その4  小屋に関するデータ


   小屋の名称  「堀田山荘」  
         所在地  長野県北安曇郡白馬村峰方堀田 JR大糸線「白馬駅」より国道406号線を長野方面に約8キロ。峰方スキー場の東
   現地連絡所   白馬駅前旅館「昇盛館」 
    小屋の規模  <床面積> 1F=4mx4m ロフト=2mx4m <ログの材質> カナダ産ダグ ラスファー
            直径20cmマシンカット太鼓型
ログ 13段積み 
          
         <基礎> 1.5m高 コンクリート製ベタ基礎 )<                 葺き 勾配12/10  
 
     販売斡旋業者  KENWEST ENTERPRISES  木山 孝 (バンクーバー)

    ログメーカー  TRUE CRAFT (メイプルリッジ)
      施工業者  建物  白馬ソイル工業(大出)   基礎  田中建設(神城)
         

        
                                      国道(406)から堀田への分岐点

     小屋建造の経費
     ログキット材料費 (現地運送費、手数料含む)    1,863,000
       工事費合計                     2,093,000    
          (工事費の内訳)
          
          基礎工事費      710,000

     ログ組立工事       678,000
     仮設工事       244,000

      屋根工事       196,000
      電気工事        185,000     
     諸経費         80,000 
               
         運送費(名古屋港―白馬)   75,000
        
        輸入関税手続き費用(斡旋業者手数料含む)     374,000
            
         道具、工具類         (梯子、電動工具等)          77,000

     ログ防腐剤塗料                   48,000
       総支出計                    4,530,000

これ以外に建造後にセルフワークで付け足したトイレ、風呂、上下水の配水管、貯水槽、
  内装備品関係(薪ストーブ、煙突工事、耐熱レンガ工事、流し台、調理器具、等)が約25万円。


          

   


    小屋主のプロフィル

 1937年(昭和12年)12月、岡山で生まれる。今年80歳、傘寿を迎えた。幼少期は空襲激しい大阪で過ごす。連夜、灯火管制の暗闇の中、聞こえてくる米爆撃機B29の爆音に怯えながら、母の手に掴まり泣きながら防空壕に逃げ込んだ悪夢の記憶は一生消えることはない。いかなる理由があろうと、幼い心と命を脅かす武器、核の利用は絶対許すことはできない。 敗戦後、父の転勤で一時但馬の豊岡に移り、自然に囲まれた田園の街で中学時代前半を過ごす。この時、音楽の先生に付いてバイオリンを習い、音楽に興味を持つきっかけとなる。中学校後半、再び大阪に帰り、府立の工業高校を卒業後、大学英文科に進み、卒業以来40年間、大阪で英語の教師として勤める。この間、市立中学校を振出に、全日制、定時制の府立高校数校を歴任、最後は私学の女子校など、講師を引き受けた学校も含めると10校を越す。
  大学時代、学内の山岳サークルに籍を置き、教職に就いて以来約30年間、各校で山岳部の顧問を引き受け、夏冬を問わず数多くの生徒たちと山に入った。個人的にはアラスカの山に魅せられ3度も遠征し、一度はヒドンクレバスに転落し危うく助かる体験をした。65歳以降の高齢になってからは、チロルの山に度々足を運び、70歳の時、チロル最高峰ヴィルドシュピッツェに、75歳にシミラウンに登る。目下小屋を根城に周辺の山々をのんびり歩いている。
(2018.1記) 




 雪で壊される前のテラスにて 「夢丸」取材班撮影

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