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貝ボタン
結崎ネブカ
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全国80%のシェアを誇る川西町の貝ボタン。その始まりは・・・
貝ボタンの始まり
   明治20年頃、ドイツ人の技術指導により貝ボタンの製造が神戸で始まり、明治30年に大阪へ、その後和歌山や奈良に伝わりました。
 奈良へ本格的に伝わったのは、明治38年頃といわれています。
 当時、木綿織物や養蚕業が落ち込み、新しい産業が求められていた川西町では、貝ボタンの登場によって人々は、彼らの存在を大きく注目したのです。
 当初は、家内工業の形で農家の副業として採りいれられ、その後、機械を積極的に購入するなど製造工程も飛躍し、全国一の生産を記録するほどに成長しました。
 大正・昭和の初めにかけて恐慌期を経験するが、戦後まもなく近代的なポリボタンが出現し、 ボタン産業は、貝ボタンからポリボタンへと大きく移り変わました。
 しかし、現在でも環境にやさしく、手作りならではの味があり、なんといっても、身に付けると、上品でおしゃれであるということから根強い人気があります。
 
 
貝の種類について

   おもに用途としては高級婦人物の服に多く用いられ、服につけるアクセサリーにも活躍している。男性用の高級スーツにも使用されている。その他ワイシャツにも使われており、おしゃれの原点を極めている。
 時代の流れによって、貝の種類は変動する。現在の主流は、高瀬貝と黒蝶貝である。
 
高瀬貝 たかせがい
【産地
赤道付近で採れる。
おもにフィリピン、インドネシア、パプアニューギニア。
黒蝶貝 くろちょうがい
【産地
おもにフィリピン、タヒチ島などのリーゾート地で採れ、真珠の養殖がされた後に輸入される。
   
白蝶貝 しろちょうがい
【産地
ベトナムなど。
アワビ あわび
【産地
オーストラリアなど。
 
貝ボタンのできるまで
 
(1) 奈良県には海があらへんのに『なんで貝ボタン?』とよく聞かれるんやけど、ボタンの原料になる貝(原貝)はほとんどインドネシアやタヒチ、フィジーなどの赤道周辺の諸島から輸入してんねん。
今はほとんど生地(ブランク)と言って丸く繰り抜いた形で輸入してんねん。
     
(2) まずはボタンの厚みによってブランクを分ける作業で、これを『ロールかけ』っていうねん。
     
(3) ブランクは基本的に、"でこぼこ"やから、回転する砥石でその"でこぼこ"をとって平らにする作業が『摺り揚(すりば)』っていうねん。
     
(4) そして『挽き場(ひきば)』(『型付け』とも言う)と言ってボタンの表面に型を付ける作業や。
さあ、だいぶボタンらしくなってきたけど…
まだまだこれからや。
     
(5) 次は型付けの終わったボタンのカドに丸みをつけ小割れやスジを取る作業。いわばボタンの形を整えるための、まわりのバリ取り。化車と呼ばれる六角の箱の中に、ボタンと水・みがき砂を入れて3〜4時間回転させるんや。これを『化車(がしゃ)かけ』って言うねん。
     
(6) これは『穴明け』と言ってボタンに穴を明けている作業。
ボタンを服に付ける時の穴やな。
     
(7) 最近はボタンに文字なんかを入れるのが、流行ってるから、これはその作業やねん。これを『彫刻』と言ってどんなデザインでも自由に彫れるねん。
左の写真は新しい方法で、レーザー光線で文字を入れてるとこや。この機械は高いんやでえ〜。
  ←NC機械を使って針で文字を入れてるとこ。
     
(8) これから先はボタンを美しくする作業で、まず過酸化水素を主成分とする約80度の水溶液の中 に一晩漬けて漂白するんやけど、これを『さらし』っていうねん。これは高瀬貝、白蝶貝のみ。
     
(9) 次にテッポウ≠ニ呼ばれる木桶の中に熱湯とボタンを入れて約1時間回転させながら、塩酸を主成分とする水溶液を点滴みたいにたらしてボタンのツヤを出すねん。これを『つや出し』 と言うんや。
     
(10) そして、伊保田ロウ(いぼたロウ)と言うロウを付着させたモミ(小麦の粒など)とボタンを混ぜて、フリージャと呼ばれる、商店街などでおなじみの福引のガラガラみたいな八角の箱で、約1時間回転させ、ボタンをすべすべにするねん。
これを『ロウ付け』っていうねんけど…
これで出来上がりや!!
     
(11) 最後に『検品』…

肉眼と手作業で、ええボタンとあかんボタンを1個ずつ見分けて…



いざ出荷や!
     
 
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