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島の山古墳(しまのやまこふん)

全長約190メートル、周囲に濠を巡らした典型的な前方後円墳であり、全国で40番目、奈良県下の前方後円墳約300基の中では21番目の規模に相当します。
構築されたのは、4世紀末から5世紀初めであったと推定されており、大王クラスの御陵等のいわれがありますが、まだ誰の墓か解っていません。
 
面塚(めんづか)

『室町時代のある日のこと、一天にわかにかき曇り、天からここに翁の面とネギが降ってきた』 神秘あふれる世阿弥を生んだ観世能の発祥地。面塚は230平方メートル、周囲の玉垣は全国観世流の門下生らが寄付したもので、樹木を植えて小公園化されています。
 
糸井神社(いといじんじゃ)

この神社は、約千年前の「延喜式」という書物に糸井(神)社として記されている由緒ある古社で す。また神社の拝殿内には数々の絵馬がかかげられており、中でも「いさみ踊り」「なもで踊り」(県指定文化財)の絵馬は当時の様子がイキイキと描かれています。
 
筋違い道(すじかいみち)

飛鳥と法隆寺を結ぶ最短距離の道が「筋違い道」と呼ばれています。斑鳩宮にいた聖徳太子が飛鳥 に通うために作られたという伝説のある道。川西町では『油掛地蔵』がこの道に面していたと伝えら れています。この道は古代の寺川と飛鳥川の河道にはさまれた自然堤防で、この微高地の上に出来た村と村を結ぶ道が連続して成立したものであると考えられえます。
 
油掛地蔵(あぶらかけじぞう)

聖徳太子の通学路『筋違い道』添いの小堂に安置されているこの地蔵は、造立大永3年(1523)で舟型光背の高さが約61センチの地蔵立像です。"できもの"を治してもらうために願いをかける日には、油を掛ける習わし(燃灯供養)があることから「油掛地蔵」と名前が付けられました。
 
比売久波神社(ひめくわじんじゃ)

 ちょうど『島の山古墳』の西側に接し、久波御魂神、アマハチチ姫を祭神としています。
 本殿(県指定文化財)一間社切妻造りの妻入りの身舎に庇をつけたもの、桧皮葺、春日大社本社本殿と一致し、その旧社殿であることは明かです。
 
六県神社(むつがたじんじゃ)

 この神社の祭典は、六県命で六柱の神といわれ境内には本殿、拝殿があります。
 川西町の歴史を物語る祭りとして毎年2月には藤原時代から伝わる、農作と子孫繁栄を表現したユニークな民俗行事「子出来おんだ祭」が、ここで行われます。
 
富貴寺(ふきじ)

『六県神社』の東側にあり俗に宮寺と呼ばれています。この寺の本堂は正面五間、側面四間屋根は寄棟造本瓦葺で安定した姿の南北朝末期の建物ですが藤原時代の雰囲気が漂っています。
【仏像】 木造釈迦如来座像(重要文化財)
      木造地蔵菩薩立像(重要文化財)
 
川西町商工会
(かわにしちょうしょうこうかい)


川西町商工会は、まちの世話役です。
近鉄橿原線結崎駅より西へ徒歩8分。
川西町役場前です。
   
 
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