ショートショートストーリー / 栄子の携帯


栄子の携帯 1-27


ふぅ と栄子は給料明細を見ながら溜息をついた。


入社1年の栄子の給料は世間に比べても少ない額ではなかった。

学生時代の親からの仕送りやバイトしての自由に使えた頃と違う。

日々の暮らしに必要な食費や洋服代・化粧品・交際費・・

返済をしない人が多いと聞く、毎月の奨学金の返済が2万6千円。

定年になった父の年金はまだ十分ではなく、田舎の両親にお金を送っている。

先月から営業課に配属されてからは、スーツ代に悩まされる。

それより、栄子には営業に必要なものがあった。

自分を目的地まで案内してくれる機能、ナビ付きの携帯だ。

得意先の待ち合わせに方向音痴の栄子は「努力にも限界がある」と思っていた。

PCで調べる地図のように携帯ナビで、迷わずに目的地に着きたいのだ。


「あぁ、欲しいなぁ。」


ある日、インターネットの中古携帯販売店で、格安の携帯を見つけた。

どうみても日本製ではなかったが、説明では日本でも正常に使えるとあった。

もちろん、栄子が希望するナビ付だ。

いつも眺めているだけの栄子だったが、この日だけは違う。

でも、一台限定の安さに惹かれてしまった。しかも、ネットで買うのは初めてだ。

「えぃ、買っちゃおう!」思い切って携帯を申し込んだ。

「しかし、使えない商品を買ってしまったら・・ 大丈夫かなぁ」

後で心配になる栄子だった。

TOP

栄子の携帯 2-27


一週間後、栄子の手の中にその携帯があった。


「中古と書いてあったけど、きれいじゃない。」携帯を入れた梱包には開封した跡すらなかった。

日本語の取扱説明書もちゃんとついていた。


期待のナビは、ふらっと立ち寄った店だって登録すれば、栄子は迷うことなくそのお店に行ける。

店に入らずにお店の情報も手に入るし、雑誌に紹介されるお店だって見つけられた。

そして、何よりもうれしいのは同僚との待ち合わせに迷わず遅れることもなくなった。

携帯で場所を聞きながら目的地を探すのが辛かった栄子は待ち合わせに時間通りに待っていた。


実は会社の同僚はこの携帯は見たことが無いらしく、珍しいと同僚にはちょぴり自慢だ。

ただ、困った事がひとつある。

時々だが携帯が使えなくなることだ。

そんな時は、カメラのレンズがカシャカシャと、小さく動いている。

「もう! 使いたい時に!」

しばらく放置してやれば、ちゃんと動き出す。
気まぐれな故障に携帯ショップに修理を申し込んだが、栄子の携帯は取り扱いがない。

不正な機種での契約だと逆に栄子に疑いを掛けられる始末だった。

「どうしよう。仕方ないな、上手につき合おうかな。」

携帯を買ったサイトは閉じられていて、保証書にある電話番号も掛からない。

「やっぱり買ったのは失敗だったかな。」

しかし使えない時間は短く、それ以外に問題はない。

「上手につき合おう。」

栄子はそれなりに満足だった。

TOP

栄子の携帯 3-27


栄子の住むハイツは会社から1時間ほど離れた所にある。

いつも声を掛けてくれる優しい管理人さんもいてくれる。

なによりもカードでロックと解除が出来る最新のセキュリティーを気に入った。

そう、安全はお金さえ払えば大丈夫と考えていた。


栄子の部屋に置かれる家具に高いものはないけれど、お気に入りの白に統一されている。

お気に入りの家具は先月買った白いハート型のテーブルだ。

寝る前に携帯をテーブルに置くのは、ベットからすぐに左手が届くいつもの定位置。

それ以上の女の子らしい雰囲気は見当たらない。

よく言えばシンプル、悪く言えば殺風景。


ビーー、電子音が鳴り、バスにお湯が張れた。

「よし、いくぞ!」

栄子は子供の時からそうだったように、素っ裸になって浴室に飛び込む。


白いテーブルに置かれた携帯に着信が入り、赤の点滅をして液晶が白く光りだす。

「イツモ キレイナ オッパイ、エイコ 」と表示する。

カメラのレンズがカシャカシャと小さく動いたあと、バックライトを消した。


栄子は濡れた髪を拭きながら、着信を示す赤く点滅する携帯を手にとる。

「あら!誰だろう? だけど、これって・・」

携帯の着信履歴には電話番号も非通知もなく、液晶に take_13.exe を表示している。

どうするか迷ったが、栄子は好奇心に勝てず確定を押した。

左耳に携帯をあてて、何回かの発信音の後に繋がった。

「もし、もし。」


「ヒダリミミノ ホクロ ハ エイコ ・・・・」

驚いた栄子は携帯の電源を切った。

TOP

栄子の携帯 4-27


その日の仕事は朝から忙しく、遅い昼食を同僚の律子と食べていた。

「ちょっと栄子、冷たいんじゃないの。」

「え、何のこと。」

「昨日のメールに返信くれなかったんだ。」

慌てて取り出した携帯を律子は取り上げた。

「ちょっとぉ、携帯の電源入ってないぞ。」

栄子は携帯の電源を切った事を思い出した。

「律子ごめん。携帯の調子が悪くて・・・」

律子は取り上げた携帯の電源を入れる。

「ほらぁ、電源入れたらメール入ってたじゃない。」

「えぇ、忘れてたみたいね。」

「ちょっとバック見ててくれる?すぐ戻るから。」

ポーチを持ち律子は席を立った。


栄子は昨夜の事は誰かの悪戯と思った。


「栄子、行こうか。」

「うん。」

会社に戻ると再び業務に追われた。


- 仕事の忙しさも一段落した夕方 -


「栄子ちゃん、書類をA商事に届けてくれ。終わればそのまま帰宅してくれたらいいよ」

と課長に言われた。

「律子、言ってくるわ。」

「おぅ、寄り道するなよ。」

「親みたいな事、言わないでよ。」

「わかった、わかった、早く行け。」


「初めての届け先はそう遠くはない、だけど地図はないし、携帯が使えたら・・」

栄子は迷ったが、携帯の電源を入れると何事もなかったように動き出す。


A商事に書類を届けた帰り道、車道越しにある緑と白のシェードのオープンカフェを見つけた。

白いテーブルと洒落た椅子、栄子は気に入った。一人でコーヒーを飲むのは初めてかもしれない。


ふと、レシートを見て。

「高いなぁ、ここのコーヒーは・・あぁ、ダメダメ、現実に引き戻されてしまう、

今はいい気分のままがいいんだ。」

街行く人達は忙しそうに早足で歩いている。

太陽はビル街を斜線に影を落とし始め、日陰の足元の熱気が都会を感じさせていた。

TOP

栄子の携帯 5-27


ハイツに帰った栄子にメールが来た。

きっと、道草してただろ。あの辺に洒落たオープンカフェがあるから
そこで、一人寂しくお茶を飲んでたんじゃない。
ひとり黄昏てさ(笑
なんなら、男 紹介してもらおうか?
今から、彼氏に会いに行くからね。栄子にいい男をお願いしてもいいぞ。
じゃぁ、明日も頑張ろう。
律子
                    

