アフガン情勢

   昨年あたりから旧タリバン勢力の復活が報じられ、自爆テロとそれにう死傷者数が
大幅に増加した。また隣国パキスタンは自爆テロの応
酬に塗れ、今や紛争国家になろうかという
危惧を世界中に抱かせている。

しかし、アフガニスタンの市井の人々の生活は確実に平穏化してきている。
道路や建物の建設は進み、企業誘致もあり、おかげで雇用も進み、人々の顔の表情や目つきが5年前と比べると、ゆったりと穏やかになった。
マスコミ報道ではついセンセーショナルな事のみが大きく取り上げられる傾向にある。

けれども油断はできない。道路事情はよくなったが、都市間の移動は決して
車を使わないようにと、誰もが忠告する。町中の銃器店で誰でも銃が買える国なのだ。

今年春に、アメリカとの反目からか、イラン政府が大量のアフガン難民を
強制送還するという事態が発生した。
その数1日に5000人と報じられた。イランに滞在するアフガン難民の総数は200万人。
受け入れる側は混乱している。





ヘラートでも一旦は撤去されたUNHCRの難民用テントが大量に再設置されている。
女子の孤児院でも、外出先で逮捕され、帰宅することも許されず、赤ちゃんと引き裂かれたまま、着の身着のままでアフガンに強制送還させられた女性が収容されていた。

しばらく混乱は続くだろうが、ひとたび上った復興の機運を止めてはならないと切に思う。

政治や宗教など難しい議論はさておき、ラーラ会は、人道的な立場から、
貧しい人々の命・暮らしを守ることを最優先に、支援活動を続けて行きたい。

ISAF(国際治安支援部隊)発行の新聞によると、

ヘラートで中国人投資家による羊毛工場が開設され、

何百人もの雇用が確保されたらしい。羊を産し、

カーペット織りの伝統技術産業をもちながら、

肝心の毛糸は隣国のイランやパキスタンから輸入し

なければならなかったアフガニスタン。

これからは地元産の毛糸を使ってカーペットを織れる。


コストも削減される。

また、何年も前に閉鎖されていた炭鉱が再開される事になり、州知事の「とうとうアフガン人が天然資源の利用を始めたのだ!」という喜びのコメントも掲載されている。

政治上でのいざこざとは別に、アフガンの一般社会は確実に復興してきている。

貧困の撲滅、貧者への生活援助が大切で、福祉の面からのアプローチが平和への鍵だと思う。

  ☆ ☆ ☆ アフガンの暮らし色々 ☆ ☆ ☆

 アフガンの学校制度

          日本と同じ6-3-3制。ただし、1〜12年生と呼んでいる。

         義務教育は9年生まで。教育は大学まで無償(ただし、私学は有償)。

                     学校年の開始は3月春分の日。夏休み3週間ほどをはさみ12月に修了。

学校で学ぶ教科> 

1年生〜 語学(ダリ語・パシュトゥ語)、算数、ライフスキル、美術、習字、イスラム学

4年生〜 加えて、英語、理科、社会(歴史・地理)→高学年になるともっと細かく分かれる。

アフガニスタンでは校舎が不足しており、未だにテントで授業したり、交代で使用したりしている。

「アフガニスタンでは教育へのアクセスと質の向上が課題となっている。子どもの就学数は約600万人となったが、依然半分以上の子どもが就学できていない。また、教師の数は7倍以上に増加したが、依然約8割が資格を有しないで教えている。」(外務省プレスリースより)

                  イスラム教には大きな戒律が5つあるといわれている。


コーランの勉強

1)唯一神アラーへの信心、 2)1日5回の祈り、

(3)ラマダン(断食)、4)ザカート(喜捨)、5)聖地巡礼

   夜明け前にあちらこちらのモスクからアザーンが鳴り響く。


アザーンとは1日5回の礼拝(サラート)への呼びかけの事で、
モスクやミナレット (塔)から、拡声器を使って朗々と町中に流される。

アッラーアクバル(神は偉大なり)の4度の繰り返しから始まる。

1日5回の祈りも、初めの頃には街角で昼日中に仕事をやめて皆で
祈る姿をよく目撃したが、最近ではあまり見かけなくなった。

ジョマというのは、イスラムの休日で、金曜日。たいていは木曜日の午後から仕事を休み、
 土曜日の朝に仕事を開始する。アンサリ孤児院でも子ども達は母親や親類の家に帰るが、
 帰る家がなかったり、帰りたくない子達がいつも大抵35〜40人残っている。
注:アフガンでは父親のない子を「孤児」と呼ぶ。
 母親達に現金収入を得る手立てがないからで、子どもが親を養うというのが普通。)

