聖書とは...


初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。
この言は初めに神と共にあった。
すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。(ヨハネ1:1-3
聖書は、すべて神の霊感を受けて書かれたものであって、人を教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益である。(Uテモテ3:16
十字架の言は、滅び行く者には愚かであるが、救にあずかるわたしたちには、神の力である。
すなわち、聖書に、「わたしは知者の知恵を滅ぼし、賢い者の賢さをむなしいものにする」と書いてある。(Tコリント1:18-19
あなたがたは、聖書の中に永遠の命があると思って調べているが、この聖書は、わたしについてあかしをするものである。(ヨハネ5:39
これまでに書かれた事がらは、すべてわたしたちの教のために書かれたのであって、それは聖書の与える忍耐と慰めとによって、望みをいだかせるためである。(ローマ15:4
聖書の預言はすべて、自分勝手に解釈すべきでないことを、まず第一に知るべきである。
なぜなら、預言は決して人間の意志から出たものではなく、人々が聖霊に感じ、神によって語ったものだからである。(Uペテロ1:20-21
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真理とは
ヨハネ14:6  ヨハネ15:26  ヨハネ18:37-38  ヨハネ8:31-32  Tコリント2:9-14

イエスとは
ヨハネ14:6  ヨハネ8:12-18  ヨハネ11:25-26  ヨハネ18:37  ピリピ2:6-11  コロサイ1:15-17  ヘブル1:1-3  Tテモテ3:16  Tヨハネ1:1-2  Tヨハネ5:6-10  イザヤ53

罪とは
ローマ7:18-24  ローマ5:12  ローマ6:23  ローマ3:10-20  伝道之書7:29

罪のゆるし
Uコリント5:21  エペソ1:7  エペソ2:8-9  マルコ2:1-12  ルカ7:36-50

罪の審判
マタイ24章  25章  伝道之書12:13-14  Uコリント5:7-10

死からの復活
ヨハネ20:1-18  ローマ8:1-14  Tコリント15:19-21  42-44  49-51  Uコリント3:18  Tテサロニケ4:13  イザヤ65:17-19

永遠の命とは
ヨハネ3:16  ヨハネ6:46-51  ヨハネ17:3  Tヨハネ1:1-2  Tヨハネ2:24-25  Tヨハネ5:11-13

祈り
マタイ6:9-13  ヤコブ5:15-16  ヨハネ4:22-24  ローマ12:1  詩篇63:3-6  詩篇90

バプテスマ
マルコ1:9-11  マルコ16:16  使徒2:38-39 ,3:19 ,4:12  ローマ6:3-4  ピリピ2:11  Tペテロ3:21

偶像
Tコリント10:14-21  使徒17:22-31  ローマ1:18-25  Tコリント8:4-7  詩篇51:17  詩篇97:7  詩篇115:5-8 
イザヤ40:18-26  イザヤ42:8  イザヤ43:10-11  イザヤ44:6  イザヤ44:9-20

終末
マタイ24章  マルコ13章  ルカ21章  ヨハネ4:34-36  Uペテロ3:3-14

再臨
マルコ8:38  Tテサロニケ4:13-18  Uテサロニケ2:1-12  黙示21:1-4


わたしが最も大事なこととしてあなたがたに伝えたのは、わたし自身も受けたことであった。すなわちキリストが、聖書に書いてあるとおり、わたしたちの罪のために死んだこと、
そして葬られたこと、聖書に書いてあるとおり、三日目によみがえったこと、
ケパに現れ、次に、十二人に現れたことである。
コリント人への第一の手紙 第15章3-5)


もしわたしたちが、この世の生活でキリストにあって単なる望みをいだいているだけだとすれば、わたしたちは、すべての人の中で最もあわれむべき存在となる。
しかし事実、キリストは眠っている者の初穂として、死人の中からよみがえったのである。
それは、死がひとりの人によってきたのだから、死人の復活もまた、ひとりの人によってこなければならない。
コリント人への第一の手紙 第15章19-21)


天に属するからだもあれば、地に属するからだもある。天に属するものの栄光は、地に属するものの栄光と違っている。
日の栄光があり、月の栄光があり、星の栄光がある。また、この星とあの星との間に、栄光の差がある。
死人の復活も、また同様である。朽ちるものでまかれ、朽ちないものによみがえり、
卑しいものでまかれ、栄光あるものによみがえり、弱いものでまかれ、強いものによみがえり、
肉のからだでまかれ、霊のからだによみがえるのである。肉のからだがあるのだから、霊のからだもあるわけである。
聖書に「最初の人アダムは生きたものとなった」と書いてあるとおりである。しかし最後のアダムは命を与える霊となった。
最初にあったのは、霊のものではなく肉のものであって、その後に霊のものが来るのである。
第一の人は地から出て土に属し、第二の人は天から来る。
この土に属する人に、土に属している人々は等しく、この天に属する人に、天に属している人々は等しいのである。
すなわち、わたしたちは、土に属している形をとっているのと同様に、また天に属している形をとるであろう。
コリント人への第一の手紙 第15章40-49)


十二弟子のひとりで、デドモと呼ばれているトマスは、イエスがこられたとき、彼らと一緒にいなかった。
ほかの弟子たちが、彼に「わたしたちは主にお目にかかった」と言うと、トマスは彼らに言った、「わたしは、その手に釘(くぎ)あとを見、わたしの指をその釘あとにさし入れ、また、わたしの手をそのわきにさし入れてみなければ、決して信じない」。
八日ののち、イエスの弟子たちはまた家の内におり、トマスも一緒にいた。戸はみな閉ざされていたが、イエスがはいってこられ、中に立って「安かれ」と言われた。
それからトマスに言われた、「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手をのばしてわたしのわきにさし入れてみなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい」。
トマスはイエスに答えて言った、「わが主よ、わが神よ」。
イエスは彼に言われた、「あなたはわたしを見たので信じたのか。見ないで信ずる者は、さいわいである」。
ヨハネによる福音書 第20章24-29)

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