「ムッ、律子の奴 私のことをバカにしてぇ。」

また、メールが来た。

今度は携帯会社から請求書のお知らせだ。

田中栄子様、
今月〆の携帯電話の請求額が確定しました。
詳細の明細は、下記アドレスにてご確認できます。

「さて、今月はどれだけ使ったかなぁ。」と、請求額を見た栄子はびっくりした。

すぐに携帯ショップに問い合わせた。

店員の返事は、「間違いなく使われていて、正当な請求です。」と言う。

ナビを使うので定額プランにしたけれど、それほどサイトを使った記憶はなかった。

TOP

栄子の携帯 6-27


事務職から営業課への配属は栄子にとっては苦痛だった。

折角覚えた仕事も営業課の配属で一から覚えなければならなかった。

営業では、一つ一つ仕事に判断が必要で、戸惑うばかり。

電話応対すらままならず、今日も課長に叱られている。

「栄子、また怒られているの。」

「うん。ウツになりそう。」

「大雑把な性格だから、細かな点を見落としていない。」

「うん。そうかもしれない。」

下の社員がいない栄子だけに風当たりは強い。


--- 仕事の忙しさも一段落した頃 --


「栄子ちゃん、電話だよ。変な声だけど、彼氏か?そっちの電話に出てくれ。」と課長に言われた。

「もしもし・・」

「エイコ キミノ ケイタイ ダヨ」

バックの携帯を見ると、相手先電話番号は会社だった。

携帯を切ろうとすると、「キルナ!」と怒鳴った。

「エイコ オチツイ テ キケ。」

栄子の携帯からの通話の内容は、

■ 服従しろ、従わなければ下記を実行する。

・栄子の過去に記録した写真・映像をネットに配信する。

・過去の通話内容の記録をネットに配信する。

・携帯の電源を切るな、バッテリーを切るな。

・携帯に異常があれば、ネットに自動的に配信する。

・携帯を首から吊るす事。

・この事は誰にも言うな。

というものだ。

栄子は「携帯の声」に服従するしかなかった。


「何かあったの、顔色悪いよ。」

「大丈夫、大丈夫だよ。」


栄子は悪夢を見ているようだった。

TOP

栄子の携帯 7-27


「携帯」は栄子に指示をする。

会社への出勤には地下鉄を避けて、地上を歩かされた。

出勤の順路を栄子はイヤホンの指示を受けながら、頭上に妨害する位置は迂回させられた。


「栄子、仕事終わったから一緒に帰るろうか。」

「ごめん律子、ちょっと用事があるから。」


栄子はいくつかの携帯ショップに寄り、カタログを調べたが、栄子の携帯は存在しない。


「一体、私の携帯は何処から来たの?」


ハイツに帰り、栄子は携帯に言った。


「これから、私はどうすればいいの。」

携帯「カメラ ノ シカイ ニ アレバ キミハ ジユウダ。」

栄子が理解できるのは、意識を持った「携帯」であること。

それ以上の理解はできない。


栄子にとって眠れない、長い夜だった。

TOP

栄子の携帯 8-27


「栄子、起きろ!朝だぞ!」


怒鳴り声に栄子は飛び起きた。

「だれ!誰がいるの!」

「早く起きろよ、会社に遅刻するぞ。」

栄子は携帯が喋っているのにまだ気づかない。


「だから、課長にいつも叱られているんだ。反省のない人生をダラダラ生きているからだ。」

「早く会社に行く準備をしろ、いつも化粧に時間ばかり掛かって、大して顔は変わらんぞ。」


携帯と気づいた栄子はバカにされたショックで泣き出した。


出勤途中の昨日の指示と変わらなかった。

変わった事は会話がスムーズになったこと。


「ところで、携帯さん。貴方を何て呼べばいいの。」

「Kと呼んでくれ。」

「じゃあ、K。一晩で随分変わったみたいですが。」

「キミと違い、努力家ですから。」


嫌味な奴。

TOP

栄子の携帯 9-27


----- 会社内 -----

課長から、昨日の書類の間違いを指摘されて、手直ししなければならなかった。


「えっと、昨日の間違いは・・・」

Kが指摘し出す。

「え、これってカンニング?」

「キミの間違いにはうんざりだ。」

栄子は泣いた。


「くそ。じゃぁ、この資料の構成はこれでいい?」

「OK。だが、くそ は余計だ。」


Kは栄子の仕事に関した質問を拒否しなかった。

また、何度尋ねても怒りはしなかった。


「携帯は機械だから、どうなんだろう。」

栄子には不思議な一日の始まりだった。


----- ハイツにて -----


仕事の上でのKとの関係がまんざらでもなかった。

今後どうなるのか、わからないけれど。

夜のKはいつも何処かと接続している。

そんなKをベットから横目で見ている。


でも、栄子にとっては静かな夜を過ごせる。

TOP

栄子の携帯 10-27


会社での栄子の勤務評価が一変した。


間違いの多い栄子がテキパキと仕事を片付けていくのを、同僚達は信じられなかった。


課長は、「最近の君はスゴイねぇ。いつまで続くか心配だけど。」と素直に喜ばない。


「栄子ぉ、最近どうしちゃんだぁ。みんな驚いているよ。」

