次の文は、小屋主が所属する旧教職員のグループが毎年発行している同人誌「松籟」(7号)(2011.5発行)に寄稿した「山小屋の四季」という文を一部修正し転載したものです。

山小屋の四季

<初めに>  
 小屋へはほぼ毎月行き、1回2週間ほど過ごす。年齢を取ると長時間の運転が苦痛になり、今では車を辞めて専ら一日一本の長野行き直通特急「しなの9号」を利用している。これだと、京都から白馬まで6時間で着く。しかし小屋は駅から8キロ先の里山でバスもなく歩けば2時間近くかかる。そのために中古の軽トラックを買い、駅近くの小屋組立てで世話になった土建事務所前の空き地に置き放しにしている。「田舎のベンツ」と言われている軽トラは、小回りが利き荷物も積め、人里離れた田舎の生活には欠かせない足として役立っている
  山小屋に関するホームページを公開しているが、平成22年秋、これを見てログハウスの専門雑誌「夢の丸太小屋に暮らす」(発行地球丸)から2人の編集人が小屋を訪れ、2日間、小屋の生活を共にして取材し、翌年の新年号で、5軒の丸太小屋を取り上げた特集で、その小屋主の一人として紹介された。他の4人の立派なログハウスと比べ、私の小屋はひときわ小さく素朴であるが、これに関心を寄せる読者の声が沢山あったと編集人から報告があった。金を掛けなくても十分丸太小屋暮らしは楽しめるという私のポリシーが認められたようで嬉しかった。それでは、季節を追って私の「夢の小屋暮らし」の苦楽を明かそう

 

                

           道路脇の杏子の樹、実が成る頃クマが来る                小屋近くの道路わきにある道祖神 

 

   「春」
  一年の3分の1を雪の中で暮らす山里の人にとって、春は解放の季節である。久しぶりの日差しを受けて、雪融け水が音を立てて溝に流れ込み、小屋の周りも残雪の下からあちこちで蕗のとうが新芽を出す。小屋向かいの茅葺の民家の屋根越しにまだ真っ白な白馬三山、日本の原風景を描いた画家向井潤吉が描いた「遅れる春の丘より」は、25年前の春、まさに今の私の小屋の地点で描いた作品である。隣の民家の主人、儀重氏が差し出したお茶も飲まずに一心に描いていたと、画伯の思い出を話してくれた。5月連休頃に「儀重桜」と呼ばれれている樹齢150年の村指定天然記念物の大山桜が咲き、カメラを持った観光客が時々場所を訊ねてやってくる。残念ながら数年前の大雪で幹から大枝が折られてしまった。しばらくすると山菜採りの地元の人が田舎のベンツでやって来る。私は山菜にはあまり関心がなく、折角の宝庫にいながらもったいないとよく言われる。長野市に通ずる国道から脇道に反れて5分ほどの所に、こんな桃源郷のような里山があるとは地元の人たちも案外知らない。時折見回りにやって来る警察や消防の人たちさえ車を止め、私の小屋を興味深そうに眺めクマは出ないかなどといろいろ訊ねる。

            

             ”田舎のベンツ”軽トラと民家                  25年前に向井潤吉画伯の描いた堀田の民家       

  「夏」
 何日間も降り続く梅雨の長雨に裏山が崩れて小屋が土石流に埋まるのではないかと、夜中一人で寝ていると不安がよぎる。長野県北部 「ところにより雨」という天気予報が出れば、間違いなくここがその「ところ」で、この大北地方に絶えず出る「大雨警報」にもそれほど驚かなくなった。夏で雨より悩まされるのは無数の各種虫類である。油断すれば軒下に足長ハチが巣を作り、何度か夜中に寝込みを襲って殺虫剤で退治した。きれいな色の斑点模様が付いたヤマカガシという毒をもった蛇が材木の上で日向ぼっこしているのもこの時期である。しかし最も敬遠したいのは夏の終わり頃、夕方のひと時だけ発生するウルリと呼ばれている白黒の縞模様のアブの群れである。これに刺されると痛く翌日まで腫が引かない。害はないが小屋に入ってくる無数のテントウムシにはいつもお手上げである。どんなに閉め切っても隙間から入ってきて昼は丸太の壁隅にたむろし、夜は蛍光灯の下をうるさく飛び交う。強烈な臭いを発するカメムシが同行する場合が多い。これらの異常発生は、行政の焚き火など野焼き禁止令が原因のひとつらしい。最近、野ザル、シカが増えて作物を荒らすと地元の人の話であるが、近辺で頻繁に出没しているクマ同様一度も見かけたことがない。しかし、近くの木の幹に付いたするどい爪跡や小屋脇に埋めた生ゴミを夜中に掘り返した四足動物の形跡はよく見かける。授業中教室に一匹の虫が飛び込んできただけで大騒ぎになる大阪の女子高生にはとても無理な夏の小屋暮らしである。これに水不足が加わるととても楽しむどころではなく、小屋主の私でさえ正直逃げ帰りたくなる時がある。逆に水が豊富に出ると、自作の野外風呂を沸して汗を流し、湯上りにデッキに椅子を出し、暮れ行く白馬連山の稜線を見ながら冷えたビールを飲む時、これ以上の幸せはない至福を感ずる

               

           人を恐れず小屋に遊びに来るキセキレイ                           夕焼けに見せる白馬三山のシルエット

 

