「高山波 雲根火雄男志等 耳梨與 相諍競伎 神代従 如此尓有良之 古昔母 然尓有許曽 虚蝉毛 嬬乎 相挌良思吉」
(巻1−13) 天智天皇
「香具山は 畝火雄男志と 耳成と 相あらそいき 神代より かくにあるらし 古昔も 然にあれこそ うつせみも 嬬をあらそふらしき」
「香具山は畝傍山を愛しいと思い、耳成山と争った。妻を争うということは神代の昔からあることだ。
現世で妻とりに争いがあるのは当たり前だ。」
 
この歌碑は大神神社から狭井神社への途中で見つけた。上の左の写真の文字が「東山魁夷氏」の文字。 
勝手解釈
この歌の作者の天智天皇とは
大化の改新で中臣連鎌足とともに活躍した中大兄皇子のこと。

女性関係では実の妹で孝徳天皇の妃(間人皇女)と怪しげな仲になり、
また弟の大海人皇子(天武天皇)の妃・額田王を自分の寵妃・鏡姫王と交換に貰い受ける。

というように 人妻に手を出して平気な顔をしている。

自分が天武天皇の妻である額田王を権力で貰い受けたことの言い訳の歌だ!!

万葉時代の古人が「神代の昔」と言っている言葉が今に伝わることにおかしさを覚える。

推奨コース
2005.10.4 寿大学で天理市柳本から近鉄桜井駅までの約10Kmを歩いた。
いわゆる「山之辺の道」である。

この道、桜井市が昭和47年頃から大和青垣国定公園景観保全地域内に
川端康成・武者小路実篤氏ら著名人に記紀万葉から選歌してもらい、30余基を建立した。

山之辺の道を歩いていると、次から次へと歌碑が出てくる。