「家有者 笥尓盛飯乎 草枕 旅尓之有者 椎之葉尓盛」
(巻1-142)有間皇子
「家にあれば 笥に盛る飯を 草枕 旅にしあれば 椎の葉に盛る」 
 勝手解釈
「家にいるときは茶碗に飯を盛り 食っちゃ寝食っちゃ寝の生活だが、
今は旅の身なので 椎の葉に盛ることよ」


現代の我々でも家では飯は茶碗で食べるが、ハイキングのときは椎の葉とまではいかなくても弁当だ。
子供の頃はそれこそ竹の子の皮におにぎりで弁当を持って歩いた。

何の変哲も無い歌かと思ったら、罪人として囚われの身で裸馬に乗せられ護送中に詠んだ恨み節らしい。

すなわち、

有間皇子は孝徳天皇の一子。中大兄の策謀にあって、一命を落とした悲劇の皇子。
:孝徳は中大兄の母・斉明天皇の弟、二人の皇子は従兄弟関係にあった。
時に、斉明天皇は中大兄とともに有間皇子のすすめで牟婁の湯(湯崎温泉)に出かけることがあった。
その留守中、蘇我赤兄は有間皇子に天皇の失政を並べ立て皇位継承の謀反をもちかける。
が事は露見し裸馬に乗せられて
牟婁の湯へ護送された。

2005.5.24(火)
生駒寿大学のハイキングでそのコースにあった上の歌、有間皇子の邸跡といわれるところを訪ねた。

場所は生駒市一分、近鉄・一分駅の近く。
小さな小山だが、市役所の案内人ですら道を間違うほどの何の案内も無いところ。

コース 近鉄・一分駅から徒歩、約10分。

有間皇子の邸跡といわれるところ