「丁度よい」 (再々掲 2007.02.22)
               お前はお前で丁度よい
               顔も体も名前も姓も
               お前にそれは丁度よい
               貧も富も親も子も
               息子の嫁もその孫も
               それはお前に丁度よい
               幸も不幸もよろこびも
               悲しみさえも丁度よい
               歩いたお前の人生は
               悪くもなければ良くもない
               お前にとって丁度よい
               地獄へ行こうと極楽へ行こうと
               行ったところが丁度よい
               うぬぼれる要もなく卑下する要もない
               上もなければ下もない
               死ぬ月日さえも丁度よい
               仏様と二人連の人生
               丁度よくないはずがない
               丁度よいのだと聞こえた時
               憶念の信が生まれます
               南無阿弥陀仏
「丁度よい」は、
石川県野々市町の真宗大谷派常讃寺坊守、藤場美津路(みつじ)さんが、
月に一度発行する寺報「法友」の82年2月号に掲載されたものでした。
最初の題は「仏様のことば(丁度よい)」。
「仏様の声が頭の中に聞こえてきたので、そのまま書き取りました」という
ことのようです。
信者ら70人ほどに配ったところ、書き写して友人に贈ったり、コピーして
配ったりが繰り返されて、全国に出回るようになった。
いつしか題は「丁度よい」だけになり、宗教的な色彩の強い最後の5行が省
かれ、作者も良寛に。
藤場さんは、「間違われた良寛様も苦笑なさっておられるのでは。この詩は、
「自己否定の苦悩の中に聞こえた仏様の慈愛の言葉です。
安易な現状肯定ではありません」
と話されたということです。

(山や、スキー場、他観光地では終わりの5行を省いて、良寛の「丁度よい」
という木札などで販売されていますが、作者は 藤場さんです。)


(初回掲載分 2001.12.30)

娘が信州白馬にスノボに行ってきた。
お土産は、良寛の「丁度よい」を書き付けた木の板。
私の心にも「丁度よい」。


良寛「丁度よい」


お前はお前でちょうどよい。

顔も体も名前も姓も、お前は

それは丁度よい。

貧も富も親も子も息子の

嫁もその孫も、それはお前に丁度

よい。幸も不幸も喜びも、

悲しみさえも丁度よい。

歩いたお前の人生は悪くも

なければ良くもない、

お前にとって丁度よい。

地獄へいこうと極楽へいこうと

いったところが丁度よい。

うぬぼれる要もなく卑下する

要もなく上もなければ下もない

死ぬ日月さえも丁度よい。

お前はそれは丁度よい。

(「丁度よい」はその後、2回目、3回目の掲載をさせていただきました。)


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