ヘラートってどんな所? TOP

ヘラートはアフガニスタンの西部、首都カブールより西へ約650km。
イラン国境に近く、古より中央アジアからインドへの交通の要衝として栄える。人口約10万人。
14世紀に入ってヘラートは一時期ティムール帝国の首都となり、盛期ペルシア文化の中心地であった。
この頃著名な詩人ジャミや細密画家ベザらが輩出した。
町には城跡・ガウシャル・シャー王妃の廟・ミナレット・ガザルガー(墓)等歴史的記念物が多く残っている。
1716年、アフガン人がこの町を占拠し、以後1729〜47年の時代を除いて今日までアフガン人の統治下にある。
アレキサンドリア以来の伝統ある城砦の下に賑やかなバザールが広がり、
シルクロード上で最も中世的な町である。





Islamic Republic of AFGHANISTAN  アフガニスタン・イスラム共和国 


  面積: 647.500 ku(日本の約1.7倍)

  全34州で構成面積:647.500 ku(日本の約1.7倍)
  全34州で構成
人口:2,851万人(2004年推計)
  密度:44人/ku
  首都:カブール、ヘラートは第二の都市
  人種:バシュトゥーン人(40%)タジク人(30%)
     ハザラ人(10%)ウズベク人(80%)トルクメン人他
  言語:ダリ語、バシュトゥーン語(ペルシャ文字使用)
  宗教:イスラム教、主にスンニ派(85%)、シーア派(15%)
  通貨:アフガニー(1米ドル=約50アフガニー)
  気候:内陸性気候(北緯33度 乾燥、寒暖差が激しい)
  産業:農業(小麦・大麦など)、
  耕作地:国土の12.13% 
  産物:天然ガス、石油、石炭、銅、宝石(ラビスラズリなど)

 略史:長年の他民族支配の後、1747年 ドウラニー王朝成立 1880年 英国の保護領となる

 1919年 8月19日独立
  @ アマヌッラー王による急速な近代化(〜1929年)・・・初の憲法制定、刑法・民法の制定、
    太陽暦の導入、西洋衣装の導入、ブルカの廃止、奴隷制の廃止→
軍隊を中心とした部族長らの反乱で失脚
  A ザヒル・シャー国王の時代(1933年〜1973年)・・・新民主主義の時代、憲法改正、総選挙の実施
   1973年     クーデターによる人民民主党政権(ダウド政権)成立
   1978年   アフガニスタン共和国成立・・・完全な男女平等教育
   1979年    ソ連軍のアフガニスタン侵攻 〜 内戦・・・ムジャヒディーン(マスードら)の争い
            大量の難民の発生、20年間で国外(パキスタン・イラン、etc.)へ約400万人、
            国内には約200万人、1990年時点でアフガン人口の42%が難民に
   1996年   タリバン政権(〜2001年)・・・イスラム原理主義、女性への抑圧
   2001年    9月アメリカ同時多発テロ発生、10月アメリカのアフガン侵攻、11月タリバン政権崩壊
           アフガニスタンの復興
   2002年   ボン合意成立、 6月 緊急ロヤジルガ開催、ハーミド・カルザイ暫定政権スタート
            1月 東京で復興支援国会議開催・・・45億ドルの支援資金
   2004年    1月 新憲法制定、 3月 ベルリン支援会議・・・更に82億ドルの追加援助決定
            10月9日 アフガン初の大統領選挙、カルザイ氏当選
   2005年    9月18日 アフガン初の議会議員選挙、〜 民主主義国家へ・・・
           二院制 下院(人民議会、直接投票で選ばれる、任期5年、定員249人)と
           上院(長老議会、定員102人)


            以下は入手可能な国連調査最新データにより作成、この統計から 

    極度な貧困や女性の不遇が容易に推察できる。国民の3分の2は1日2ドル以下で暮らしている。

   女性一人当たりの出産数:5.72人(2002年)  乳幼児死亡率:144.76人/1000人(2002年)

   平均寿命:46.6歳、男性;47.3歳、女性;45.8歳(2002年)

   識字率(15歳以上の読み書きできる人):全体;36%、男性;51%、女性;21%(1999年)