M原さんの四万十川ウルトラマラソン完走記


気まぐれ
  今年も ココスにK頭さんがサロマ湖の記録を持って見えた。几帳面な彼は10キロ毎の

記録だ、キロヨンさん・K頭さん、毎年気力・体力・もう一つ大事なものがよく続くものだと眺めていた、

今年は、ロンドン支部長のキーさんの名前がないのが寂しい。

来年は、ちーのつく二人の姫が挑戦する、彼女達が参加したらたちまち参加者が増えることだろう。

サロマ湖を初め全国で100Kマラソンがさかんだ、色々眺めたが四万十川が2度目でなんとなく

申し込んだ、昨年はナッシーさん抽選漏れだったとか果たして当選するや。

今回数人になぜウルトラを走ったか?と問われた。いつの間にか71になり体力がどれくらいあるか?

いや せっかくウルトラの父なんてかっこよい名前を付けて頂いたのに、ウルトラの爺なんて言われ

たくない、なんて格好のいいこと言ったが、きまぐれ。

練習
 昨年末まで、フルタイムで働き退職後も引き継ぎ、手伝い等などで我らが久ちゃんの半分を

目指したのは4月からだ。半年や1年で走れるほど甘くはない100kだが申しこんだのだから

やるしかない、よくS浦さんに言われた、マラソンはこつこつと練習だと。

走り始めてかれこれ30年になるが、木津川マラソンでの地獄を見るのが遅すぎた、体重が軽いので

いつでも走れると思っていた(恥ずかしい)、月間300kなんて別世界の話。

四万十に申し込んでからは、久ちゃんの半分を目指した。つぶろ湖にも行ったが、2往復が

したかった、一度に60Kないし80K、これをしたら完璧と思う。

一度だけ本番のつもりで5時30分家をスタート、津風呂湖へ約50K走、3時起床は続けた。

4月 352k
5月 408k
6月 363k
7月 441k
8月 367k
9月 269k
こうして見ると誰の記録かと思うほど走っておる、働いていたらとてもではない、久ちゃんありがとう

彼はこの倍走って故障がない、おそろしい!

明るいうちに帰りたい
 どこのウルトラも大概5時や5時半スタート、当然暗い、ゴールも暗いのは惨め、今回明るいうちに

帰るのが目標だった。13年前(57歳)の第2回大会は最後のところは車のライトで道路を照らした

所を帰った。 12時間52分 制限が14時間なので、1時間早かったと喜んだ、この時も練習し

てなく止めようと思ったが、昔の仲間が、42K以上、走ったらいいではないかと言われ出た。

今回、10Kのタイムを見ると、予定よりオーバー暗いしスタートの混雑で当然、次の20Kまでが上り坂

前回きつい坂とのイメージがあったが、57分で登った。芋峠効果抜群(ペース配分を考えると??)

遊び半分に、 どれくらいで帰れるか予想を立ててみた、10Kを何分・・・・計12時間5分になった。

ラッキーが重なり予定より5分早く帰れた。少し薄暗かったが明るいうちに入るかなー

ただ、ひと月の会話時間数が家内より多い、久ちゃん、S浦さんに内緒で出たのが辛い、ごめん


ライバル達

四万十川のHPを見てると参加者名簿があった。70歳代は6人意外と少ない、走るのが少ないのか、

またおじんだから主催者が少なくしてるのか疑う。ネッツトで氏名を検索、凄いのが二人おる。何時

の記録か定かでないがK頭さんクラスだ。(結果は一人60Kで放棄、凄い人は古い記録か当日体調が

悪かったか? だだ全員が12時間台で完走。最後の人で911人中538位、おじんパワー!)

当日
 3時ごろ起床すぐ朝食、隣りの兄ちゃん、どんぶり飯をお代わりしてる。これでないと100Kは走

れない。4時過ぎ途中の着替えなどが入った袋を担ぎバスへ、バスは各ホテルを回りながらスタート

地点へ、赤々な焚き火、投光器、、太鼓の音賑やかだ。

荷物を預け、トイレへ、トイレはキーさん式に途中で行くのが正解。会場は少ないし人が多い。

いよいよスタート ゲートまで90秒を数えた、暗いので転倒には気をつけた。

10Kを過ぎたら少しは明るい、だが登りの山道10K、芋峠より少し緩やか、ここを57分で登った。

登ったら下り、オーバーペースにならないように気をつける、あと80Kもあるのだから。

黄色のウエアーをつけたボランテアは、若い人からお年寄りまでほとんどの人に挨拶して進む。

40Kまではスムーズ 4時間11分 53K付近で有名な沈下橋、風が強く帽子を持って走る。

60K近くで少し疲れる、着替えの場所は62K付近だが、66Kと勘違いしてた。休憩場所のカヌー館

思ったより早くつき安堵、靴下から下着まですべて取り替えた。(勿論靴も 前半342gの靴

後半は242g、ちなみにタサーは192g軽いが薄く足を痛める危険があり止める)

勿論お握りをほほばりながらの着替え、15分ほど費やした。ここで痛み止めをのんだ、ちー姫に

 頂いた痛み止めと胃薬。踵、足底筋、がおかしい早めに飲むことにした。薬のおかげで痛み                                                            

なく進んだ。70Kになると キロ7分過ぎ80Kになるともっと遅い、キーさんみたいに歩かず走る。

これはなかなか出来ない、いわんや狐を見つけて、折り返して写すなんて芸当はとても、とても。

70Kまでは応援のおばちゃんや、中学生とおぼしき面々に、もう少し大きな声で!ガンバレと言って!

とか、もう一度!などと久ちゃん並にジョークも出たが、後は応援者に頭を下げるのが精一杯

 90Kからは1キロの長いこと、また歩く時間が多くなる。やっとゴール手前300〜400mまで、急に曲がり

が多くしかも下り坂、溝フタがほんの少し浮いていたのか、思い切り転んだ一瞬何が起きたのか

呆然、すぐ助け起された。ここで着替えたタイツが役立ち怪我はなそう、汗拭きの手袋は手の

平を守ってくれた。最後のコーナーを曲がると急にゴールの時計、11時間59分56秒?これは12時間を

1秒切れると駆け込んだ込んだ。ゴールで記念のメダル、着替えを受け取り更衣室へ、タイツを脱い

だら擦り傷が出来ていた。浅ましいもので、記録速報を貰いに、薄暗いところで自分の名前を探す、

1秒切ったつもりが12:00丁度 もっと良く見ると、男子70歳以上 1 と出ていた。良くて3位の

予定が1位ラッキーこんなこともあるのだなー最初で最後のラッキーが。やっと終わった長いながい1日が。

終わって
ワセリンを忘れたためか豆ができた爪も死んだ。90K過ぎると痛いとこだらけ補助運動が必要か。

残念ながら、90Kからは 一度も時計を見てない、思考力ゼロ。それに食べれない、途中いかに食べる

かがウルトラ完走の秘訣、胃腸の弱い私には向いていない。

S浦さんに、M原さんから練習の言葉を聞くとは思わなかったといわれたが、久ちゃんの半分走れば

年齢に関係なく、フルで4時間、100で12時間では走れると思った。

長くなったが 「青 春」を
 青春とは 人生のある時期をいうのではなく 心の様相をいうのだ

 歳を重ねただけでは老いない 理想を失う時にはじめて老いがくる

 歳月は皮膚の皺を増すが 情熱を失う時に精神はしぼむ

 年は七十であろうと十六であろうと 人は信念とともに若く 疑惑とともに老ゆる

 希望ある限り若く 失望とともに老い朽ちる