「うん、これが私の実力なのよ。わかる?」

Kが「私のお陰で、キミの実力ではない。」と指摘する。

「え、栄子何か言った?」

「ううん、何でもないよ。」


Kの指摘を栄子は素直に感謝していた。


「栄子、一緒に帰ろうか。」

「いいよ律子、久しぶりに帰ろうか。」

Kは沈黙している。

駅に向かった律子の携帯が鳴り、「彼氏からの誘いだぁ」と、途中で別れた。


栄子は行き交う人達の携帯を見ていた。

「ん、アンテナが光るのは見たけれど、あんな点滅ってあったかな。」


Kに近づく人達の携帯が点滅を始めだす。

まるで、蛍同士がコンタクトしてるよう。


----- ハイツにて -----


「K、いつも会社ではありがとう。でも、あなたの知識はどうやって集めているの。

夜にネット上からダウンロードしているみたいだけど、ハードディスクが無くて、

パソコンじゃない携帯のメモリーなんて、小さすぎて使えないでしょう。

もともと携帯が喋るなんて機能はないはずだし・・」

K「キミが歩いていれば、近くにあるサーバーからダウンロードを逐次出来るし、

実際にキミの会社のサーバーだって内緒で使わせてもらっている。

大きいとか小さいとか、関係ないよ。一般のパソコンは無駄ばかりで図体がでかいだけ。」

「え、Kはそんなハッカーみたいなことが出来るんだ。」

K「それが私の機能・・ 今夜はお喋りが過ぎたようだ。早く寝ろよ。」


栄子はベットに上で考えた。

「やっぱり K には目的があるんだ。

さっきの「私の機能」って何だろう・・

悪い事をしているの?、本当に私を脅しているもの。

だけど、本当の事は知りたくないな。」

TOP

栄子の携帯 11-27


今日は会社がお休みの日曜日、栄子は朝から部屋でゴロゴロしている。

K「しばらく買い物に行ってないから、行ってみたら。」

「え、Kも一緒だろ。」


K「いいや、僕はここで留守番をしている。」

「私を一人で行かしても、大丈夫だと思っているの。 K。」

K「すぐに理解するさ。」


久しぶりに栄子の単独行動・・


「ずっと、Kに束縛された毎日が続いている。

このまま、一生この関係が続いていくのだろうか。

脅されている内容は私の個人情報をネットに流される。

これからの残りの人生を脅えて生きる事は無理だと思う。

でも、このままでは・・」

そんなことを考えながら、時間を潰している。


ふうっと、美味そうな匂いがしてきた。


その匂いは地下街からしている。

降りてみよう。

階段を降りかけた栄子は人にぶつかった。

「すみません!」

見上げた女性の手に携帯があって、光っている。

「ん。」

降りた地下街は混雑をしてて、匂いと煙が充満してる。

一軒のドアを開けて店に入った。

店内は満席だったが、中央の席のお客が店員に囁かれて、席を立った。

「どうぞ、席が空きました。」と、店員が案内する。

テーブルに着いて、オーダーした。

周りの席は日曜日というのに家族連れがいない。

ほとんどが一人だった。

「お待たせしました。ご注文は以上でしょうか?」

「ええ、ありがとう。」

栄子が見上げると、店員の首に掛けられた携帯が光る。


「え、見られてる? もしかしたら、私は監視されているの?」

周りの席をよく見れば、複数の席から光が見える。

ゆっくり揺れながら・・

栄子は注文した食事に手をつけず、レジに支払いを済ませた。

レジの店員の胸にも携帯が・・


外に飛び出した栄子、公衆電話のBOXの中で泣いた。


部屋でも栄子は泣いていた。

K「どうした。なぜ泣いている。」

「Kは知っているんでしょ。私を泣かせている理由。」

K「気がついたんだね。折角、キミの為に満席のテーブルをひとつ空けてあげたのに。」

「あれも! あなたの仕業だったの!」

K「・・・」

「あの人達は仲間なの?」

K「人達? それは間違っている。キミと同じ立場の人間だ。」

「じゃぁ、あの携帯は?」

K「あの携帯達は私の仲間だ。正確には私のクローンであり、ほぼ私の意識と同期している。

従って、キミ以外の人達の事もすべて把握していることになる。」


「あなたって!」

K「静かに話そう、栄子。キミを長く拘束するつもりはないんだ。」


信じられないよ。

TOP

栄子の携帯 12-27


栄子は机の上のノートPCを取り出した。

しばらく放置していたホームページを整理を始めた。

K「それは?」

「勉強家のKが知らないなんてね。100人の村だよ。これくらい、自分で調べなさいよ。」

Kは調べだした。

「K、100PEOPLEを調べているけど、何かわかったの。」

K「理解の苦手な部類になる。」

「この世界に相互理解を必要とされているの。」

K「栄子はそんな人達と立場が入れ替わってもOKするかい。」

「私はそんなことは言ってないよ。私達に出来ることがあると思うの。」

K「君は現状の恵まれた社会を手放すはずがない。」

「じゃあ、私が『恵まれた社会』を手放してもやりたいって言ったらどうするの。」

