秋の夜、繁華街への旅


きみは秋の夜に旅立つ。

前から気になっていた繁華街へ。

bright rights big city への夢。

なまぬるい風が徐々に冷え、心地よい肌触りになる夕刻、きみは飲食店や風俗店のひしめく悪名高い繁華街の中心に出る。今日は学生のころの友人が集まる。気のおけない友だちと笑いあうのは、健康のために欠かせないと思う。そういえば、ヨガ道場では最近、爆笑療法というものがさかんだと言う。

がぶがぶとビールを飲んで脂汗を絞り立て、話題はいつものように嫁と姑の確執となり、それがいつまでも続く。いつものパターンだ。きみ以外のみんなはアルコールがまわってきたせいか、それが楽しくてしかたないらしい。

友集い かつて闘争 語りしが 嫁姑の 狭間を論じ

正直言って、つらい。酒を飲めないというのは社交障害だ。きみらしく、いつもの不機嫌な寡黙さがもどり、居酒屋の狭さと空気の悪さ、激しい騒音に耐えられなくなったら、それは潮時というもの。そっと座を離れて姿を消す。若干のバツの悪さを残して。

でも、楽しかった。きみはなつかしい友だちの笑顔と嬌声を心に余韻させて、居酒屋を出る。いつもこんなきみを誘ってくれる心やさしい友だちのことを誇りに思う。

外に出て安堵したのも、つかの間であった。身も心も会社や仕事のために絞りとられ、個人としては産業廃棄物の様相を呈している日本の男たち。それらが、うじゃうじゃと同じような背丈と髪の色で右往左往し、いつ果てるともないアルコール時間を過ごす。まるで汚れた海岸のトドの群れだ。

きみには、どうしても理解できない。この人たちのことが。

『アルコールがなけりゃ、会話らしい会話ができないのだろうか。血液にアルコール入れないと、エネルギーを発散できないのか。ふん、いやなこった。そんな金と時間と労力があれば、プールで25メートルのコースを何回か泳いでたほうがずっと効率的なのに。いい気分になれるのに。』

そんなふうにきみは毒づく。

以前のきみであれば、そんな自分に悩んだものだったが、今やそうではない。きみは、もはや若くはない。これからは、衰え、弱くなっていく一方なのだ。だから、残された時間、自分に対して寛容でいたいと思っている。

ネオンがまたたき、さまざまな光のレイヤーが君を包む。ステントグラスを通過してくるように。それで思春期のころ教会で好きな賛美歌を歌ったとき感じた、あの感覚がさざめく。教会とはまったく関連のない繁華街という場所で。やはり、光というものは強烈なものを持っている。

今夜は何かコトを起こしてやろうという気力が湧いてくる。

そして走り出したきみは、不愉快な光を放つ、風俗店のネオンをかたっぱしからたたき割ってまわる。にぶい音をたてて、ぱらぱらとこぼれ落ちるガラスの破片を踏みながら。用心棒らしい連中がきみを追いかけてくるが、きみの逃げ足のほうがはるかに早い。鍛えかたがちがうんだよお、ざまあみろ、と笑いながらきみは駆け抜けていく。

そしてきみの心は落ち着いてくる。頭のなかでは、u2のdesireという歌が鳴りはじめる。

さすがに息がきれ、動悸が激しく打つようになった時、繁華街の中央を流れる川にかかる橋に行き当たる。川をはさんで、いくつもの背の高い雑居ビルが向かい合う。そのビルの窓から、たくさんの男が次から次へと川に落ち込んでいく。止まることなく、まるで垂れ流すようにぼちゃぼちゃと鈍い音とともに、青黒い川の水を跳ね上げて。遠近法の景色のなかに浮かび上がる、実に見事な見せ物だと思う。

きっと、金と時間の無駄遣いを懺悔するがためのパフォーマンスなのだろう。不味い酒とデリカシーゼロのホステスに、金と気をつかいながら時間を過ごすのは、人生を部分的に死ぬのと同じことを意味する。きみはそんなことを考えながら、

『人生、生まれることと死ぬこと以外は、全部ひまつぶし!でも、死ぬ時にはそれらに意味があったなーて思えるひまつぶしだぜ!!』

と、ものすごい大声で怒鳴りながら橋を渡る。みんながきみを振り返る。振り返る人々の服装は画一的で悪趣味だ。とくにその色彩感覚の低さは、世界有数の水準と思える。ちんどん屋を連想させる。こだわりとか 志 というものが感じられない。それは、美的感覚云々というより、暮らしのたたずまいにおける、ものごとへの慈しみのレベルの問題だ。さらに、ひどい騒音だ。それは、ほこりだらけの事務机みたいに救いようがない。カラオケの呼び込み、廉価衣料品店のBGM, 女のミュールのかつんかつんいう音、アベックがかわす意味のない会話。

