サラリーマンは潔白か?悪徳政治家や官僚を道義的に審判できる資格があるか。

サラリーマンも変わらねば

<昔、学校でもそう教えられた>

“勉強していい所に行く”、とは、お金や地位が安定して楽に暮らせる、働きの割には沢山実入りがあることだった。“成功する”とは、他人との競争に勝って、将来に収入や地位が保証されること、つまり、利益を期待する権利、楽に暮らす利権を手に入れること、その為に勉強しろと教えられた。知識技能の習得や真理探求も、いい生活をする為の条件だと教えられた。

清く正しく、という本は図書館にはあった

古典といわれる本は、富や利権をもつ者は救いようが無いと断定し、貧しくとも清く正しく生きることが人間の幸せだと説いている。そんな本は小学校にも中学にも置いてあったと思うが、当時、それが人生だなどと、真面目に教えてくれる人はなかった、と思う。大学に入ってはじめて、勉強より友達を作ることが大事、と聞いてカルチャーショックを受けることになる。当時そこで初めて自由とは?人生とは?などという議論もやった。

そして、企業や組織に就職すると

企業は、利潤をあげる為には、決められたことを忠実に実行すること、と教え直す。創意工夫や自由な発想も、「決められた条件の下での戦術」に限定されて、それが、その企業や組織の風土として蓄積される。“ 我が社”意識がそれである。しかし、何年か人事異動や昇進を見ているうち、“要領やゴマスリ”の効き目のTPOを見誤り、サラリーマンの悲喜劇が始まる。

企業の利益は従業員の勤勉のせいでなく、創業者利益のお陰では?

創業期の経営者は、格安でいい土地を手に入れ、格安の条件で一等地にビルを建てた。貸しビルは格安条件で長期契約した。そこで商売が繁盛するには、いい品物を仕入れいいサービスをして日銭が入る仕掛けをつくればよい。「集客力あるいい立地に格安で建物を準備した」ことが、利益の最大の源泉であったのではなかろうか。製造業の場合も、製品の開発や技術の独占的特許による利潤が他をよせつけない原始的蓄積?が社業発展の担保になった。

景気がいい時は、サラリーマン天国に

給料は上がり交際費も交通費も諸手当も増える。皆がそれ相応の恩恵にあずかるから、利権争いや内部告発などない。役員も管理職も全員、サラリーマンの身分を謳歌する。

景気が悪いと、差別的投資が始まる

業績が悪くなると、まず経費節減である。そして重点配分といって、支出に差別をつける。でも、然るべき会議や稟議や根回しを経ているから“差別”と言はない。人事考課や異動昇進は勿論のこと、色々な部署に金と人の重点的投資が始まる。昔から「合理化」とは今の「リストラ」のことであった。業績があがらなくなると出される結論は、民間でも国でも同じである。

そこで、悪人がマスコミに登場しだす

背広を着てマスコミに登場する悪人は、自分の行動を正しいと思い込んでいる常習犯であり確信犯である。やがて彼らは、以前のような利権(楽に暮らせる期待権)を失ってつつましい生活態度に戻った人達から内部告発される。なんであいつらだけが、が告発の動機になっている。そして、がりがり亡者になった組織人がマスコミのネタにされ、それで一件落着となる。

ついでに、マスコミを鵜呑みにしない方がいいワケ

人や組織にはミスジャッジがあるから、内部批判を認めない組織は反って危ない、と思う。銀行証券や大蔵省、それに学校や病院などには批判勢力が出来たから大丈夫。しかし、マスコミは危ない、司法組織も危ない。慈善とか公共の顔をした組織や、会計監査を公表しない組合なども危ない。「何が起きてもマスコミに出ないマスコミ業界」の言うことを、鵜呑みにしたくない(とは言っても、無理な話だが)。せめて、それらの危ない業界のトップは聖人君子であることを期待しよう。

会社は立ち直るか

創業者利益を食いつぶせば、それが「会社の寿命」である。経営者はなんとか舵取りを間違えずに延命してほしい。従業員は皆そう願っている。

従業員を「経費」と言い出したのは?

会社の為に働いてきた従業員は、突然人件費という“経費”になる。俺はあれだけやってきたのだからという期待権は反故にされる。生身の人間が他の費目と同じように、費用対効果で査定される。人件費に見合う成果を挙げられますか?と質問される。最後には、経営の意思決定責任を棚上げにして、弱い人にツケを回すやり方を組織がやるとしたら、それは誰が得をするのであろうか。

会社の「上役」って何?

 上役、とか、部下という言葉がある。上役の言うことをきく、とか、部下を指導する、というように使う。「身分」に上下関係があるかのごとくウルワシイ錯覚をしている人がいる。確かに以前は、大事な情報や決定権?を独占することによってメンバーを支配しようと
するタイプが多く、彼らを実力者と言っていた。でも、組織内の情報もイントラで公開されるようになると、「上役」の覇権は小さくなってしまった。時代は変わった。それに気がつかない「上役」が必ず居るのが、サラリーマンの不幸である。

出世したい人にはストレスが

例外的なことを処理できる人を、実力者として上役は重宝してきた。特に、自分の立場をおびやかさない部下にはいい点をつけた。ところが、例外的な処理は結局コストに合わないことが皆わかってきた。ルールを逸脱して(経費や労力をかけて)処理するよりも、切り捨てるほうがいい場合が多くなった。出世を願うサラリーマンも、そんなことにコストをかけて上司の歓心を買うことはつらい仕事になりつつあり、敬遠するようになってきた。でも、その理屈のわからない管理者は、相変わらず部下にそれを要求する。出世願望の強いサラリーマンのストレスは、傍で見るより大きい。

<サラリーマンの幸せとは?>

出世のコストパフォーマンスは曖昧になり、そのメカニズムや因果関係もわかりにくくなった。幸せが、地位やお金と比例すると思われた時代は過ぎ去った。それなら、仕事も家族も趣味も友達も地域もみな幸せの基であるから、手を抜かないで着実にこなすしかないではないか。