平城宮跡が紡ぐ一条高校国際理解の輪
(地域の特性を活かした国際交流)
                        奈良市立一条高等学校
                           校長  酒井重治
 藤原京から都が奈良の地に移されたのは西暦710年(和銅3年)である。その都、平城京は、正倉院の御物に見られるように、大変国際的な都市であったと言われている。その時代から1300年近くの年月を経た1998年、平城宮跡を含む8資産群が「古都奈良の文化財」として世界遺産リストに登録された。この平城京一条南大路(現在は一般的に一条通りと呼ばれている)沿い東約1キロ、左京一条三坊にあたるところに本校は位置している。この通りをさらに東に約1.5キロ行けば、左手に聖武天皇陵、さらにそのまま約0.5キロ東進して突き当たるところに東大寺の転害門(手貝門)がある。そこから先は東大寺の境内である。本校から西0.5キロほどのところには法華寺がある。校庭の裏側、北西にウワナベ・コナベ古墳を含む佐紀の古墳群が広がる。奈良時代の優れた文人、漢詩人として知られる大納言石上宅嗣卿の開いた日本で最初の公開図書館と言われる芸亭(うんてい)がこの地にあったという説がある。何はともあれ、奈良時代このあたりは文教的な地域であったのではないかと想像するが、現在もこの通り沿いにはいくつかの学校そしてまた寺が点在し、そのような雰囲気を醸し出している。
 「古都奈良の文化財」が世界遺産に登録された年、次世代を担う世界の若者達に、世界遺産を通じて異文化への理解を深めることを目的としたユネスコの「世界遺産国際ユースフォーラム1998」が世界遺産を持つ日本の各地で開催された。このグループが奈良を訪問したとき、一条高校がこの若者達と交流する機会を得、人文科学コース(現 人文科学科)がこの交流の役割を担うこととなった。生徒達は世界遺産の勉強をしたり、英語の先生の協力を得て奈良の世界遺産の英語版案内冊子を作成したりして、この交流に備えた。世界の各地から選ばれてきたこのグループの参加者は非常に意識の高い優れた若者達で、そのおかげもあり、この交流は大成功であった。
 それから5年後、2003年、ユネスコ・アジア文化センター(ACCU)が青年交流事業として、文化遺産保護青年指導者研修・交流プログラムを実施するはこびとなった。その一環として、前述の縁もあり、一条高校生との交流が計画された。人文科学コースは、外国語科の協力を得ながら、主体的にこの事業に取り組み、有意義な交流を行うことができた。一条高校は開校以来半世紀以上に渡り、外国語科を中心に据えながらも学校全体として、校是として、国際理解の教育を推進し成果を上げてきたが、このような学科間の有機的な連携を軸にした取り組みは新しい試みであった。それがうまく機能し、関係者の好評を得ることができた。それ以来この交流は続き、本年で4回目となった。この間この交流のノウハウを蓄積し洗練しながら今回を迎えた。
 以下本年度の実施の概要を述べてみる。
 年度当初、4月にACCUの担当者が、このプログラムの中に本校との交流事業を組み入れるということで、本校関係者と日程等の大まかな打合せをするために来校された。9月になり参加者の人数、名前、国名等を知らせていただき、日程などをより具体的に決めた。ブータン、ブルネイ、フィジー、インドネシア、ラオス、モンゴル、パラオ、パプアニューギニアそしてタイの各国から各1名、計10名の研修生が参加するということであった。実施日は11月21日(火)に決まった。
 このような情報を基に本格的な実施の準備作業が始まる。まずは昨年使った英語版案内冊子を手直しし本年用の冊子を作成した。10人の参加者があるということで人文科学科1年生を10のグループに分け、各班に1名の外国語科の3年生が通訳として付くこととした。司会、学校紹介、人文科学科の紹介、グループの紹介等を担当する生徒も決め、また、担当する教員は社会、国語そして英語の6名で、それぞれの役割分担も決められた。 11月14日(火)午後文化財研究の時間を使い平城宮跡案内リハーサルを行った。英語版案内冊子を片手に実際の散策コースを回り、それぞれのガイドポイントでは、本番で参考とするため、そこのボランティアガイドの方の説明を聞いた。
 その他相手国に関する学習、司会や通訳として参加する外国語科3年生との打合せ、会場準備等もある。このような事業は準備が成否の鍵を握る。
 当初10名の研修生が来ることになっていたので、生徒達を10グループに分け、それぞれのグループで受け入れ準備を進めていたが、直前に1名のキャンセルがでたため急遽9グループに改編した。
 本番の日、11月21日(火)参加生徒達は1時間目の授業終了後、会場のセミナーハウスに集合し、開会行事の最終準備を行い、研修生の到着を待った。10時前に9人の研修生がACCUのメンバーと随行の通訳の方と供に来校。10時から3年外国語科の生徒の司会により開会のセレモニーを行った。挨拶や、参加者の紹介、学校紹介などが英語で行われた。なごやかな雰囲気の中で開会行事は予定通り進行した。
 10時半にグループごとに学校を出発した。校庭の裏門から出て、まずウワナベ・コナベ古墳、その後平城宮跡内の遺構展示館、第一次大極殿復元工事現場そして第二次大極殿跡を見学して回り、そこで昼食を取った。昼食の弁当はACCUが準備してくださった。昼食後は少しリクレーションをしながら交流を深めた。
 午後は同じく平城宮跡内の朱雀門と東院庭園を見学し、その後学校に戻り、そこでグループごとに文化紹介やディスカッションを行った。
 小春日和のすばらしい天候に恵まれ、10時半から15時まで、平城宮跡をグループごとにゆっくりと散策し、生徒達が案内冊子を使って説明をした。事前の下見の際ボランティアガイドの方々からガイドのこつなどを教えていただいていたが、それほどスムーズな説明がされたわけではなかった。しかし研修生達は辛抱強く真剣に生徒達の話を聞き、自分たちの意見を述べてくれた。生徒達が教えられる場面もしばしばであった。
 平城宮跡散策の後、班別に約1時間意見交換が行われた。確かに生徒達は英語を用いてのコミュニケーションの難しさ、もどかしさ等を感じたが、同時に楽しさ、おもしろさも感じることもでき、意味のある交流となったという達成感と満足感を得られたようだ。研修生達もみな異口同音にすばらしい経験ができたと喜んでくれた。単に外国の方々といろいろな話ができたというだけの交流で終わらず、準備段階から時間をかけ、しっかりとしたテーマ学習が行われ、テーマに添った形で様々な意見交換ができたことは有意義で、古の都奈良という地域の特性を十分に生かしたすばらしい国際交流となった。
 あの広大な空間を持つ平城宮跡を過去の文化的遺物として奈良の地に単に陳列しておくだけはなく、平城京の時代から1000年以上の時を経て、奈良が再び歴史の表舞台に登場し、国際的な文化の華を咲かせるためのシンボルとして、あるいは奈良の文芸復興(ルネッサンス)の舞台としてこの空間が活用されなくてはならない。本校としては、このユネスコとの交流事業を通じ、国際理解教育をさらに進化・発展させ、微力ながらも奈良の文化的復興に貢献できればと願っている。