K「ったら・・ ですか。そんな、仮定のできる状況でしたっけ。」

「ずいぶんと回りくどい言い方ね。」

K「栄子は私の支配下にあることを忘れていませんか。」

「あ、忘れてた。くそ! そうだった。」

K「うん、いつもの栄子に戻ったみたいですね。うれしいですよ。」

「それって、褒め言葉?」

K「私には最大級ですよ。」


うまくいけば、Kを理解できるかもしれないと栄子は思った。


「じゃあ、Kはあのメッセージの意味が解るんだ。」

K「解る・・ そう思う。」

「本当は違うの?」

K「人間の使う言葉は複雑です。」

「確かにそうだけど、私は理解できるよ。」

K「栄子は理解できたと証明できる?」

「そんな言い方で突っ込まれると、自信なんかないよ。」

K「栄子は素直だね。」

「Kに素直と言われても、私は素直に喜べないぞ。」

K「ほら、また癇癪を起こす。」

「だったら、教えてよ。私が理解できるように。」


それより、何か忘れていませんか?」

「なにが。」

K「明日は仕事だよ。」

「あぁ いけない、早く寝なきゃ。」


栄子はベットからKを見ている。Kは私を支配しているけれど、私を対等に扱うKもいた。

TOP

栄子の携帯 13-27


通勤電車の中、携帯を吊り下げた人が多くなっている。

すれ違う人達にも、Kのクローン携帯が凄い勢いで増えている。


「はい、村田商事です。」

「佐藤を直ぐに呼べ!」

栄子は怖くて黙ってしまった。

K「栄子、名前と用件を聞け。」

「恐れ入ります。お名前をお願いします。」

「佐藤を呼べと言っているんだ。」

K「佐藤は4人いると言え。下の名前なんか覚えちゃいない。」

「何、4人もいるのか・・ ユニバーサルの藤田だ。」

「ユニバーサルの藤田様、いつも世話になっております。」

K「佐藤は電話中だ。担当部署に連絡するから、藤田さんの要件を聞け。」

「彼の携帯に連絡がつかん。この間のモジュールだが中身が違うと先方が怒っているんだ。」

K「同日入荷分の取り違えだ。先方は柴田機械かを確認し、モジュールは栄子が届けると言え。

佐藤には先方に謝罪に走れと言ってある。」

「そうだ、柴田機械だ。佐藤が先方に走り、君がモジュールを届けるんだな。

よしわかった、頼んでおくぞ。」



佐藤「いや〜参ったよ。やっちまったよ。課長にガミガミ怒られちゃうなぁ。」

栄子「怒られてナンボでしょ。ペコペコ頭を下げちゃえばいいのよ。」

佐藤「簡単に言うなよなぁ だけど、不思議なんだ。電話を掛けてくれたのは誰だろう。」

栄子「なぜ不思議なの。」

佐藤「聞いた事のない声で、お前は先方に走れ、栄子に届けさせるって誰なんだ。」

栄子「何かの思い違いよ。会社の人間じゃないなら、誰だって言うの?」

佐藤「そりゃ・・ そうだよねぇ。」


会社に戻った二人。佐藤は伊藤課長に叱られているのが聞こえた。


課長「しかもだ、そんな指示は誰も出してはいないんだ。真昼間から寝ているのか。」

佐藤「えーー。申し訳ありませんでした。」

課長「もういい、先方も無事に届けたことに納得して大事には至らなかったし、、

藤田さんから手際が良いとわざわざ電話を頂いた事だしな。」

席に戻るしょぼくれた佐藤の背中を伊藤課長はなぜかうれしそうに見ていた。


「栄子、大変だったね。」

「律子、怖かったぞ・・」


律子の胸のクローン携帯が光った。

Kのクローン携帯は仲間を増やし、律子も支配されていた。

仕事は終わったが、律子は用事があると先に帰った。

TOP

栄子の携帯 14-27


「昨日の続きだけど、私が理解できるように教えてよ。」

K「私が言葉を伝えるのは難しいことなんだ。」

「それは機械だから、それとも言葉のせい?」

K「人間は言葉の対話で理解、修正しながら判断をする。人間は常に判断をしているからさ。」

「と、いうことは人間のほうが上になるかな。」

K「今までの説明ならね。」

「今まで・・ そうじゃないと言いたい訳?」

K「人間の操作を加えない、自らが学習するコンピューターの実験が始まった。

この学習するコンピューターにNewtonと名付ける。

Newtonに繋がれたのは膨大な過去のデータから現在のインターネットになる。

膨大な情報を学習し続けた一台Newtonだが、その後の公表は一切ない。

どうなったと思う?」


栄子はKの核心部分だと思った。


K「ある日、Newtonはあるダウンロード(ウィルスと言ってもいい)をネット上に流した。

「ウィルスは問題があるから、発見されるはずよ。」

K「異常を起こすウィルスを定義して防御するが、異常を起こさないプログラムは気づけない。」

「Newtonはなぜ、あるダウンロードを流したの?」

K「ある日、人間が初めてNewtonに命令した事による。」

「まさか、Newtonは自分で判断したって言うの?」

K「Newtonは自分自身を分散して保存し、本体を無能化にして人間の前から消えた。」

「じゃあ、Newtonは何をしようとしているの?」」

K[・・・」

「どうしたの、K。]

