2016.01.24 薬師寺門前AMRIT

今日は奥さんの?歳の誕生日、お祝い返しでもらっていた食事券を利用して西ノ京のイタリアレストランで家族4人でランチです。店員さんの「何かのお祝いですか?」の問いに「家内の誕生日です」と言ったらコースの最後におしゃれなものが出てきました。

  

食事のあとはすぐ近くの薬師寺と唐招提寺を見学。雪は降っていませんでしたが、薬師寺境内の手水舎にはツララが一杯、柄杓を取るのに勇気がいりました。まずは薬師寺です

 

 

  

 

薬師寺の国宝

薬師寺 薬師寺東院堂  本尊は国宝聖観音である。弘安八年(一二八五)の建立であって、古い平面が守られている。しかし様式にはこの時代の特徴がよくみられる。 鎌倉時代仏堂の優品の一である 奈良県国宝マップ

薬師寺

 
薬師寺 薬師寺東塔  薬師寺は持統・文武両帝が畝傍山東方に創建したのがはじまりで、平城京遷都にともない現在地に改めて造営された。東塔は創建時の唯一の建築で、天平2年(730)の建立と考えられている。各重に裳階をつけるため、三重塔であるが、屋根は六重。全体の安定した形態や、相輪の楽奏天人彫刻をもつ水煙など、比類ない造形美である 奈良県国宝マップ

薬師寺

20101024 薬師寺
薬師寺 仏足石 (薬師寺 753年) 六面体に近い自然石(角礫石)の上面に仏足図、側面に由来などを線刻する。天平勝宝3年(753)に文室真人智努が亡夫人のために刻ませた。仏足跡は鹿野園で王玄策が写したものを黄文本実が唐で転写し我が国にもたらしたのに基づく 奈良県国宝マップ

薬師寺

20101024 薬師寺
薬師寺 仏足跡歌碑 (薬師寺 奈良時代) 扁平な粘板岩の表面を上下二段に分け、上段に11首、下段に10首の和歌を楷書で陰刻する。1字1音の万葉仮名で表し、仏教遺物としても、歌学史上の資料としても貴重である 奈良県国宝マップ

薬師寺

20101024 薬師寺
薬師寺 銅造薬師如来及両脇侍像(金堂安置)(薬師寺) 薬師寺の本尊。整ったプロポーションと細部まで行き届いた造形に唐代彫刻の影響が認められる。中尊台座にあらわされた葡萄唐草や四神などの意匠は珍しい。藤原京薬師寺から移したとする説と、平城京薬師寺で新鋳したとする2説がある 奈良県国宝マップ

薬師寺

20101024 薬師寺
薬師寺 慈恩大師像 (薬師寺 絹本著色 1幅) 慈恩大師(632〜682)は玄奘三蔵の弟子で法相宗の開祖。忌日には肖像を掲げて慈恩会が催される。本図は将来画像を粉本に平安時代末に描かれたものと推定される。興福寺本は立像だが、薬師寺本は坐像に描かれる 奈良県国宝マップ

薬師寺

 
薬師寺 吉祥天像 (薬師寺 麻布著色 1面) 麻布に吉祥天を蛾眉豊頬の唐代美女風に描く。斜め向きの構図から大画面の一部とする説もある。薬師寺で吉祥悔過がはじまった宝亀3年(772)頃の作とみられる。数少ない天平絵画の遺品として貴重である 奈良県国宝マップ

薬師寺

20101024 薬師寺

20171004 京都国立博物館「国宝展」

薬師寺 銅造観音菩薩立像(東院堂安置)(薬師寺) 東院堂の本尊。直立の姿勢や鰭のような裳裾など、正面観賞性の強い姿は古様だが、その一方で体奥は厚く、薄手の衣の表現は巧みで、装身具は装飾性に富む。新旧の様式の混在が認められ、東院堂が建立された養老年間(717〜723)の作と推定される 奈良県国宝マップ

薬師寺

 
薬師寺 木造僧形八幡神・神功皇后・仲津姫命坐像(薬師寺) 薬師寺の鎮守八幡神社に伝わった像で、当社が勧請された寛平年間(889〜898)の作と推定される。一木造り彩色仕上げになる。量感ある体躯や翻波式衣文は平安初期彫刻の特色である。初期神像彫刻の傑作 奈良県国宝マップ

薬師寺

20160505 奈良国立博物館(仏像館)

20171004 京都国立博物館「国宝展」

唐招提寺です

国宝の講堂

  

 

   

