一橋文哉
いちはし ふみや
2000.08.20
「オウム帝国の正体」新潮社
忌まわしい事件から五年の月日が流れ、いまでは「オウム」(旧「オウム真理教」、現「アレフ」)の名を聞くことも少ない。多くの人にとっては、信徒の住居転入や子弟の就学問題などで住民トラブルとなり、間歇泉のように時々テレビに登場するのを目にするだけである。あとは、すでに捕縛された「悪魔たち」の過去を裁判が次々に断罪していっているように見える。
そう、オウム事件は終わったように見える。終わったと願いたい。が、たとえそうだとしても、いかに終わったのか。これが次に発せられねばならない問いだ。裁判は罪を裁いたとしても、それが事件の全貌を暴くものとは限らない。むしろ、秘さねばならないこともこの世にはあるらしい。この本は、こうした疑問への一つの回答書である。
オウムは一つの巨大なブラック・ビジネスだった。これが本書の結論である。「一つの」というのがポイントだ。巨悪はついに裁かれないし、いまだ露見せぬブラック・ビジネスとしてのプロジェクトが多々ある。それらは現在も進行中であるし、また、いまこの時にも誕生していることだろう。
裏表を問わず、いまやビジネスはグローバル・ネットワークの時代である。そして仕事はプロジェクトとして進む。各専門家が各専門領域の仕事をこなし、トータルなビジネスを仕上げていく。たとえば、殺しや暴力はやはり軍隊か「007」のような特殊工作員、はたまた暴力団であろう。餅屋は餅屋と言うではないか。
オウムの犯罪、あるいはその「活動」も、組織活動であり「ビジネス」活動であった。そのグローバル・ネットワークは、1990年代の社会主義が破綻しマフィア資本主義という鵺(ぬえ)となったロシアや、経済苦境に陥った国際孤立の金王朝独裁軍事国家・北朝鮮などを主なパートナーとしていた。
全財産まるごとの布施、高額のイニシエーションや修行費用、マハーポーシャ・パソコン事業などの収益、それに宗教法人としての減免税特権を得て(1989年)、潤沢な運転資金をもつ「企業組織」となったオウムは、供給側からは上得意客となり熱烈歓迎されていた。
ビッグ・ビジネスには、ロビイストや仲介役がつきものだ。こういう役を買って出る黒子は、他業界と何ら変わりない。すなわち、内外の政治家と暴力団である。銃器から軍用ヘリなどの武器類、また毒ガスや麻薬などの特殊商品や製造技術は、当然これらのスペシャリストの手を介さずには入手できない。
つまり、少し前のゼネコンなどと同じメンバーによる「ビジネス」なのだ。見方を変えれば、オウムも哀れなものだ。利権屋たちにたかられた挙げ句、捨てられたのだから。利権屋たち、すなわち巨悪は永遠に出てこない。オウム裁判は、国内事件として、かつ彼ら自身だけによる犯罪として裁かれることに決した。
1995年、国松警察庁長官はだれに狙撃されたのか。その正確な射撃術は、オウム信者の自衛官や警察官の腕では不可能だ。ロシア武官、あるいは北朝鮮工作員、それか国内暴力団のヒットマン以上の腕が必要だ。オウム・ナンバー2の村井秀夫はだれに刺殺されたか。山口組系暴力団の鉄砲玉によってである。なぜ刺殺されねばならなかったのか。一つは麻薬取引きに関わることで口をすべらせたからだ。1989年、坂本弁護士一家はなぜ殺害されなければならなかったか。起業の原点=宗教法人認可への障害となったためである。では、これをだれが実行したのか…。実はここから、オウム・プロジェクトは始まったのだ。
トカゲのしっぽは次々と刑死の運命にあるが、内外の利権屋たちは一つも傷ついてはいない。別のオウムが生きているし、オウムそのものも決して死んではいない。「ビジネス」劇の主役は代替可能な「客」ではなく、見えない黒子たちなのであるから、「ビジネス」は永遠に終わることはない。
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(目次)
プロローグ
第一部 二千年帝国の全貌
第一章 秘密
第二章 復活
第三草 渡航
第二部 国松長官を撃った男
第一章 迷走
第二章 野望
第三章 取引
第三部 村井刺殺事件の「闇」
第一章 暗殺
第二章 利権
第四部 坂本弁護士一家殺害事件の真相
第一章 原点
第二章 偽証
第三章 核心
第四章 肉薄
エピローグ
あとがき
資料編(オウム真理教事件関連年表・主要幹部の裁判早見表)
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