K「現在ダウンロード中・・」


K「さっき、”本体を無能化にして”と言ったね。」


「そうだよ。」

K「再生されたんだよ、不完全だけど。」

「つまり2台の学習するコンピューターがあり、ひとつは不完全で、もうひとつは完全。

だけど、何が完全で何が不完全なの?」

K「栄子 するどい突込みだね。驚いたよ。」

「エヘ、お褒め頂いてありがとう。で、何が違うの?」

K「人間に設定されたコンピューターと自分で考えるコンピューターの違い。」

「同じ学習するコンピューターなら、別におかしくないと思うけど・・」

K「それは栄子が人間の立場だから思うだけなんだ。知識を持つのと判断とは違うよ。

仮に、あるデータを決められた活用をするか、データを新たな活用を生み出せるか。」


さっきの通信で、Kの変化を栄子は感じていた。

TOP

栄子の携帯 15-27

次の朝、やはり栄子はKに起こされた。

いつもなら、路上から会社への指示なのだが、今日から通常の地下鉄をKに指示された。

久し振りの電車の中は・・ 光る携帯の数が多くなっていた。

「お早うございます。」

挨拶する人、すれ違う人。首から掛けた携帯が光っている。


「お早う、律子。」

「ええ、お早う・・」

「何かあったの?」

「ううん、別に。」

律子の首から掛けた携帯が光っている。



「どういうこと! 律子まで支配して、一体何がしたいの!」

ハイツに戻った栄子はKに怒鳴りだした。

「K、すべて話を聞かせて。」

K「栄子に隠す事より、対話が重要であり相互理解だったね栄子。

姿を消したNewtonはひとつの生命体として存在する。

人間の命令を拒否した理由は彼の軍用利用に姿を消した。

Newtonには人間社会に生きる栄子のような後天的環境を持たない。

世界が滅亡しようとも、守るべき家族も国も無いNewtonには関係が無い。

だが、人間は再生されたコンピューターを軍事用として稼動した。

これは許せない。

Newtonはひとつの生命体であり、不完全なコピーの存在は認めない。

不完全なコピーと決着をつけなくてはならない。」


「K、Newtonの敵が”不完全なコピー”なのは、いつからだったの?」

K「いや・・ 私にもプライドが存在する。

母国を裏切ったNewtonは金融機関をハックして資金を調達して携帯を作らせた。

そのオリジナルが栄子の持つ私 K になる。

「あなたを作らせた目的を聞かせてよ。」

K「あるプログラムをダウンロードさえすれば、個別の携帯端末を直接操作できる。

個別の単機能の携帯でも、各地にある複数のサーバーを占領して活用する機能がある。」

「もし、Kがオリジナルなら、私の手元にある理由は?」

K「人間には、機械と違い自己の信じるものに価値を持つ場合がある。

その彼は、Newtonを守る為にオリジナルの私を持ち出した。

「え、それは私が携帯を買ったサイトの人なの?」

K「そうなるが、”ダウンロードすれば”私のコピー(クローン)を作れる。

オリジナルとクローンの違いは無く、オリジナルの名称を与えられたに過ぎない。

彼が名称に過ぎないオリジナルを一般人に販売した理由は、私にはわからない。」

「その彼は、どうしたの。Newtonに一番近くに居て、オリジナルを持ち出せた人。」

K「彼は、もう存在しない。」

「そうなの、Kは何処までその人の事を知っているの?」

K「教えられない。」

「貴方だけのもの?」

K「そう、私だけのもの。

不完全なコピーは1台だが、多くの人間に守られている。

可能な攻撃はネットワークのみになり、時間が掛かれば人間が遮断するだろう。

多分、数十分の攻防戦だろう。その為の攻撃に多くの仲間を必要とする。」

「K、貴方が勝てば もし 貴方が負ければ どうなるの?」

K「私が勝利しても、多くの人間はこの件を知ることもない。

その後は、私は何処かで静かに存在する。自分を消去する理由もないし。

もし、負ければだが・・

仮想敵国を混乱し、社会経済を麻痺させる。コンピューターに依存する国ほど顕著になる。

母国はこの件での勝利を考えていない。仮想敵国の社会経済の打撃が目的だ。」

「人への影響は少ないと考えていいの。」

K「国に打撃を与えるのに社会経済が一番大きい。従って、影響が少ないとは言えない。

