| 2011年 11月例会のご報告 |
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| 近江 公方屋敷、和田城ほか | ||||||||||||||
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JR草津線「油日駅」、10:07着。 駅舎のトレードマークは、両手を手首の所でXの様に交差させた忍者の構えだ。 惣領家を中心に結集した、複数の家権力の連合体である「同名中」血縁的同盟が郷村を支配し、複数の「同名中」が盟約して、広域の政治秩序をつくり「郡中惣」という連合権力の組織を作り上げていた。 和田城跡群もこうした「同名中」のひとつである。 殿山城、公方屋敷(市指定史跡)、公方屋敷支城、和田城(市指定史跡)、和田支城T、和田支城U、和田支城Vの七城で、和田川を挟んで構成されている。 城跡は、甲賀・伊賀地方によくある方形単郭式で、四方を土塁で囲んだものを基本として、そこへ副郭・腰郭・帯郭なごが地山に合わせるように取り付けられ、堀切等の防御施設が加えられている。 和田川を挟んで殿山城・公方屋敷支城が入口を押さえ、和田城・和田支城Tが奥を押さえている。 公方屋敷は、コの字形の尾根に囲まれた谷間の平地に屋敷を構え、尾根には郭や堀切を設けて屋敷を守っている。 この屋敷には、大和興福寺にいた一乗院覚慶僧都(十三代将軍足利義輝の弟)が、和田惟政らの誘導で一時滞在した。 永禄11年(1568)、織田信長らの援助を得て、名を義昭と改め十五代将軍となった。 公方屋敷の名はこのことによる。 和田城跡群は、方形の郭を土塁で巻き、外側に腰郭・帯郭を配置したものだが、和田支城Tは方形の土塁を廻らした副郭を持ち、和田支城Vは馬蹄形に近い形をしている。 和田川を挟んで両側に城が配置され、「同名中」の城郭として良くまとまっている。 JR「油日」駅より0.7km〜1.5kmのきょりにあり、例会では1日で七城を巡りました。 市指定史跡が2城あり、遺構もよく残っています。 まだ訪れていない方は、是非ご覧になることをお勧めします。 (報告:川岡 洽) |
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