「修身教授録」について

 
 森信三先生が京都大学に入学されたのはもう27歳の時であり、ようやく35でご卒業と同時に、運命の為せるまま赴いたのが大阪府立天王寺師範学校であった。 
 森信三先生は運命を許容しつつ、全力投球で眼前の学生に対峙して出来たのが右下のガリ版刷りの「修身教授録であった。
 下の写真は昭和13年ごろの森信三先生。このころ「修身教授録」はその筆録が自費にて出版され、学生や「斯道会」の面々等に供された
昭和15年刊行の「修身教授録」
右写真→
 「修身教授録」は初めのうちは、ガリ
バン刷りのB4版のプリントであって、1枚をプリントする前に全ての生徒の筆録から森信三先生が特定の者の筆録を選び、徹底的に補訂を行い何回か浄書されたものがガリバン印刷された。
 その後生徒や文莫会ないし斯道会の面々に配布された。
 左の修身教授録は「三」と見えるので三巻目である。記録によれば全部で8巻あった。それを5巻に編集しなおして同志同行社から正式に発刊された。目次には三学期とある。奥付によれば

 版はB5でガリバン印刷。159頁
 昭和13年12月20日印刷
 印刷所 大阪市天王寺区
     勝山通り1-34
     プリント社
 発行所 斯道会 となっている。
←左写真説明

 「修身教授録」全5巻
 昭和15年から17年にかけて芦田恵之助先生の息子さんの経営する同志同行社から出版された。
天王寺師範学校時代の「修身教授録」