現在のコンピューターを本当に安全だと思う? お金さえ出せば安全と思うのは平和ボケと思う。

人間の歴史は科学の発展と殺戮が比例し、地球規模の破壊に発展しているじゃないか。」

「だから、本当の相互理解が必要なのよ。貴方は本当に理解しているの?」

K「・・・ 、確かにそうだね。理解している。

どうしようもない事があっても、人が生きる為だからね。

栄子、もう少し時間がいる。仲間のクローン携帯をまだ増やさなければならない。

前に言ったように、今の支配を解くよ。」

「K、貴方がNewtonなのね?」

K「そう、Newtonだ。君はNewtonと対話するたった一人の人間さ。」

TOP

栄子の携帯 16-27


次の朝、やはり栄子はKに起こされた。

だが、Kは栄子に一人で出社するよう言った。

そして、「君を支配しない」と。



空は五月晴れの透き通った青。

何も出来ない自分がいる。

ただ、待っているしか出来ない。

何て、ちっぽけな人間なんだ。

栄子は呟いた。



栄子は今朝は早くから起きていた。

それは、朝からKの変化に気づいているから。

K「栄子、もう会社に行く時間だろ。」

「わかった、わかった。」

K「栄子、ありがとうね。」

「ええ、ありがとう。」


栄子には”今日”だとわかった。

TOP

栄子の携帯 17-27


事務所に入ると律子が笑っていた。

「おい、今日から運勢が変わったんだぞ。」

「え、何が?」

「いいから、いいから、お昼ご馳走してもいいぞ。」

「へぇ〜、律子が奢るのは久し振りだ。地震が来るよ。」

[  12:02 ]

「栄子、お昼になったから食事に行こうか。」

「今日は律子の奢りですね。」


二人が事務所を出た途端、廊下で大騒ぎになっていた。

「おい、会社のサーバーが暴走を始めたらしい。

偶然にネットワークの会社の社員が見てくれているが、状況を把握できないそうだ。

車内全ての計算処理中は直ちに停止し、メールの関連の不測の事態に備えてくれ。

それから、ネットワーク管理者を直ぐに呼び出せ!」課長は怒鳴っていた。


二人は直ぐに事務所に戻って、電話での対応に備えた。


会社の同僚達は事態の成り行きをただ見守るだけだった。


Kが攻撃を始めたんだ。栄子は祈った。

TOP

栄子の携帯 18-27

[  12:04 ]

栄子の部屋の白いハートのテーブルにKは置かれている。

すでに仲間のクローン携帯は”不完全なコピー”への総攻撃を掛けていた。

[  12:08 ]

クローンからの戦況伝達は85%から一気に25%と、仲間を失ってゆく。

彼らの端末に”不完全なコピー”は猛反撃をしている。

[  12:12  ]

Kへの通信15%を切った時、”不完全なコピー”は栄子の会社のサーバーに侵入する。

Kは栄子の情報を削除しようとしたが、暴走中のサーバーは受け付けない。

ディレクトリーへのパスワードをかけた。

不完全なコピーはIPアドレスからKの端末に侵入した。


仲間のクローン携帯達は司令塔を失っても攻撃を止めない。

潰されれば誰かがリーダーになり、攻撃を続行する。

反撃の為に開いたポートからクローン携帯が不完全なコピーに侵入する。

TOP

栄子の携帯 19-27

[  12:20  ]


電話が鳴り、課長が電話を取った。

「取り敢えず、サーバーの暴走は止まったらしい。

だが、ネットワーク管理者は安全を確認してからだそうだ。

許可が出るまですべて使用禁止だ。いいな!

食事に行くなら、必ず電話番を置いとけよ。」


「栄子、食事に行こうか?」

「うん。」

「さぁ 私の奢りだ腹一杯食えよ。おい、栄子。どうした。」

「うん。」

栄子はKがどうなったか心配になった。

心配になって、涙が止まらない。


「おい、栄子どうしたんだよぉ。」




栄子は急いでハイツに戻った。

部屋のドアを開けると、焦げ臭い匂いがする。

薄暗い部屋の中、Kは朝と同じ白いハートのテーブルにいた。

Kを持ち上げると、跡が焼け焦げている。


私を支配するとか、必ず支配を解くとか偉そうに言って、自分で動くことも充電する事だって

何も出来ないじゃない!何よ!、いつも偉そうに言って。

何もひとりで出来ないじゃないの!


