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mansongeの「ニッポン民俗学」
日本人の「ふるさと」と和心(やまとごころ)
あなたに「ふるさと」はあるだろうか。毎年お盆の頃になると、「帰省ラッシュ」で列車や道路が混み合う様子がテレビニュースで映し出されている。しかし、実際のところはどうなのだろうか。その中には、単なる旅行者も相当含まれているのではないだろうか。それでも「帰省」という表現を、日本人はなかなか捨てることができないらしい。
一般的には、「ふるさと」は田舎ということになっていて、都会に住む人が里帰りするところとされている。しかし、開発が進んで自然の景観が変わり、また都会と変わらぬ生活を送るようになった今では、田舎らしい田舎なぞほとんどなくなっている。また、都会で幾世代も住んでいる世帯も多い。そう考えると、「ふるさと」を持つ日本人は相当少なくなっているものと思われる。
実は、ここで考えてみたいのは、そういうそれぞれの田舎ではなく、日本人全体の「ふるさと」というようなものについてである。と言っても、それは中国長江流域だとか東南アジアだとか、と民族の出身地探しをしたいわけでもない。そうではなく、私たちの記憶の奥にある「ふるさと」についてである。
不思議なことに、「ふるさと」なぞ実際には持たない人でも「ふるさと」のイメージはあるだろう。これには「うさぎ追いし…」などの童謡の影響も甚大だと思うが、それだけで済ませられるものでもない。
さて、その「ふるさと」の記憶の中では、私たちは時間をさかのぼっている。たいてい、まだ子どもの自分を見つける。やはり、山や野、川や海がある。自分はその大きな空がある風景の中でちっぽけだ。仲間たちと時間を忘れて楽しく遊んでいる。が、夕焼けが空をこがすころには、なぜだか寂しく物悲しくなる。そのとき感じた孤独の記憶がよみがえる。
日本人の「ふるさと」は、大自然の中にある。そこにちっぽけで孤独な自分がいる。これが原風景である。なぜ物悲しいのか。「母」を慕い、思うからである。私たちの、母イザナミを慕って泣くスサノヲの神話はこの記憶の形象化に他ならない。
この「母」とは、現実の母ではない(そうであってもよいが)。自分がそれによって抱きしめられたいものであり、「都会」(いま生きている世界)から望郷する「田舎」(かつて生まれた世界)、すなわち「ふるさと」(常世、あの世)である。「ふるさと」は、「受け身」と「過去」の世界である。自分はそこで「生む」のではなく「生まれた」のであり、「母」を「抱きしめる」のではなく「母」によって「抱きしめられた」のだ。
(私に言わせれば、日本人は惜しい。見えていなかったのだ、さらに先があることを。いや、見る必要がなかったのだ。それで十分だったから。そういうことから言えば、イエスとは心底不幸な人間だ。だからこそ、見えたのだが。謎めいているだろうが、ここではこれ以上語らない。)
ここから、この「ふるさと」から、日本人の「心」が生まれている。日本人の安心立命は、「ふるさと」で「母」にしっかり「抱きしめられる」ことだ。そして、やがてそっと手をゆるめられ、一人で静かにすっくと立った姿こそ、「和心」(やまとごころ)である。
抱きしめられた暖かみをまだ残している、あるがままの世界を受け容れるやさしくやわらかな「心」だ。
しきしまの やまとごころを 人問はば 朝日に匂ふ 山桜花
本居宣長の詠歌である。
和歌には秘密がある。宣長にとっては、学問ではなく和歌を詠むことが「物のあはれをしる」ことであった。そしてそれは、日本人としての「心ばへ」をわきまえることであった。天皇と皇族はなぜ和歌を詠み続けるのか、あるいはなぜ詠み続けなければならないのかという理由がここにある。
天地(あまつち)の 神にぞいのる 朝なぎの うみの如くに 波たたぬ世を
これは昭和天皇の有名な御詠である。まさに、あるがままに素直に「物のあはれ」を詠まれた和歌である。このような和歌を詠むのは実はそうたやすいことではない。日本人としての修練が必要だ。日本人になることが、「ふるさと」に立ち帰ることが必要だ。和歌を詠むとはそういう営為である。
童謡、特に唱歌と呼ばれるものは、実は和歌である。どれもこれも「ふるさと」を歌ったものではないか。声をそろえてみんなと歌い、しばし「ふるさと」に帰り、歌い終わった後、和心で静かに立っているのが唱歌である。和心(やまとごころ)は、大和魂(やまとだましい)のように勇ましいものではない。
- [補遺]
- 重要な例がもう一つあることを失念していた。それは演歌である。演歌は「ふるさと」を歌う。面白いことには、柳田国男や折口信夫の論に反して、「ふるさと」の方角を北だと歌うが。ともあれ、そこには日本人の「ふるさと」の心象風景がある。
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