2012年
 2月例会のご報告


河内飯盛山城・野崎城

開催日 2012年2月5日(日)
参加者 21人
案内講師 なし。
担当幹事 井上 豊・川岡 洽・平田和久


今回の例会は、天候に恵まれたこと、近所のボランティアの方々が笹等の下草を刈ってくれていたことから、お陰さまで良く見ることができました。 野崎駅に10時集合、受付の後、商店街を歩く。 野崎観音・慈眼寺の境内で、本日のコースと二城の概要を説明する。 野崎城は、慈眼寺の裏山(標高114m)一帯が城跡である。 頂上が本丸、越えたところにある鞍部に堀切があり、城跡はここで終わり。 こじんまりとした城で、後に飯盛山城の砦になったと云われる。

これより一路、標高315mの飯盛山城へ向かう。野崎城からの比高は200m、ハイキング道になっているので分かりやすく、登りやすい。

飯盛山城では、近年の調査等によって、南丸南部で七条の畝状竪堀群、本郭東部及び西部の石垣、御体塚郭東部の石垣、穴口郭西部の石垣、御体塚東部尾根先の二連続堀切、同北東部の四連続堀切、千畳敷南西部及び高櫓郭南部下の堀切土橋、等が見られるようになっている。

例会の最初の探索は、七条の畝状竪堀群だ。 笹ブッシュで難儀したが、皆さんがよく動いてくれて七条すべてを確認できた。 続いて南丸東部の六本の竪堀、これもよく観えた。 千畳敷出郭へ入る大手虎口では、参加者から、“枡形だ”、“いや違う”と意見が分かれた。 左に回って南丸へ。 東部に土塁が横たわる。二段で長さは50mくらいか、そして意外に高い、3mはあろうか。南部の弱点を補っている。

千畳敷で昼食を摂る。 食後、南端部下の堀切土橋・本丸中郭(FM中継所)を見て、大きな堀切土橋を渡り高櫓郭に入る。 地元の白川さんが例会に参加され、飯盛山城の城郭遺構に詳しい方であることから、この後、石垣見学の案内をしていただいた。

お陰さまで、本郭西下・同東下・同北東下・同北東の道下・御体塚郭南東下・同道下に残る石垣遺構を見ることができた。 石垣は、ほかにもまだ残っているが、時間の関係で今日はここまでとした。

見たいところ、見てもらいたい所はまだまだあるが、東側尾根先の二連続堀切・四連続堀切は、例会としては危険であるとして断念した。 このほか、西側一帯・千畳敷東方下道路近辺の段郭などは、またの機会に譲ることとした。 この日の探訪は、城跡北端から西へ九十九折れの細道を降り、四条畷駅前で解散した。 案内に協力していただいた白川さん、本当にありがとうございました。  報告 : 川岡 洽



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