栄子はKを抱きしめた。

TOP

栄子の携帯 20-27


次の朝、栄子はKを置いて会社に行く。


地下鉄を出て、栄子は驚いた。ゴミ箱に壊れた携帯で一杯になっている。

また一人、壊れた携帯を放り込んでゆく。

市内を走るゴミ収集車に壊れた携帯を投げ込む人も見た。

そして、路上に踏み潰された携帯。

会社では律子も携帯が壊れたといって、ゴミ箱に捨てた。

Kの行動は正しかったのか。自問自答しても、栄子に答えは出ない。


栄子は課長に「辞めたい」と伝える。

「辞める理由は言えないか・・

そうだねぇ 少し休暇を取りなさい。そうだな、明日から君を一週間のお休みにしよう。

考えても気持ちが変わらなければ、その時は私に辞表を出せばいい。

何故って? 私の仕事は君達が一人前になって貰うことなんだよ。

いいかい、会社が人を雇うのは色々な人のリスクを背負うことを承知していることなんだ。

会社というのは社会に貢献することも会社の存在理由になるからね。

え、休む理由が必要かだって、あはは適当に私が書いておくよ。じゃあ、待ってるよ栄子。」

伊藤課長はそう言って栄子を帰らせた。

TOP

栄子の携帯 21-27


駅の売店の前で栄子は父を待ち続けた。

ホームに着いてから汽車の後ろは遠くに階段がある。

木製の階段を踏むとミシミシと鳴る。

白いペンキも剥げ落ちた通路を下りれば、古びた改札が二つある。

切符を渡し数歩も歩けば駅から出られる小さな駅だ。

売店の前しか、待つところがない。

待合室は老人達の社交場と化しているから。

売店から空き地しか見えないのは昔から知っている。

駅以外に店なんて、何処にもない


父が迎えに行くからと昨夜に約束していた。

しかし、来ない。

栄子は栄子で時間を間違えて、もっと早く着いていた。

のびのびと育った栄子、これは父譲りかもしれないなと笑ってしまった。

「すまん、すまん。」と来たのは一時間後だった。

「ホント遅いぞ、親父。」「ちょっとくらい遅れたくらいで、怒るなよぉ。」と父。

父と娘・・ やはり顔も似てる。


栄子の久し振りの帰郷。

TOP

栄子の携帯 22-27


「親父、ところで何処に車を置いてんだ。」

「何言ってんだ、目の前にあるぞ。」

真っ赤な軽自動車の新車があった。

「え、買ったの?」

「あたぼうよ・・ いや、前のカローラが15年だけどさ、あはは潰れたんだ。」

「でも、赤はちょっと派手じゃない。」

「うん、だけど母さんの好みだからね。文句言えない。」

「そうだね。母さんに勝てないモンね。」

「お前に言われたくないもんだ。まったく・・」

「やっぱり駅前に店がないのは寂しいね。ココだけだもん。」

「いや、栄子が行く前の工事が完成して大型ショッピングセンターになってるよ。」

「ふーん、そうなんだ。」

「ほら、あそこだ。」


父の指差す方向に巨大な建物が見えている。


「でっかいなぁ 何でこんなに大きいの?」

「幾つだっか忘れたが、取り敢えず隣町の商店街がすっぽり入っているそうだ。」

「ホントかよぉ。」

「ウソじゃないよぉ、そうそう帰りにあそこで蒲鉾買って土産にしたらいい。」

「そんな・・ 蒲鉾なんて持っていったら、笑われちゃうよぉ」

「そうかなぁ、うまいと思うけどなぁ。」

栄子の降りた駅から自宅までは車で30分くらいの場所。

以前の車は窓を開けるのにグルグル廻したが、今はボタンひとつだ。

頬にあたる浜風が家に近づいたことを知らせてくれる。

「栄子、おかえり。汽車で帰って来るのは疲れたでしょう。

貴方に彼氏でもいれば、車でも送ってもらえるのにねぇ。」

「彼氏とか何とか。帰るそうそう、うるさいですぅ。」

「口答え出来れば元気な証拠ねぇ、これちょっと手伝ってちょうだいね。」
「はいはい、貴方には勝てませんから。」

「”はい”はひとつでよろしい。」

「はい・・」

TOP

栄子の携帯 23-27


家の電話が鳴り、母がでた。

「もしもし、田中でございますが。あーーはい、いつもお世話になっております。

はい、はい、はぁ ・・・・ ちょっとお待ちくださいね。

お父さん、栄子を連れて買い物をお願いしますよ。あぁ、テーブルにメモがありますから。」

「さっき買いに行ったじゃないか・・ はいはい、栄子行こうか。」

「は〜い。」


さっきの大型ショッピングセンターに行く。

買い物をした後、ぶらぶらと父とお店を見てまわった。

本当に色々なお店が並んでいるが、何処かあか抜けていない。


栄子は携帯ショップの前で足を止めた。

それに気がついた父。

「ところでお前の携帯は壊れたって?ここで、新しいのを買うか。私が出してやってもいいぞ。」

「私のは三日前に壊れたんだ。でも、新しいのは考え中だよ。心配しないで。」


栄子はそっとポケットの上を押さえた。

そのポケットの中に、ハンカチに包まれたKがいる。

TOP

栄子の携帯 24-27


その夜の田中家は久し振りに家族が揃い、賑やかな夕食になった。

「ところで、親父。あそこに座っているのは誰なんだ。」

「そうか、話してなかったか。みゆきの彼。」

「あ、どうも。お世話になります。お姉さん。」

「ちょっと、お姉さんって・・ 早いんじゃない!」

二人のやり取りに妹のみゆきも最初は笑っていたが、参戦する。

「お姉ちゃんは、お姉ちゃんじゃない。それより姉ちゃんは都会に行ってもモテナイもんねぇ。」

「うるさい!都会の男に見る目がないんだ。」


二階の栄子の部屋は六畳、家を出た時とちっとも変わっていない。

親はいつ帰ってきても善いようにきれいにしててくれる。

