香川県    涅槃の道場                

第4回 平成22年4月1日から7日まで  出発時のリュックの重さ 5kg   




    
香川県出発時刻到着時刻距離(km)到着地参拝札所

1日目12時17時16池田町佐野
2日目7時17時30分33高瀬町66〜70
3日目7時18時31宇多津町71〜77
4日目6時30分16時30分2682番近く78〜82
5日目7時30分16時30分3185番門前83・84・85
6日目7時16時20分2688番門前86・87・88
7日目6時30分15時50分40鳴門西バス停1番
合計 203  










1日目  曇り時々雨

 大阪から高速バスで愛媛県の川之江ICまで行き、去年打ち止めした65番札所で旅の安全を祈願して13時にスタート。宿まで13kmを余裕で歩く、きょうの泊り客は8人、食事の時、隣に座った70歳台と思われる名古屋の女性は15巡目になると聞いて驚いた。

 

2日目  雨後晴れ

 雨具を着てスタート、目指す66番札所は、標高910mで四国霊場の中で最も高い所にある。宿は標高240m、急な上り坂なので下着は汗でグッショリ。頂上付近は、小ぬか雨、上着(雨具)を脱ぐと涼しくて気持ちがいい。66番、雲辺寺は霧に包まれて文字通り雲の中、雲の中の雲辺寺もなかなか乙なものだった。
次の67番は標高75m、一気に下る、山道は雨でぬかるんでいる、度々滑った、1回ころんだ。その内晴れ間が見えてきたので雨具を脱いで身軽になった。
 69番観音寺の近くに大平正芳記念館があったので立ち寄る。総理時代、地元の事務所にしていたようだが地味な建物だった。


3日目  晴れ

 きょうは、良い天気で気持ちがいい。73番 出釈迦寺の奥の院、”捨身ヶ嶽”まで足を延ばした。そこから頂上までは、鎖を張った岩肌を登ったが、途中で危険を感じ引き返した。ここは弘法大師が7歳の時、衆生の幸福と引き換えに崖から身を投げた、その時お釈迦様が現れて空中で救いあげたと言う伝説がある。出釈迦寺の名前の由来でもある。
 75番善通寺は、弘法大師が生まれた所、本堂より大師堂が立派。

4日目  晴れ

 瀬戸内海に近い所を歩いたが、海は見えず険しい山の中、ケータイもつながりにくい。宿は、一泊ぐらい変ったところに泊まってみたいと思い”禅喝破道場”というとこにした。食事は修行者が作った精進料理、農場を持っているので自給自足。食べ物を大切にする生活の原点を体験した。

5日目  晴れ

 高松市内に向かう途中で、子供連れの奥さんから「御接待です」と言って甘酒と「96歳のお婆さんが作りました」と亀の形をした飾り物を頂いた。しばらく歩いていたら今度は、お婆さんが「私は、足が悪いのでお参りに行けない。こうして御接待することでお参りに行ったことになるんです」と言って500円差し出してきた。やや戸惑いもあったが、ありがたく頂いた。

6日目  晴れ

 お寺の鐘で目が覚めた、風情豊かな85番の門前宿は、先祖代々続く老舗の旅館、創業138年になるそうだ。
88番札所 大窪寺へは女体山を登るルートと迂回するルートがあったので、3km程距離が短い女体山ルートを選んだ。この道は非常に険しく今までの険しい部分を凝縮したような感じの道だった。
3時過ぎ無事着いた時は、”歩き”ならではの感慨深い思いをした。 大師堂の隣に遍路が置いて帰った金剛杖が山ほどあったので、寺の人に聞いたら「何らかの事情で家に持って帰れない人のものです、できれば大切に家に持って帰ってください」と云うことだった。

 門前の宿では赤飯で祝ってくれた。泊り客8人みんな笑顔で浮かれている、宿の女将さんも加わって賑やかな食事。夜は満足感に浸ってぐっすりと寝た。

7日目  曇り時々雨

 6時半出発、1番札所を目指して歩く。88番を打ち終えて高野山へお礼参りに行く人もいるが、1番まで行くことで『一周した事になる』と云う人もいるので後者を選んだ。10番付近に出て、そこから1番へ。6番札所近くで昼食、食堂で大阪に行くバスの時間を聞いたら3時50分があると言うので急ぐ、3時20分1番札所着、予定のバスに乗り帰宅。