平群里山クラブ

第1回 かはひらこ

「落花、枝にかえるとみれば胡蝶かな」
うろ覚えだけれど、江戸時代の俳人の作らしい。胡蝶はもちろん、チョウのことで、中国流のスペリングである。というより、チョウも漢名であって、不思議なことに和名がない。「てふてふ」があるではないか、と指摘されそうだが、これは「ちょうちょう」を江戸期に改悪したもの、と高島俊男先生の説明にある(「お言葉ですが」)。

和名のないことにこだわって、司馬遼太郎、丸谷才一両氏がその理由を考察している。「食べられないものは興味の対象外だったから」とは司馬説(「歴史の世界から」)。「チョウは亡魂で、不吉とされたから」というのが丸谷説。だから、カワヒラコという唯一の和名も一般化される前に滅んでしまった、と説く(「男もの女もの」)。

「むし愛ずる姫君」にも、チョウにさわるとおこり病(マラリア)にかかる、とある(「堤中納言物語」)。どうやら、近世にいたるまで「チョウは気味悪いもの」に分類され、したがって、特に名づける必要もなかったのかもしれない。

そのタブーが解けたのは多分、江戸期以降で、蝶は文学、詩歌、工芸に頻繁に登場する。現代では、コレクターの対象にもなり、以外な人が膨大な標本を所有していたりする。平群里山の会でも「生息しているチョウは全部、捕まえて目録を作る」などと妙な情熱をもやす輩が現れ、蝶にとっては災難といえないこともない。

それにしても「ムシにはまったくの素人」と丸谷、司馬両氏ともおっしゃるが、その観察眼には驚かされる。司馬氏にいたっては「庭のクスノキにつく青虫をかたはしからひねりつぶす」と物騒だが、その親ムシはきれいなアオスジアゲハ(左上の写真)と知ったらさぞ驚いたろうな、と思う。

豊かな観察眼といえば、わが会長、星野夫妻も人後におちない。今年(2006年)の収穫のうちではトップクラスと思われるシロシタバ(Catocala nivea)の第一発見者である。ということで、次回は蛾の話にしましょうか。

                           (佐野 浩)
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