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イマン・ハニファー孤児学校のその後

2008年    以前より、経営難を耳にしていたが、残念なことにこの春、突然の閉校に追い込まれていた。
  50人ほどいた収容孤児たちは、アンサリ孤児院に収容されたり、田舎に帰ったりしたようだ。
   日本政府が建てた校舎をはじめ、ラーラ会寄贈のすべてが教育省の管轄下に移行していた。
  今後は農業・技術・アートの3種類の専門学校の寮として使用されるらしい。
  今までの支援がムダになったとは思わないが、孤児たちのためにした事であったので、
  まことに残念な思いがする。


    2007年   イマン・ハニファー孤児学校
             食堂開所式

  

ラーラ会が寄贈した食堂の開所式



  イマン・アブ・ハニファー孤児学校は校舎を日本政府が新築寄贈し、ベッド・カーテン・机・椅子などの備品類と、トイレや
  通学ミニバス、食堂をラーラ会が寄贈している。
   開所式では柄子が一夜漬けのダリ語で挨拶し、堀川がプレゼントの楽器の演奏と「I Believe」を熱唱し、
   孤児達や臨席者の拍手喝采を浴びた。良い交流になった。
   この孤児学校には今後孤児達の食費を毎月300ドル寄付する事にしました。
   他にも英語教室の開設を頼まれている。