唐招提寺 唐招提寺金堂  唐招提寺金堂は、奈良時代につくられた寺院金堂の唯一の遺構である。後世の修理によって改変を受けているが、建造物の保存修復の歴史を今に伝えており文化史的な意義が認められる 奈良県国宝マップ 20160124 唐招提寺
唐招提寺 唐招提寺講堂  唐招提寺が創立された天平宝字3年(759)まもない頃に、平城宮の朝集殿を移築して講堂にした建物である。講堂への再利用に際しては、大きく改変されているが、昭和46年(1971)の修理で、朝集殿や創建時の講堂の復原考察が行われ、ほぼその形態が解明されている。現在の講堂は鎌倉時代の形式に復原されているが、奈良時代宮殿建築を偲ばせる唯一の建物である 奈良県国宝マップ 20160124 唐招提寺
唐招提寺 唐招提寺経蔵  昭和27年(1952)の解体修理で、唐招提寺の前身である新田部親王の旧宅時代に存在していた切妻造の校倉2棟を唐招提寺創立後改修して1棟の校倉にしたことが明らかとなった建物である。現在残る校倉の建物はすべて寄棟造であるが、奈良時代、切妻造の校倉も存在していたことが判明した。奈良時代の校倉建物を知るうえで欠くことのできない建物である。 奈良県国宝マップ  20160124 唐招提寺
唐招提寺 唐招提寺鼓楼 鼓楼は唐招提寺創立時の経蔵があった位置に建てられ、仁治元年(1240)に建立された。この建物は、和様に一部大仏様を取り入れた様式で建てられ、楼造としては珍しく下層にも床を張り、縁をまわしている。建物は小規模で、一見、建築というより、工芸品的な印象を受けるほど、均整のとれた意匠に成っている。 奈良県国宝マップ 20160124 唐招提寺
唐招提寺 唐招提寺宝蔵 唐招提寺創立時に新築された校倉造の建物である。昭和33年(1958)に解体修理を受け、ほぼ建立当初のすがたに復原されている。構造手法は奈良時代の定法に倣っており、この時代の校倉の基準作である。 奈良県国宝マップ 20160124 唐招提寺
唐招提寺 乾漆盧舎那仏坐像(金堂安置)(唐招提寺) 金堂の本尊で脱活乾漆造の巨像。森厳な相好で両手を低い位置で構える重厚な表現には、鑑真がもたらした新たな大陸の様式が看取される。光背には千仏を配し、台座蓮弁には一枚ごとに如来を描く 奈良県国宝マップ 20160124 唐招提寺
唐招提寺 木心乾漆薬師如来立像(金堂安置)(唐招提寺) 盧舎那仏の左に安置され、千手観音と同様に木心乾漆の技法で造られるが、ひとまわり小さく作風も異なる。修理の際、左手掌より延暦15年(796)鋳造の隆平永宝が発見され、製作年代の上限が明らかとなっ 奈良県国宝マップ 20160124 唐招提寺
唐招提寺 木心乾漆千手観音立像(金堂安置)(唐招提寺) 盧舎那仏の右側に立つ。千本の手を省略せずにあらわす千手観音の数少ない作例のひとつで、数多くの脇手を破綻無くまとめる。木心乾漆の技法で造られ、肉身や衣の表現には多小固さがあり、製作年代は本尊よりもやや降るものとみられる 奈良県国宝マップ 20160124 唐招提寺
唐招提寺 木造梵天・帝釈天立像(所在金堂)(唐招提寺)   四天王像とともに金堂の須弥壇上にまつられる。一木造りだが、表面には乾漆も盛られ、森厳な相好や重厚な体躯には盧舎那仏との近似性も認められる。台座の見えない箇所には多くの戯画が描かれている 奈良県国宝マップ

20160124 唐招提寺

20171004 京都国立博物館「国宝展」

唐招提寺 木造四天王立像(所在金堂)(唐招提寺)    梵天・帝釈天像と一具のもので、構造技法、作風も共通する。大袖を翻し裳裾を長く垂らすは鑑真らとともにもたらされた新様で、以降わが国で主流となる。細部の表現にこだわらない大らかな造形に大陸風がうかがえる 奈良県国宝マップ 20160124 唐招提寺
唐招提寺 乾漆鑑真和上坐像(御影堂安置)(唐招提寺) 唐招提寺の開山、鑑真和上の肖像で、天平宝字7年(763)の和上入寂の頃に製作された。瞑目する表情は穏やかだが、体つきはしっかりとして、苦難を乗り越え来朝した不屈の精神を感じさせる。初期肖像彫刻の傑作である 奈良県国宝マップ 20160124 唐招提寺
唐招提寺 舎利容器(白瑠璃舎利壺(鑑真和上将来舎利納入)、方円彩糸花網、金亀舎利塔)(唐招提寺) 鑑真和上将来の三千粒の舎利を奉加護する舎利塔で、大師過海の時、竜神が奪うところとなった舎利壺を金亀がこれを加護したとの伝説に基づいてつくられたかたちになる。源頼朝が中世舎利殿を再興した際にこの塔をつくったとも伝えられるが、亀台連座、壺請の蓮華などは極めて古式で、宝塔の透彫や軒廻り組物等も精技を凝らして荘厳し、鑑真将来の舎利をかざるにふさわしい技巧を尽くしている 奈良県国宝マップ 20171031 国宝展V