年2月 第1回聴覚障害者の労働問題シンポジウムを開催。
1996年2月 第12回全国手話通訳問題研究討論集会を初めて奈良で開催。
1996年12月 社団法人奈良県聴覚障害者協会設立総会を開催。
1997年1月 知事と語ろう全国ろうあ者キャラバンの一環として、奈良県知事との懇談を実施。
1997年4月 奈良県知事より法人設立の許可を受け、「社団法人奈良県聴覚障害者協会」としてスタートを切る。
1997年5月 法人としての第1回通常総会を大淀町内で開催。
1997年7月 法人設立祝賀会を橿原市内で盛大に開催。
1998年3月 社団法人奈良県聴覚障害者協会が創立50周年を迎える。
1998年7月 平群町が当町主催の集会での手話通訳者を名指し変更の要求。それに対して当協会が抗議し撤回させる。
1998年10月 検察審査員候補予定者に選ばれた奈良市在住の聴覚障害者に対して、耳が聞こえないことを理由に候補者から除外。それに対して当協会は「差別だ」と、奈良検察審査会と奈良市選管に抗議。翌年2月、法務大臣が「聴障者も参加できるよう法改正する」方針を発表。
1998年11月 第28回全国ろうあ婦人集会を初めて橿原市内で開催、全国から701人が参加。
1999年8月 第11回全国ろう教育を考える全国討論集会を初めて奈良市内で開催、全国から1005人が参加。
1999年4月 1998年10月からスタートした聴覚障害者に対する差別法令の改正を求める全国100万人署名運動で、奈良は、6ヶ月間で目標の2倍の23,000人の署名を集める。
2000年3月 差別法令の改正を求める自治体議会請願行動(自治体議会から国への意見書提出の取り組み)の結果、県議会と37自治体議会が採択される。
2000年6月 奈良の地名や名所など299語の手話を収載した冊子『奈良の手話』が完成。
2000年6月 第48回全国ろうあ者大会を初めて奈良市内で開催、全国から3300人が参加。
2001年11月 国際協力事業団(JICA)「ろう者のための指導者コース」で7カ国のろう研修員が初めて来県。
2002年5月 機関紙『ろうあ大和』が200号達成で200号特集号を発刊。
2002年12月 聴覚障害者のための医療用パンフレットが完成。3万部配布。
2004年4月 ろう重複障害者のための通所作業所「いっぽの家」が開所。
2004年9月 奈良県主催の初めての「聴覚障害者訪問介護員養成研修2級課程」が、9月から翌年の1月までの約5ヶ月にわたって実施。
2005年4月 当協会「婦人部」の名称を「女性部」と改める。
2005年5月 「障害者自立支援法案」をめぐる聴覚障害者自立支援法案対策奈良県本部を設立し、運動を開始。決起集会や緊急集会の開催、国会議員と政党事務所に要請活動、県・市町村議会への「意見書」採択のための要請活動などの活動を展開。
2005年9月 第17回全国ろうあ老人大会・第19回全国ろうあ老人ゲートボール交流大会を初めて橿原市内で開催、全国から700人が参加。
2005年10月 国会で「障害者自立支援法」が採択され、聴覚障害者自立支援法対策奈良県本部と各地域は、2006年10月からの地域生活支援事業実施に向けて、自治体に対し要望行動や交渉を行い、コミュニケーション保障にかかる事業は無料の堅持をといった運動を展開。
2006年9月 当協会「老人部」の名称を「高齢部」と改める。
2006年11月 社会福祉法人全国手話研修センター主催による全国手話検定試験が全国各地で行われる。奈良は、第1回の検定試験として11月3日に「4級」「5級」の試験を実施。
2007年7月 2007年7月から、県障害福祉課主催の聴覚障害者情報提供施設検討委員会が始まる。2009年度中に情報提供施設設置の実現が目標。
2008年4月 ダスキン・アジア太平洋障害者リーダー育成事業のため、ネパール研修生が来県。4月3日から23日まで県内で研修。
2008年9月 第1回世界ろう者陸上競技選手権大会(開催地・トルコ共和国イズミル)に奈良から2人が出場。
2009年2月 奈良県聴覚障害者災害対策本部設置要綱を制定する。
2009年3月 ウズベキスタンろう文化殿堂によるウズベキスタン奈良公演を実施、舞踊とダンスを披露。
2009年9月 第21回夏季デフリンピック(開催地=台湾・台北市)に奈良から陸上競技選手として2人が出場。
2009年10月 社団法人奈良県聴覚障害者協会女性部が創立50周年を迎える。
2010年3月 全日本ろうあ連盟創立60周年記念映画「ゆずり葉」上映運動で、県内に16会場を実施し、観客6300人を超える。
2010年3月 当協会三役と奈良県知事との面談を実施。聴覚障害者情報提供施設について設立の確約を得る。
2010年4月 平城遷都1300年祭のメイン会場である「平城宮跡会場」で期間(4月24日~11月7日)中に複数の手話通訳者を配置。
2010年7月 機関紙『ろうあ大和』が300号を達成。
2010年10月 聴覚障害者のコミュニケーション保障をより確実なものにするために、また障害者権利条約に基づく障害者の権利を求めることを目的に、「コミュニケーション法」の整備や現行の「障害者福祉基本法」の改正を求め、合わせて広く国民に聴覚障害者、手話の理解を広めるために、「We Love コミュニケーション」パンフ普及、署名運動を展開。
2011年3月 東日本大震災義援金募金活動を実施(2012年7月で120万円集める。現在継続中)
2011年4月 ろう重複障害者のための通所作業所「いっぽの家」開所して7年、「特定非営利法人いっぽの会」の設立認可を受け、新たに「障害者福祉サービス事業所いっぽの家」としてスタートを切る。
2011年6月 18年ぶりの開催となった全国ろうあ団体機関紙コンクール展にて機関紙『ろうあ大和』がグランプリの「全日本ろうあ連盟理事長賞」を受賞。
2011年10月 奈良県議会9月定例会において、聴覚障害者情報提供施設の設置事業が可決。
2011年12月 「奈良県聴覚障害者支援センター」の指定管理者指定申請書を提出。2回の選定審査会を経て指定管理予定者として決定される。
2012年3月 当協会初のオリジナルカレンダー(4月始まりの年度カレンダー)が完成。
2012年3月 奈良県議会2月定例会において、「奈良県聴覚障害者支援センター」の指定管理者として正式に指定される。
2012年7月 第2回世界ろう者陸上競技選手権大会(開催地=カナダ・トロント)に奈良から1人が出場、当協会史上初の銅メダル獲得。
2012年9月 念願の聴覚障害者情報提供施設「奈良県聴覚障害者支援センター」開設。県内の聴覚障害者福祉の新たな拠点のスタートを切る。
2012年11月  奈良の伝統的手話やろう学校の生活で使っていた手話などを収載した冊子『奈良の手話�』が完成。
2012年12月  公益法人制度改革により、新制度法人移行に伴う定款制定についての承認を求める臨時総会を開催。
2012年12月  奈良県聴覚障害者支援センター見学会と開設祝賀会を橿原市内で開催。
2013年1月  手話言語法制定に向けて、一般の方への理解と支援を広げていくための無料配布パンフレット「手話でGO!」の普及を展開。
2013年7月  第22回夏季デフリンピック(開催地=ブルガリア・ソフィア)に奈良から2人(陸上競技選手・バレーボール選手)が出場。
2014年4月 公益法人改革制度により、4月1日より「一般社団法人奈良県聴覚障害者協会」と改称。

組織図

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社団法人奈良県聴覚障害者協会

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FAX 0744-29-0134