きみはホームレスにけつまずいて、ひざをしこたま硬いインターロッキングの歩道に打ち付けた。顔をしかめて起き上がると、若造がギター片手に my sweet darling を歌っている。きみは若造に親しみの微笑みを向け、正面に立つと、若造の耳もとに口を近付け、ささやくようにメジャー3度のハーモニーをつける。1曲終わった若者に声をかける。

『音楽の生まれた場所って、どこか知ってるか』

若者は、照れたように、困ったように目を伏せる。

『教会と売春宿なんだよ』

きみは若者からギターを借り受け、Aのキーで12小節パターンのブルースを歌いはじめる。

 

夜の街 ネオンまたたく夜の街

夜の街 ネオンまたたく夜の街

おれの腕にはロレックス 

劣等感のしるしが脈打つ

   

座って10万 寝て100万

座って10万 寝て1000万

最終列車が出て行く

エナメルの靴を噛め

 

どぶ溝に 刺青映る あまた

どぶ溝に 刺青映る あまた

さいころ転がせ

次の女がよじれる

 

歌詞なんかどうでもいいんだ。もちろんだれも聴いていない。

夜もふけてきたとき、やくざの行列がやってくる。

その数およそ100、3列縦隊を組んで幅員5メートルほどの道路を進んでくる。酔客やホステスや置き看板やタクシーを蹴散らしながら。

この界隈を支配する人々だ。さきほどのキャバクラビルからの飛び込みパフォーマンスのことも考えると、今日は第4金曜日、繁華街のサービスデーだった。特色ある繁華街作りを目的としたパフォーマンスとして、このような行列を開催しているのだろう。京都の時代祭に対抗してるものと思われる。

やくざたちは、古典的なパンチパーマや白のエナメルの靴などは見受けられず、みな一様に高級そうなダブルのスーツである。そういう連中が、あらんかぎりの声を張り上げ、やくざ言葉で聞こえよがしに会話している。

下等動物そのもの。

きみはそんな雑踏のなかに、ぽつんとひとり立つ白人のバックパッカーを見つけた。珍しそうにきょろきょろとやくざの行列をながめている。なぜ、こんなところにいるのか。もう10年以上も前、ロンドンのSOHOをさまよった貧乏旅行の自分のことを思い出す。寒くて、さびしい旅だったことを思い出す。きみは白人のバックパッカーに愛おしさを覚える。

『こんなところを見物に来るなんてセンスいいね。』と、話し掛ける。

バックパッカーが答える。

『ええ、あと2時間くらいで空港行きのバスが出るので、それまで散歩しようと思って。今夜遅い飛行機でバンコクに飛ぶんですよ。』

バンコク。

その言葉はきみを、あのまちのにおいと音で満たす。なまぬるい空気のドンムアン空港に降り立ち、きっとローカルバスで安宿をめざすのだろう。新しい街に降り立つ瞬間の緊張と解放感に包まれて。若者に対する愛おしさがさらにこみあげてくる。

『ごらんなさい。このまちを支配してる連中だよ。暴力がのさばり、あつかましいうす汚いやつが金と権力をほしいままにする。』

『サムライの末裔ですね。』

『そうだ。ひょんなところにこの国の本質は隠れているものさ。こういう連中が多くの母性的な人たちのやさしい心に付け込んで、搾取抑圧してきたのさ。』

『ぼくはこの国を旅してて、いつも感じてたのですが、まちがったことをする人に対して、それはちがう、と一歩進み出て討論を求める習慣はないようですね。』

『うん、残念ながらそうだ。暴力を背景にしたやつらに対して人民が身をはって闘ってきた歴史はないんだ。早い話が信仰に欠けてるのさ。』

やくざたちは次のようなシュプレヒコールを上げる。

『sex ! drug ! rocknroll ! 』

たしかにやくざの資金源は、sex とdrug とrocknroll である。

今や、やくざの行列は佳境に達しつつある。力みかえった異様な熱気のなかで、小さなフロートの上に青ざめたやくざがひとりかしこまっている。ちゃぶ台の前に正座して、自分の小指を切り落とす荒技を披露だ。

機を一つにして巨大な花火が低空で炸裂し、一瞬目がくらむ。まるで切り落としたやくざの小指から噴き出した血煙のように、網膜に真っ赤な残像がゆらぐ。

群集の拍手喝采が、夜の空気をゆさぶり立てる。

結婚式の二次会でよく見られるような服装と髪型のホステスが数人、その姿をほれぼれとした表情で見ている。

『男を売り物にする商売やからねえ』

意味不明のことを言っているようだ。その醜さは、きみの攻撃本能を刺激してやまない。

『小指なんてケチなことすんなよ!うまいもん食い過ぎてタブついた腹をやりなよ!』

きみはありったけの憐れみをこめて、指を落としたやくざの前に歩み寄る。そして空中から蠅たたきを取り出し、それを高々と振り上げ、やくざの行列をたたきつぶす。蠅たたきはうなりを上げて荒れ狂い、きみは一瞬ブラマンクの油彩画のスピードあるタッチを思い出す。

