アンサリ孤児院の今
 
  イードの日は親が子ども達に洋服を新調する習慣。
 (注:アフガンではオーダー服はごく普通の事で、贅沢ではない)
 イードの前日にアンサリ孤児院院長からラーラ会事務局に国際電話が入った。
イードの日に予定していたラーラ会からの洋服のプレゼントを柄子が不在でもさせてほしいというものだった。
他に何も用意していないからだという。勿論OKした。


 贈与はHelpが代行するということで、孤児達200人全員に新しい洋服をプレゼントするよう注文しておいたが、
現地に到着し、洋服の件を話題にすると、局長らに350人いるのに200着では足りないと逆になじられた。
自分達は残りの150着分を調達するのが大変だったと言う。
 お礼を言わずに不満を言う。

200人という数字は私が自分で孤児院の夕食時まで居残って数えた数なのだ。
彼らによると、150人は近くの親類の家に夜寝るためにだけ帰っているのだと。(こんなのホントに孤児なの?)
アンサリ孤児院の収容児数については誰も正確な数を知らない。
 孤児院院長の援助物資の横流しは誰もが知っている悪名高き話で、
中央政府から届く措置費(一人につき一日1ドル相当の物品)も登録孤児数を上乗せして
余分に受け取っているのだろうという話である。
すっきりしない後味の悪さが残った。
子ども達の嬉しそうな笑顔がせめてもの救い。
 

第9回目のアフガン訪問は、当初断食明けのイードの祝日を予定していたが、
アフガン情勢の悪化でイードの日に暴動が起こるとの懸念から、
11月29日〜12月9日に変更した。

みんなどこかへ消えて行ってしまう。子ども達がジョマの日に親戚の家に持ち帰って
孤児院には持ち帰って来ないからだろうとの説もある。
「アフガンのどこかで役に立っていればいい」というくらいの鷹揚な気概が要る。
が、もうこの孤児院に物品を援助するのは止めようと考えた。
州政府の孤児院だから、最近ではISAF(国連軍)やPRT(イタリア政府)やUNICEF(ユニセフ)など
から様々な援助物資が運び込まれているようだ。
物品の寄付はストップして、
基本的な生活に関わる設備の充実と子ども達への教育支援に絞ろう。
物資は他にもっと必要としている所がある.


以前にプレゼントした洋服も枕カバーも電気ストーブも見当たらない。

女の子たちはイタリア政府が建てた郊外の美しい3階建て新建物に移動し,
PRT(アフガン復興支援チーム)が女児孤児用に建設した建物は男児孤児院として使用されていた。

 ラーラ会が建設した建物内にあった旧院長室はナジャフィさんに与えられ、
彼女は大満足の様子。 ここで手腕を振るっていた。



  広い専用室にラーラのロゴ看板を掲げて、水を得た魚のように、いきいきと
幼児教育にあたっていた。

私達が訪問すると、

子供たちは歌や拍手で歓迎してくれた。

 「学校へ行こう」という内容の劇を演じて観せてくれた。

歓迎会では、会員様から寄せられた手縫いのポッシェットやキワニス人形(西宮キワニス

クラブより贈られた手作りの人形)など、日本のお母さんたちの心のこもった品々を

小さな子供たち一人ひとりに手渡し、子供たちは大喜び。

その後何度も嬉しそうに見せに来たりした。

23年間もの戦乱で生み出された孤児は驚くほど多く、一説ではヘラートだけで8000人いるといわれている。
正確な数は不明。柄子が調査した限りでは、ヘラート市内に孤児院は4箇所あり、収容総数1000人ほど。
そのうち2箇所はヘラート州政府の労働福祉局の管轄下にあり、男児約350人・女児約150人を収容。
他の2箇所は政府援助を受けないで、寄付に頼った私立孤児院で、男児のみ収容。
ラーラ会が州立男児孤児院建物を新築したのを皮切りに、他の孤児院も他国のNGOによって目下建設中。
ヘラートの孤児院事情は大きく改善されることになる。
ラーラ会が主に援助しているのは州政府運営の男女孤児院、ホジャ・アブドラ・アンサリ孤児院。

孤児院内での以前の食事風景


一皿のランチに列を作り、廊下にビニールを敷いて座り、手で食べていました。
今は新しい食堂でこのように食事しています。

孤児たちの暮らしは全く何も無かった当初に比べるとかなり改善されました。
孤児院入り口には手足の洗い場を設置し、2階には温水シャワー室も設置しました。
何も無かった部屋に今は新しい2段ベッドが入れられ、毛布も新品がプレゼントされました。

新しい建物の完成とともに彼らの生活は画期的に改善されました。 
今後は整理整頓と清潔な生活習慣の導入が肝要。
ラーラ会では適切な指導者を雇って子供たちの生活指導を開始する予定。 
3年前の状態を思えば画期的な進展であり、孤児達に明るい笑顔が戻ったことが嬉しい。




2階ホールのテレビ設置を見守る子ども達

一台しかないテレビを観ようと急いで階段を急いで登って足を骨折した子が出たそうで、
一台買って両方の階で観られるようにしました。
アフガンでは商品を配達する習慣がなく、大きくても大量でも買った人が
持ちかえらなければならずいつも難儀します。


 
毛布を洗う孤児たち 
         

ホジャ・アブドラ・アンサリ孤児院

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