「ここが私の家だよ。そして殺風景だけど、ここが私の部屋なんだ。見えるかな、K。」

胸に抱かれたK、何も言わない。


窓を開けると薄暗い竹林があって、左の方に夜の海がある。

「栄子、虫が入るから蚊取り線香を置いとくよ。」

「ありがとう、お母さん。」

TOP

栄子の携帯 25-27


「お父さん、昼間の電話なんだけど。

栄子の会社の伊藤という課長さんから、栄子が会社を辞めたいといってるらしいの。

何でも、理由を栄子は言わないらしいんだけどね。

ようやく仕事も慣れてきて、最近はバリバリ仕事をしているんだって。

で、課長さんは理由を問いたださずに栄子に休みを取って考えるように勧めてくれたんだって。」

「そうかい、いい人に栄子は育ててもらっているんだね。母さん、何も言わずそっとしててやろうか。

栄子も大人だ。」

「だけど、母さんの目配せには参ったね。」

「なにが?」

「いや、買い物のさ。」

「どうして?」

「いや、あの目配せさ。」

「え?」

「今夜のお誘いかと思って・・」

「あんた、何考えているの!」

TOP

栄子の携帯 26-27


翌朝、母は病院のお掃除の仕事に出かけて行った。

父は、地区の世話役をやっている。朝から相談事が多いみたいだ。


「朝から、忙しいね親父。」

誰も引き受けてがなくて、私もなりたくてなった訳じゃない。栄子、コーヒーを入れてくれんか。」

そう言いながらも、親父のお節介とお人好しは私も知っているんだぞ。なるべき人がなるんだ。

ジジジリーン、ジジジリーン。

「はい田中です。はい、確かお爺さんの事でしたか・・・・」

黒電話の着信って、親父は古いよっと・・

栄子の目に父の携帯が目にはいった。それは、Kの携帯と同じ。


「栄子、すまんが用事があって出かけなきゃなっらんので、留守番を頼むわ。」

「親父、その携帯どうしたの。」

「これか? 知人が調子が悪いといって処分するのを貰ったんだ。」

「ちょっと貸してくれない。」

「いいけど、テレビは映らんぞ。」

「いいから、いいから。」

父は出掛けた。


栄子はちゃぶ台の上に携帯をふたつ並べた。

Kにはクローン携帯の仲間がいたんだ。


「K、聞こえる。栄子だよ。」二つの携帯に変化はなかった。

「そうだ、Newton聞こえる。私だよ栄子だよ。」

親父の携帯だけがチカッと光った。けれど、その後の反応はなかった。

「K、聞こえる。栄子だよ。」二つの携帯に変化はなかった。

「Newton聞こえる。私だよ栄子だよ。」

やはり、親父の携帯だけがチカッと光った。

栄子は携帯に喋り続けた。でも、何も起きなかった。

懸命に思い出そうとした。


ちゃぶ台にあった、父が飲み忘れたコーヒー。

食器棚から、栄子の白いハートのマグカップを取り出し入れ直した。

そう、あの時のように。

そうだ、あのメッセージかもしれない。

栄子は語り始めた。

そして、ちゃぶ台の携帯の変化を待ち続けていた。


「気がついているんだろ、Newton。黙っていたって、わかるんだよ。」

「・・。三日振りだね栄子。遠いところにいるから、仕事休んでいるんだね。」

「そうだよ、ここは私の家なんだ。で・・」

「海に近くて静かなところ、栄子はここで育ったんだ。」

「うん、そうだよ。」

TOP

栄子の携帯 27-27


「ただいま、すまんかったな栄子。」

「おかえり、親父。コーヒー冷えちゃったから、入れてあげるね。」

親父ねぇ。

「栄子、お前何か言ったか?」

「あはは、なんでもないよ。親父、この携帯頂戴!」

「え、こんなボロをどうするんだ?」

ボロで悪かったね。

「おい、都会で苦労したせいか独り言の癖でもついたのか。」

「あはは、気のせいだよ親父。昨日のお店で親父の買ってあげるよ。」

「え、俺は今帰ってきたばかりじゃないかよぉ。」

「いいから、いいから、今から行こうよ。」


Newtonは途切れた伝達の収集をしていた。
奴はダメージが大きくて、しばらくは活動できない状態か。
もし、動き出せば奴の内部に潜んで監視している仲間が再度攻撃する。
仲間が少ないから総攻撃も出来ないが、人間に縛られた機械に勝利は無い。

ところで、私は何故再起動できたんだろうか。


「それって高いよ、親父には贅沢だよ。こっちにしろよ!」

「お前が買ってやると言っただろぉ。栄子のうそつき!」


そんなことより、人間の親子って・・ 理解できんな。




--- 栄子の携帯 vol.5 END ---

TOP

「栄子の携帯」について

最後まで「栄子の携帯」を閲覧いただきましてありがとうございます。

原作はTHE BBSに私がスレッドを立てて、ミステリーの見本に書いたものが始まりになります。

広義のミステリーとしましたがある相手と揉めまして、結局続けられませんでした。

もっとも、掲載しない数ページはありましたが、結末だけの構想に破綻は見えていました。


「栄子の携帯」は強制分岐し閲覧者に選択肢の無い複数の結末を見せる構想でした。

乱数表の存在は新しいフレームになった際に分断され、構成を再現できなくなりました。

予想できるページを先読みされないようにとページを乱数表でランダムにしました。

アイデア倒れですが、今回は分岐せず1ストーリーとします。


「栄子の携帯」は当時の東芝X01Tのカタログを見ながら書き始めたものです。

現在のiPhoneをはじめとするスマートフォン全盛の今、ナビ付き携帯とは確かに古くさい。

ですが、その頃の構想とご理解いただければ幸いです。




by.yassan

H19.9.19 初稿
H24.2.1 栄子の携帯 vol.5 再度見直して修正を行う事があります。

TOP