mansongeの「ニッポン民俗学」

応援団における日本の伝統と論理



 応援団というと『嗚呼!花の応援団』という大学応援団を舞台にしたマンガを思い出してしまう。青田赤道という超弩級のハチャメチャ親衛隊長(?)を中心にしたドタバタ喜劇(プラス、ちょっぴりペーソス)ものである。そう言えば、この男は旗手であった。団旗というドデカイ旗(なんとタタミ八畳分とかの)をつけた長棹を支え続ける大役である。

 わが民族はどうも旗に弱い。旗には特別な意味があるからであり、この大学応援団の団旗にもその伝統が脈々と受け継がれているものと思われる。応援団の団旗の場合は、これを水平にしたまま横に移動させるとか、水平にした状態から垂直に立てるとかの力技による見せ場もある。後者なぞからは諏訪の御柱祭を、筆者なんかは思わず連想してしまうのだ。

 諏訪の御柱祭から行こうか。見ようによってはこれは奇祭である。ただ巨柱を立てるだけなのであるから。この柱の意味は何か。結界である。神が降臨する庭、祭場を示す結界である。だから御柱祭は、祭りの前段(神迎えの段階)が肥大した祭りなのである。

 柱にはもう一つ意味がある。言うまでもなく、神が降りる依り代である。神は天高くから降りるのである。だから標しが必要であった。それが目印としての結界であり、また降臨目標としての柱であった。

 旗を立てるとき、その棹先は天を指し示す。ここに私たちはかつての柱を直感してしまうのである。そうなのである、応援団とは実は日本的信仰の現代的展開の一つの姿なのである。


 さて、応援そのものに話を進めよう。応援は普遍的なものである。最近の派手な応援と言えば、アメリカのプロ・バスケットボールやアメリカン・フットボールのハーフ・タイムに行なわれるチア・ガールズの応援が思い浮かぶだろう。これらは応援合戦である。応援合戦とは競技の試合とは別に、応援そのものが対戦であるものだ。

 日本では応援合戦がとても盛んだ。大学や高校の野球大会から始まり、身近な所では運動会での小学生たちによる応援合戦まである。女子バレー・ボールの国際試合での「ニッポン! チャ・チャ・チャ」のかけ声と拍手なぞは、耳に残っている方も多いはずである。なぜ日本ではかくも応援が盛んなのであろう。

 応援の伝統は宗教的なものが起源である。太古の戦争は「宗教戦争」でもあった。武力と武力との戦い以上に、クニの神(氏神)同士の、信仰をかけた戦いであった。これを担う巫(ふ・シャーマン)が倒されたとき敗北を意味したし、生き残っても負けたときは、神の信任を失ったものとして巫は殺されたのである。以来、あらゆる戦いは信仰と信仰との戦いである。

 戦いと信仰ということではもう一つ述べておかなければならない。神意を伺う戦いである。前述の戦いは信仰を異にする者との戦いであったが、こちらは信仰を同じくする者同士の戦いである。すなわち、一人の神に正邪や吉凶の判定などを問う場合である。神判であるクガタチから、一年の豊作などの吉凶を問う年占(としうら)まで、幅広い。

 年占の戦いとして最も著明なのは相撲であるが、現在では年占ではなく国技となっている。ここでも応援は盛んである。勝敗を下す神を一人と考えると、これは西洋流の「勝利の女神」となる。この女神はどんな神なのであろうか。この神は人々の信心に弱いのである。自分を崇め奉ってくれる人々に思わず「微笑んで」しまうのである。

 日本人はそう信じている。勝利への祈り(実は勝敗を決する神への信心)は神に通じて、自分が応援する方が勝つと。これがオリンピックなどの国際試合になると、ニッポンの氏神への信心となるわけだ。それがあの「ニッポン! チャ・チャ・チャ」である。

 一方、欧米社会での応援とはいかなる意味があるのだろうか。古代ギリシャ・ローマ時代までは「勝利の女神」が君臨し、日本同様、勝利を神に祈ったことだろう。しかし、近代の宗教改革は聖と俗の完全分離をはかり、それ以降、絶対神に世俗の頼みごとはしないことが流儀となった。あらゆる神判が禁止されたのである(それでも、古代の伝統を引くカトリックには「勝利の女神」の流れが今でも息づいているが)。

 欧米社会では、勝敗を決するのはあくまで双方の実力なのである。聖俗分離後の絶対神は、永遠まで確定した未来を見通している。そういう意味では、神には勝負はすでについているのである。世俗(この世)の未来は、勝つべき実力をもってそれを発揮した者が勝ち、そうではない者が負けるだけなのである。

 そういう合理化された欧米社会での応援は、合理的な意図と目的をもって行なわれることになる。つまり、味方選手の精神を鼓舞し、敵選手を畏縮させ、ひいては味方の勝利を導くという心理戦が欧米流の応援の意味ということになる。これに対して、日本の応援はどうだろう。表面的には同様な意味が語られたりもするが、その神髄は味方や敵の選手への訴えではないのではないだろうか。それらを越えた何かへの祈りではないだろうか。

 日本の神は未来を見通しているとしても、それを任意に随時に変えていくことをはばからない神だ。欧米絶対神から言わせれば、インチキくさい神だろう。日本の神は一度自らが下した判定でさえ、氏子の信心の厚さによってはひるがえす神だ。だからこそ、勝負が最後の最後にひっくり返るかも知れないと日本人は信じるわけだ。また、勝負の最後の最後まで、必死の応援を力の限り続けるのだ。

 日本の勝負の「前後」を見てみよう。プロ野球の各球団はシーズン前に、チームそろって「氏神」様へ優勝祈願に行く。優勝すれば、もちろんお礼参りにも行くだろう。甲子園出場の高校球児たちも同様だ。熱心な応援団もそうだ(そう言えば、昨年は横浜の「大魔神社」が大流行りであった)。大学応援団なぞは、重要な試合前には「籠り」や「修行」に近い練習を行ない、身を清めた上で試合場へ向かう。まさに宗教行事としての勝負であり応援なのである。

 応援団が古風を尊ぶ理由もここにある。神事であるから、洋装ではなく和装であり、羽織・袴なのである。また白手袋を着け、白足袋をはくのは神前での清浄さを表しているし、扇子は神への恭順を示すものだ。舞い踊り、太鼓を打ち鳴らすのは神に捧げる神楽である。応援団は太古の巫集団の甦りとさえ言えるかも知れない。

 彼らの一挙手一投足に合わせ、手拍子を一斉に打つのは「氏子」集団である。全員が頭にしている鉢巻きは勝利に向けた神への願かけである。氏子一体となっての信心こそが日本の応援なのである。また、神もこんな信心(応援)に思わずほだされてしまうのである。

(余談だが、高校野球での「不祥事」発生校の不出場とは「ケガレ」意識だとわかる。甲子園とは神の「祭場」だったのだ。神聖な神の祭場への「不浄」持ち込みはお断りというわけだ。)

 超越絶対神ではない、世俗の勝負事にも首を突っ込む、日本の神は熱心な信心に弱いのである。そういう信仰をもつ日本人は、勝負を当人あるいはチーム同士だけの戦いだとは思っていない。勝負は実力だけでは勝てないのである。神の力が是非とも必要なのである。勝敗を下す神への熱烈な祈りこそが応援である。

 大学応援団で聞かれる「応援で負けた」というセリフは、神への訴え(信心)が足りなかったということを意味している。こういう応援の論理に基づき、今日もどこかで応援団が神に旗棹を向け、心をこめた応援合戦を繰り広げているのである。


[主な典拠文献]
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