ジョマにモスクに行くと、大勢の男性たちが集会している。
 時には小銭やナンをばら撒いている人も見かける。喜捨しているのだろう。
 乞食たちもモスクに多く集まって来る。
 ちなみにザカートは収入の2.5%を貧者に施すきまりになっているとか。
 
隠居した老人達の楽しみは「聖地巡礼」。
 毎年のように聖地メッカで将棋倒しなどで何百人もの死者が出たと報じられるが、
 遺族達はあまり嘆いてはいないようだ。
 聖地に行ったものは魂が浄化されて罪がなくなっているので、そのような死は喜びだと、
 あっさりと言い切る。

 郵便事情
 

    アフガニスタンでは未だに戸籍も住居表示も整っていない。
  だから、郵便配達制度は機能していないが、郵便局に私書箱を開設すると、
 日本からも郵送できる。
  私書箱は個人では開設できず、認可を受けた会社やNGO
だけに限られる。

  この度、やっとのことで、4年間に及ぶ援助活動の実績が認
められ、
  ラーラ会もヘラート郵便局に私書箱を開設できた。
  早速写真その他を
試しに郵送してみたが、約1週間で現地に着いた。

 しかし、アフガンから物品を郵送するのは大変面倒だ。
 食品の郵送は厚生省に当たる役所で入念な検査を受けなければない。
 とりわけ白い粉の岩塩は「麻薬」と疑われて、すんなりとは行かない。

 衣類などの送付も決められた布に包まないと受け付けてもらえない。
 また、郵送料の払い込みは、僅かであっても、アフガン銀行まで払い込みに行き、
 受領証を郵便局に持ち帰ってやっと完了する。
 郵便局内にはこのような使い走りを請け負う老人が控えていて、それを生業にしている。
 ヘラートから送った物は日本へ到着するのに3週間ほどかかった。

                         

                             

2007年9月

2008年4月

ロバでバザールへ

街中で白昼堂々と鉄砲作り 

ナウローズ(新年)を迎えたばかりのヘラートの
郷は実に蘇ったように美しかった。

 空はあくまで青く、緑滴る野原と土煉瓦造りの家々の
向こうには白い雪を被った山々が連なり、
ものみな陽光に眩しく輝いて、
「世界一美しいぼくの村」(小林豊著、ポプラ社)があった。
 
 復興は進み、人心も穏やかに落ち着いてきたように
感じられた。
 日本全国に流布されていたタリバン復活の危険情報
や外務省が発している「全土避難勧告」はまるで
嘘のように思われた。
 
  争わなければ 豊になる   
  


皆様ご存知のように、ペシャワール会の伊藤さんが拉致・殺害されるという痛ましい事件が勃発しました。

また、現地職員のレザ君からの知らせによりますと、今までは比較的安定していたヘラートの治安も最近は悪くなるばかりで、8月末のヘラート郊外のアメリカ軍の誤爆に続き、9月8日にはヘラート市内で自爆や殺人が起こり、治安は悪化の一途を辿っているようです。

おまけに、ラーラ会がキリスト教を子ども達に教えているなどという根も葉もないことを言い出す輩も出てきて、レザ君が身の安全を脅かされるような事態も起こってきています。

確かにアフガン社会はカルザイ政権が成立して以来最悪の治安状況を迎えているようです。

アメリカの派兵増強が治安面でプラスと出るかマイナスと出るか難しいところでしょう。

事態を重く受け止め、より慎重な活動を心がけますが、ラーラ会が活動を縮小することはありません。

当面ラーラ会メンバーのアフガン訪問は控えます。レザ君は非常によくやってくれています。ご安心ください。

昨13日、今年度初の運営委員会をもち、これまで以上にアフガンの復興支援に貢献したいという意志を確認し合いました。

 

2008年9月  ラーラ通信9.14号より

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