『やくざだって人間だぜ!』

群集のなかのひとりが、きみを制止しようとする。

『お隣さんはやくざにしとくかい?あいつらどんなに金があっても権力があっても幸せにはなれないんだ!』

きみは叫んで、その男を地下鉄の排気孔に押し込める。ほかには誰もきみを非難する者はない。

やっぱりそうだったかときみは思う。それで、ちょっと気落ちして、静かにその場を離れる。

そして、1件のピンク色のネオンのまたたく店を通りかかる。その瞬間きみの足下に、どさりと男が倒れ込む。体中あらゆる体液に汚れ、顔面は暴行を受けたと見えて、ぶよぶよに腫れ上がっている。

『ここここここ、ここは、うっうっうっ、うそつきだ!』

息も絶え絶え、うつろな眼差しで痙攣しながら訴えかける。

べつに男の仇をとってやろうと思ったわけじゃないが、きみはピンクネオンの店に突入する。なんてことはない。よくあるエロキャバクラだ。暗くてよく見えないが、半裸のスリップ姿の女が、さまざまな姿勢で客の男に吸い付いている。

壁には、『こんな俺がもてるわけはない もてているのはお金ちゃん』と書いた垂れ幕が下がって、ミラーボールの光にゆらいでいる。真実味はあるが、説得力はない。

『当店は、ただいまの時間ですとおひとりさま40分6000円となっております。』

ボーイがうやうやしく出迎える。先ほどの虫の息の男のことを聞いてみたら、こういうことだった。

男は、勘定の際、おひとりさま40分6000円もらえるはずだと言い張ったのだと言う。この店が、容貌にめぐまれない女を男のほうが手八丁口八丁でサービスして喜ばせ、その報酬に40分6000円もらえるという、一種の社会奉仕あるいは慈善事業の施設だと勘違いしてたというのだ。

よくある誤解というものだ。

案内された席でしばらく待っていると、ふてくされた顔の女がきみの席に来て、名刺を出し、おそろしくまずい酒を注ぐ。なにか、がらがら声でしゃべっているが、意味はまったく理解できない。ただ、その態度は投げやりで、険悪なこときわまりない。目には凶悪な暴力性がみなぎり、まったく救いようがない。女はきみのからだのあちらことらを、べろべろとなめまわし、サービスとかいうことをやってるつもりだ。そして、ちょっとは反応しろとのたまう。

その物腰の忌わしさ。

きみはもうがまんできない。

『おまえみたいなのは、なにをやらせてもつかいものにならないんだ!それに、息の匂いがひどいよ!』

女は、ふてくされた表情で別のテーブルに移動していった。そして、携帯メールを打つ。そして『なめてたらあかんで!うちのファンがこれから集まってくんねんからな!』などとわけのわからないことを喚き立てる。いったいそんなことをして何になるというのか。

こういうクソくだらないビジネスが、なぜビジネスとして成り立っているのか。謎は深まるばかりだ。

もうこのあたりにしておこう。こういう街には、2度と来ることはないだろう。簡単なことだ。きらいなら来なけりゃいい。きみはまだ終電にはまだ時間のある列車に乗りこむ。酔っぱらい専用車両には、嘔吐物とアルコールの臭気が満ち、罪専用という車両には、きみの座席が名前を貼りつけて準備されていた。よく空調が効いて、心地よい。早く家に帰って、咲き始めた小さなバラの鉢に水をやりたい。そのこととだけ念じて、目を閉じようとする。

そしてきみは目がさめた。夢のなかと同じように列車のシートの上で。いつもの通勤列車だ。ちょうどきみの駅についたところだった。夢の余韻を味わう間もなく、あわてて降りる。たくさんの人々とともに階段を上がり、改札を出る。その時、きみの横を歩く若い男に

『パパ!』

と声を上げ、3才くらいの子どもがむこうから走ってくる。てけてけと駆けてきて、そのまま父親に飛びつく。父親は、ちょっと驚いたような顔をして、その子を抱き上げる。その雰囲気からすると、きっと出張かなにかで、しばらくの間、子どもと父親は会ってなかったのだろうと思われた。過ぎてゆく人たちのむこうに母親らしい人が、それを見守っている。かすかな微笑みを浮かべた、とてもいい表情で。

きみはとても得をしたような気分で家路につく。

今夜は虫の声が季節のうつろいを彩っている。