特別対談 ウィトゲンシュタイン×フーコー
ホモの本質はエロスである
▼「あの世」での近況報告
- ☆
- 今日はわざわざ、「この世」までご足労さまです。お二人は「あの世」でもご多忙なんでしょうね。まずは近況あたりからお話いただければと思います。
- W
- では、僕の方が早く死にましたので(笑)、僕からでいいかな?
- F
- わてはかまいまへん。先輩からどうぞ(笑)。
- W
- それじゃあ。僕は1951年に死んだんだけど、しばらくは自分が死んだことがわからなくて…、困りましたね。ようやく死んだんだってわかって、それからはずいぶん悩みました。仕方がないなとあきらめがついたのが、死んでから足掛け3年目かな。もうそのときには、ケンブリッジクラブで思索を再開していましたね。いまはそのケンブリッジクラブでゼミを持って、本も少しずつ書き進めています。
- F
- わては1984年死やから、お化けになって13年生でんな、この世界ではまだまだ駆け出しやね。せやけど、わては、呑み込みが早いから「昇天100年選手」にも負けへん自信はありまんねん。見てーな、このファッション。いま、はやりのチーマーでっせ(笑)。ま、わては、いままでは遊ばしてもらいましたわ。そら、もお死ねへんねんから、あせらんでもよろしおまっしゃろ。ゆっくり何でもできまんがな(笑)。ほんま、ええとこ寄してもらいましたわ(笑)。そろそろまた、なんかやらしてもらおかなと、思うとるとこですわ。
▼ホモの本質はプラトニック・ラブ
- ☆
- お二人とも生前とちっともお変わりありませんね(笑)。さて、そろそろ今日の本題の方にお話を進めさせて頂きましょうか。まず、どのようにしてその道に入られたのか、お聞きしたいのですが…。
- W
- 僕はケンブリッジで、ですね。最初の相手はデービッド・ピンセント。でも、僕の場合はこれが最初で最後となりました。僕は男色というわけではないんです。別に女嫌いってわけでもないし。そういうことではなくて、人間となかなか親しくなれなかったんです。特に、女性には向こうから敬遠されていましたね。男性からしてそうでしたから。僕って、やっぱり変わり者なんでしょうね。そんななかで、デービッドとは唯一親しくなれました。それが肉体的なところまで自然にいったということなんです。
- F
- わてでっか。わてはでんな、生まれつき女より男の方に魅力を感じまんにゃわな(笑)。もちろん、肉体的にやちゃいまっせ、精神的なもんですわ。性、つまりセクシュアリティちゅうもんはでんな、第六感に似た綜合的な感覚でっしゃろ。単に肉体的な次元にとどまっとる性は、低レベルでんな。わての理想はソクラテスやね。
- ☆
- なるほど。Wさんは人間関係からの流れで、Fさんはギリシャ哲学者風にですか。確かに、古代ギリシャ以来、西洋哲学の伝統にはホモっぽいものが脈々と流れているような気がしますね。
- F
- 「ホモ」っちゅう言葉は、あんまり美しうないね。なんか肉っぽいわ(笑)。わてが思うにやけど、性をそんなもんにしたら、あかんね。性は、プラトンが言うたように「エロス」でんがな。なんか、どない言うたらええのかようわからへんけど、こう心がキューンとなったり(笑)、魂が胸から飛び出してしまいそうな気持ちやない。いわゆるプラトニック・ラブが性の本質やね。せやから、男女より男同士の方がプラトニックでっしゃろ。純粋な知を求める哲学者は、プラトニックなんよね。せやから、そういうことにもなんのとちゃうかな。
▼エロスに導かれた思索
- W
- 僕はホモセクシュアリティについて、理論的にはこれまで深く考えたことはなかった。でもいまFさんの、ねちっこい表現でですけど(笑)、お話を聞いていてよくわかるな。僕は自分の哲学的な探究がすごくプラトニックでエロチックなものだったんだと思う。
- ☆
- えっ、どんなふうにですか。
- W
- 僕は哲学という学問に取り組んだことは一度もない。そういうことじゃなくて、自分自身の問題、自分が自分で納得できなければ生きていけないような問題に、つまり哲学のためじゃあなく自分のために必死で考えてきたんだ。その問題というか、疑問というか、それはどこから来たのかなと思うんだ。それは自分の内側からなんだけど、その本当の起源、本当の発信地はどこか遠い空の向こうのような気がする。そこにいる自分が、ここにいる自分に話かけてきたような気がする。僕は向こうにいる自分、つまり僕のイデアから問題を与えられ、そしてそのイデアに答えようと考えてきたように思う。まさに、プラトニック・ラブであり、その牽引力はエロスなんだ。
▼同性愛は精神の恋愛である
- F
- エロスっちゅうやつはこわいよ。間違うたら、「死にいたる病」ちゅうやつになるからね。「トリスタンとイズー」の物語、知ってはる? これ、ごっつー、エロチックなんやわ(笑)。言うとくけど、スケベちゃいまっせ(大笑)。いわゆる、性描写なんか一行もあらへん。せやけど、ごっつう感じるんやね、エロス。
- ☆
- 付け加えておきますが、「エロチック」という表現は、一般的には猥褻(わいせつ)というような意味で使われています。でも、今日のお話の中で使われている「エロス」は、精神を吸引する力とか、魂を引き寄せる力とかいったような意味のことですよね。
- F
- そうでんねん(笑)。話戻りますけど、「トリスタンとイズー」の物語て、不倫もんですわ。つまりやね、肉体関係の前に精神関係がある。これがポイントや。実はイズーの旦那は王さんで、トリスタンの主君なんや。二人の間には王さんがおるんやね。恋の、この障害、平たあ言うたら壁やね、それがあるからこそ、エロス的な情念が燃え上がるんやね。つまり、エロスの本質は精神でんな。肉体とはちがいま。
- W
- Fさんが言いたいことがわかってきたような気がするな。きっとこうだね。同性愛も、肉体関係の前に精神関係があると。同性愛は自然的な性関係を乗り越える必要がある、つまり壁がある。同性愛は精神の恋愛だと…。
- F
- さすが、Wはんや(笑)。
- ☆
- 肉体の恋愛と精神の恋愛。精神を探究することを業とする哲学者は、エロスに導かれ、同性愛にいたる。今日の結論はこんなところでよろしいでしょうか。
- F
- あかんとは言えんやろ(笑)。ま、よろしおま。今日はおとなしゅうほられときまひょ(笑)。
(終わり)
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