On the Way Home

白い時間の中  汽笛が波を打つ
俺の帰る船はどこにいる?
俺を待っているあの船は?
とっておきの椅子に座り
俺はパイプをくゆらす
鳥たちは高く舞い
聞こえない声で唄っている
あなたは誰ですか?  わたしがわかりますか?
俺は自由だ  君は俺が見えるか?
教えてあげよう  俺の遠い故郷を
俺の生まれたあの街を
だから  いつまでも高く翔べ
俺にお前の便りを届けてこい
午後の風が吹く
子供達はたわいない釣り糸を垂れる
貨物船が荷物を降ろす
どこか知らない国から来た人たちは
新しい夢を積み上げ
ここから旅立ってゆくのだろう
椅子は何も言わない  俺も何も言わない
煙は風に流れ
やがては遙かな世界へ去ってゆく
魚たちは背びれをきらめかせ
ゆっくりと波間をもぐる
街の名前を刻んだ山から
ロープウェイが花を運ぶ
女たちは笑う  男たちは歌う
あなたは一人ですか?  どこへゆくのですか?
俺は知っている
君たちみんなの名前を呼ぶことができる
牧場も  教会も  工場も  学校も
君たちの便りの中で
パレット中すてきな色で埋まるだろう
坂道を見おろして
高いタワーから人々が呼び合う
音楽隊がみんなの覚えているメロディを
全身でかなでる
お前は自由だ
お前のにおいが俺は聞こえる
お前の唇が見える  耳が見える  乳房が見える
船が来る
俺の待っていた船が来る
俺は帰る
お前の中へ
俺はゆっくりと立ち上がり
たった今
お前の中へ帰ってゆく


午後の冒険

昨日  薔薇の花が焼けた
そのくすんだ臭いを  盗んだのは誰?
早く  早く
僕の探偵はゆっくりと
長椅子に身を横たえる
時計の針がかたりとはずれる
その一瞬のスリル
ゆがんでゆく記憶の片隅で
聞こえない笑い声がする  おほほ おほほ
隣の部屋から  鏡に写るその横顔
僕の探偵は腰を上げる
バイオリンに露が降りて  黒蟻が戯れる
斜面から立ち登る蒸気  透明な汗
ゆっくりと  白く  確実に
窓越しの山の向こう側で
砂漠が崩れ落ちてゆく


台湾坊主の夜

家を抜け出した  寒い冬の夜
僕等は  遠い呼び声につられたように
夜空を見上げた
名も知らない先祖から  約束された定めの結末
流され続けた赤い血は  そこかしこに満ちあふれ
誰も気付かない  獣の影が揺らめいていた
僕等は  巨大な渦巻きを見た
大人達にわかるはずもない
とてつもない謀りごと
誰も確かめたこともないのに
ないと決められた  宇宙のはてとやらが
そちらからこちらへ  手の届くところで
何でもない姿をさらけ出し
本で読んだことのある  エネルギーとなって
そこらじゅう  うねりを上げている
僕等は恐れを知らない
僕等には知識がない
無神論者の教師が  奇跡を否定しても
写真にも写らないところで
何かがこうして  やって来ている
うおおおおーい  誰かの呼び声
あるいは  風のうなりがそう聞こえる
うおう  うおう  うおう
僕等は  しがみつきたくなるのを我慢して
夜空をしっかりとにらんでいた


曠野にて

「俺の中の狼よ走れ」  と俺は叫んだ
その時  風は切り裂く刃となり
瞬く間に  地平線は空に舞いあがった
どこにある?  見えるのか?
今夜だけは  そう今夜だけは
安らかに眠ってやろう
水は冷たく俺の上に落ちてくる
ゆるやかにしなやかに
俺は水の中を渡っていった
牙は確かにある  まだはっきりと残っている
立て!  少しずつでもいいから立て
焼け落ちた城の中で  俺は夜を明かした
「仲間よ」  と俺は壁に刻んだ
既に忘れ去られようとしている仲間達よ
いるなら呼びかけてこい
裸足のままで  俺は駆けてきた
もう感じない  もう聞こえない  もう歌えない?
誰のでもない  確かな現象として
立ちつくす者よ  さまよう者よ
魂が枯れはてようとしている今
満たされぬまま  消え去ろうとしている今
「もう俺には墓場がない」
記録にはそう記されているだろう
後から来る者が読めばいい
砂に埋もれるままになるがいい
獣じみた衣ははぎ取れ
嵐だ!  次に来る命よ
偽善  怠惰  虚無  傲慢
そんな群だけが
昇りかけた朝日の中で
ばたばた音を立てて
旗のようにわめきたてている


子供の頃  ある夏の日
夜の海に  人を探しに出たことがある
その人は  昼の間に家を出て
ずっと帰らなかったらしい
テープレコーダが  決められた時間に
きっちりと  英会話を録音し終わり
赤いランプをつけたまま  立ち止まっている
網戸にはりついていた蚊は
線香をつけるまでもなく
めだかどもが潜んでいるかめに
いつのまにか  浮かんでいる
私は  一人でお湯を沸かし
夕飯の支度をすませると
遅れていた時計の針を直して  海へ出た
昼間  大勢が泳いでいたあたりは
違うものが浮かんでいるように
波ばかり立って
風だけが向こうから吹いてくる
砂の上には  文字も城も消えていて
こちらから来たはずの足跡が
行くはずのない  先の方まで続いている
水際にいる蟹のようなものは
見るでもない眼を動かし
子供達が突き捨てたくらげが
冷んやりと光っている
私はこうして  何事もなく帰ってきた
隣の家のテレビが
今日のニュースを  ぼそぼそと告げていた
玄関を入ると  その人の靴が
脱いだ時のように
片方だけ斜めになって
置かれたままになっていた

Copyright(C) 1999 Rei Munakata