【ものと ものでないもの】
もの(物)は、我々が認識できる物体で、これには我々の目で視ることができるものから、顕微鏡や
カメラのような道具を使ってしか見えないものもあるが、総じて「物」と言っている。
一方、ものでないもの(非物体)は、我々が存在を認識出来ないもの・・・。我々の目や口や肌で感じたり
出来ないものや、道具を使っても見えないものとは、どんなものか?
例えば、道端の石ころから空に輝く星々や、我々の人体も「もの」である。
ものには「質量・重さ」があり、空間的に「かたまり」が存在し、それは時間的には変化する。即ち、その
ものの形は、時間的スパンは違えど常に変化する。(諸行無常である)
そして、科学者アインシュタインは、このものはエネルギーの貯蔵庫であり、エネルギーが多量に集中
しているところが物体であると説く。
文献には、1gの質量には、電力に換算すると、約2,500万キロワット時になるという。これは10万KW
の発電所を250時間運転して得られるエネルギーを持っていると。これを科学的に利用したのが原子
爆弾である。
さてこの質量・物体には、エネルギーを持っている訳で、エネルギーは、ものではない・・・。
これは、別々のものであって、また本質的には同じものと言える。先ほどの石コロには、それだけのエネ
ルギーを持っている訳で、見方が違うが同一のものである。
また「ものでないもの」には、視方を代えると、我々の五感では視えないもの、道具を使ってもみえない
ものにはどんなものがあるのか。エネルギーは目には見えないが、何かを「する」と、その存在は確認・
認識することが出来る。
さぁ「こころ」はどうか。笑う心、怒る心、幸せを感じる心。泣いている瞬間を捉えると五体にその様が現れ
る。しかしその時は笑う・怒る心は冥伏していて視えないし認識できない。 瞬間をとらえても総じて考え
て、我々の心は、有ると言えばあり、ないと言えばない。でも無いと言えば厳然と現れる。
仏法で言う「心・空」はものではない。五体は色・物体である。一体のものであり「色心不二」である。
ここで我なりの発見がある。「物質とエネルギーと、光との関係」
宇宙・環境には、プラスとマイナスのエルギーがあるという。これがぶつかると「光」となって、物質の消滅
である。逆に、光と光がぶつかると「物質」ができるとのこと。
エネルギーを持つバッテリーで、プラス側とマイナス側を、ショートさせると「光」を発する。
これ「エネルギー」を「光」に転換されたこと。 宇宙にも白色矮星の衝突で、同じことが観られるように、
物質の消滅である。
御義口伝に「石に光をみる。我これを信じる」と。石をぶつけると火花が。石に光を内在すると。