  「秋」
  山里の秋は私の一番好きな季節である。しかしこの期間は短く晩夏からいきなり初冬になることもあり、あっと言う間に過ぎ去る  。年によっては紅葉、落葉の前に樹に雪が乗り大木を倒してしまうことがある。しかし倒木は燃料の薪になるので私にはありがたい。10月になると、朝突然山々が新雪で覆われそれが根雪となり、麓の紅葉とよく合い最も神々しい姿になる。数年前のこの時期、白馬頂上近くで軽装の中高年のツアー登山者数名が季節外の吹雪に襲われ遭難死した。皮肉にその翌日は快晴で、現場付近を騒がしく飛び交うヘリの姿が双眼鏡で小屋からもよく見えた。10月の終わりには下界でも初雪が降り、小屋が完成した年、冬用タイヤを履かずに 来て、突然の積雪に動けずに車を小屋に置いて電車で帰った。
  この時期本格的な冬が来るまでに、準備しなければならない仕事は沢山ある。階段、テラス、外壁の防腐剤の上塗り、煤で詰まった煙  突の掃除、中でも一冬でかなりの量を消費するストーブと風呂釜用の薪作りが欠かせない。持主の了解を得て山に入り、チェーンソーで倒木を切るという危険が伴う作業である。予め目星を付けておいた太さ20cmほどのミズナラの倒木を1m位に裁断し、1本ずつロー プで縛って小屋まで引っ張ってくるのだが、100mほどの斜面を何度も往復しているとへとへとになる。しかし休む訳にはいかない。  集めた薪を今度は細かく斧で薪割りし小屋の軒下に積み上げて完了である。寒気厳しい冬の夜、赤々と燃えるストーブの暖かさを思うと、この作業も嫌と思ったことはない。チェーンソーも1台目が壊れ、すでに2台目になった。この季節は作業の合間を縫って毎年近くの山に登ることにしている。日は短いが夏の喧騒が去り静かな山行ができる。名のある北信、上越の山は大体登ってきた。若い頃は何度も登ったが、昨年は小屋正面に毎日見る鹿島槍に登った。途中予定を変更して八峰キレット小屋に泊まったが、偶然営業最終日で宿泊客は私だけで山小屋とは思えない豪華な夕食にありつけた。鹿島頂上から逆に自分の小屋を見るのが目的の一つだったが残念ながらガスで果たせなかった。時間は掛かったが目的の五竜―鹿島縦走ができ、まだ登れる体力があることが分かり、満足して真っ暗な小屋に帰った  。小屋を建てた時から手がけてきた裏山にトレッキングコースを開拓する取り組みは突然の林道出現であっけなくケリが付いた。毎年秋 に50年前の職場の同僚たちと小屋近辺の低山に登っているが、一昨年はこの林道を伝って村界尾根の東山に案内し、北信の山々全てが見渡せる展望満点のコースに高齢者たちから喜ばれた。山に登るために小屋を建てたのに、小屋の維持に手を取られ山に行けなくなったという本末転倒に陥らないように絶えず注意している。

             

              冬に備えて積んだ燃料の薪                                  新雪に見舞われた堀田の「山荘」と「亭」

   

  「冬」
  辺りの様相が無雪期とは全く変わる冬こそ、丸太小屋暮らしの醍醐味が味わえ、最も深刻さも増す季節である。小屋を建てて10回も冬を経験してきたが、毎冬状況が異なりいつも予想が外れ痛い目に会っている。小屋の上方100mの小沢からパイプで水を引いているが、一度流れが止まるとパイプ内が凍りつき、そのままだと春の雪解けまで待たねばならない。正月明けに小屋へ行き、水がパイプから正常に流れていることは先ずない。その都度雪を掘り返してパイプを引き出し、表の舗装道路に叩きつけて中の氷を放り出す。平均して朝の室温はマイナス10度、日中でも0度以上に上がらない。雪の被害も大きく、昨年は行ってみると小屋に取り付けた炊事場が無残に屋根ごと倒壊し、前年修理したデッキの手すりが再び雪の重みで大きく傾いていた。積雪を予想して、デッキの床板を外し、幅1m近く空けておいたが効果がなかった。雪には1m立方の空箱の上でも2m近く積もる粘着力がある。それが時間と共に氷化し重量が増し巨石と同じになる。今年の大雪で屋根の雪下ろし中に高齢者が転落して亡くなる事故が多かったが、家の屋根に大岩が乗っているのをそのままにできない気持ちはよく分かる。運悪く軒下で屋根からの落雪に遭えば落石どころの事故では済まない。昨年の冬、小屋の直ぐ近くに立っていた築100年の茅葺きの物置小屋が雪の重みで倒壊した。幸い丸太小屋はどれだけ雪が積もっても潰れない頑丈さがある。もしこの小屋が潰されるなら、白馬村の全家屋が潰されるだろう。一晩中降り続き道路に50センチも新雪が積もった翌日未明、煌々とライトを照らしエンジンの音を響かせた村の除雪車が山影から現れたとき、これで孤立せずに済んだと安堵感が沸いてくる冬の小屋暮らしである。

            

         もうすぐやってくる厳しい冬将軍                         降雪の早朝やってくる除雪車

   <終わりに>
   何日間も人に会わず、たった一人でまるで横井庄一さんか小野田寛郎さんのように隔離された野人に近い山小屋の生活、若い頃から望んでいた自然の中での田舎暮らしである。ぼつぼつ後期高齢者になる自分がこれから先いつまで続けられるか分らない。でも便利な都会生活に背を向け敢えて不自由な田舎暮らしをする中で、何か人間にとって忘れ去られていた大事なことが得られるような気がして元気な内は通い続けるつもりである。


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