春の始まる京都
時は美しい朝の光。
あなたとわたしは京都御所の北、しだれの桜の咲く下に座っている。空気は優しく澄んで吹く風は冷たくない。聞こえる音はいずれも遠い。新しいことの始まる4月はすばらしい。これまで抑圧していたものが解放される安堵の季節。喜びに on the way home を口ずさんでは、ちょっと和音をつけてくれたら、わたしは有頂天。そんな気持ちは、わざと悟られないようにしておくわ。
日本の若者たちは身の程知らずで、流行に敏感。中国の文化大革命に大いに影響を受けた。1930年代からの集団ヒステリーの伝統は死んでなかった。そんな時代の亡霊さがしも楽しかった。夢見てた60年代はいつのまにか遠く、とりもどせない幼年時代の幸福とともにゆらいでる。ああ、なんていうことでしょう、なんていう現実でしょう。暴力と破壊の20世紀の中央、まっすぐに高く咲いた花、1960年代が、もう記憶の中にしか存在しないなんて。
そんなふうに感じるからこそ on the way home が美しいの。
それにしてもこの空気はどうでしょう。良く眠ったからかしら、朝日のまぶしい東山方面も、高い空の色も、玉砂利を踏む音も、他にいったい何が必要なのかと思うくらい完全に清々しい。こんな朝は、もうけっして会えないかもしれない。いつもいつもこんな朝を待っていたけれど、その時が来たらどんなふうに思うだろうと考えていたけど。しばらくの間あなたといっしょにいられることを感謝したい。
時刻はまだ10時にもなってないのに。力を取り戻した春の日ざしが強い。できればあの桧皮ぶきの一番大きな清涼殿で暮らしたい。たった1日でいいからたくさんの従者を付き従え、白い小石の敷き詰められた広い庭へ、謹みのないパンスケどもを引きづりだし、人民裁判を開廷したい。
『もう文科系の大学生なんか世の中には必要無いな。』
いつもの冷たい調子であなたは言う。
『みんなカーストをもらいに大学に入るのさ。』
『差別選別教育っていうやつ?』
『物の言い方はそれぞれだけど、そのとおりかもね。誰だって自分を序列の中に置いておきたい気持ちがあるじゃないか。それに通過儀礼は、いつ、どの社会でも見られる。それが日本では受験っていうやつさ。』
そんな会話しながら、大きな常緑樹の下のひんやりした道をたどる。騒音の川、今出川通りをわたって相国寺に向かう。
あなたの住んでる立派な洋館が右手にある。何10年も前に建てられたボストンスタイルのアパートだ。こんな文化財みたいな建物が、貧乏な学生の寮にあてがわれるとは大したものだと思う。
『どうしてこんなところで共同生活なんかするのよ。』
『変な人たちといっしょに徒党を組みたいんだ。』
みんなから孤立して誰とも打ち解けないあなたが、そんなこと言うなんて。無理してるのはわかってるのよ。
『いつだってそう考えていたよ。長い間そのことを望んでたんだ。べつに共産主義者に興味を寄せてるわけじゃないけど、みんなで一つにつながってるという感覚ってなかなかいいもんじゃないか。』
相国寺の山門をくぐる。
『どんなことをするにも孤独と共同が必要だね。なんとなくそのことを実感したいっていうのか、たったそれだけしか学べないかもしれないけど。ほら、昔アメリカのヒッピーがコミューンとかいって集団で暮らしてたじゃないか。あんなのにあこがれてるのさ。』
『結構日本人なんだね。』
『そうともさ。』
太陽が南にあがってきて、大きくて古いお堂の縁側に二人ならんで腰をおろすと、静かさに心がゆるやかになる。日本のお寺はモノトーンの暗い景色だから、垣根や松の葉の反射の中にある小さな虹のような煌めきが、とても素敵だ。それになによりも今日の空の青。あなたの腰を抱いて、深く口づけをかわすよりはるかに強力な刺激じゃない?この景色を前にじっとしてるって。
『あああ、なんて平和なんだろう。』
『このお寺は応仁の乱の時、戦いが行われた場所よ。』
『禅寺で武家どうしが殺しあうなんて、ぴったりじゃないか。禅なんて荒っぽい階級の宗教だ。いつだって死ぬことばっかり考えてさ。座禅なんてまるで死人の物真似そのものさ。ま、生活の中の美的感覚を重視するのは憧れたりもするけどな。』
『どの宗教も死ぬことを考えてるじゃないの。』
『考えるけど死ぬことをやすやすと受け入れるんじゃないよ。また生き返るんだっていったり、死ぬまでは生きてる人間として、よく生きなさいといってるじゃないか。そっちのほうが救いがあるよ。競争力があるよ。』
わたしたちには死ぬことは、あまりにも遠い。ねえ、あなた、わたしたちの暮らしの中に死ぬことなんてどこにも見えないわ。生きてることは、死ぬことで輝くとしたら!
その時、一瞬欲情がきたから、わたしはあなたの手をとる。それはウルトラマリンがにじむようにかなしく、なつかしい感触。
『お昼からは?』
『こんな日には、あなたといっしょ。』
『ラブホテルめぐりも、春の午後にはもったいないな。』
『そんなことってぜったい8月のかんかん照りの午後よ。』
禅寺の湿った空気を抜けていく。そして鞍馬口、四条、桂と乗り継いで嵐山まで。
ここは京都。
だが、観光ポスターの静寂の景色はどこにもない。この国の大都市を特徴づける醜さに満ちあふれている。雑踏と騒音と攻撃性と。そのうえ、けちくさいムードに満ち満ちている。たしかに美的感覚はあっても、それらがまったく現代の都市の景色に調和していない。ゼニをしこたま使うような場所に出かけて、よーく目をこらせばなにか見つけられるかもしれないけれど。
日本の文化は京都にあるって?
そんなことだれがきめたの。よそものからぼったくり、ふんだくることで商売をやってる人たちにだまされちゃいけないわ。
『日本の伝統文化はどこにあるの。』
『ぼくらの中にあるよ。』
そして今、電車の中、あなたはお年寄りに席を譲らない高校生を怒鳴りつけ、羽交い締めにする。おれがやらならいとだれがやるなんてね。
嵐山の駅を降りると、春の午後の日ざしと咲き誇る桜にくるまれる。1年にたった一度だけ、この時を待ち続けたみんなの心が一つになる。白っぽい川原の道に反射してまぶしい。西から東へ流れる川の上には、光がゆったり踊る。はるかに比叡の山と近くに愛宕山とをながめながら橋を渡る。
堤防の上にたくさんのアベックが春の日にかざされている。その色がちょっとかなしい感じがするほどの明るさ。
若い10代の男の子のひざの上にやわらかそうな熟女のお尻が乗って、そのお化粧や身につけているものが、白日の下で手にとるように鮮やかだ。サングラスの白人男の赤い髪をなでている女。白人といしょの日本の娘は、みんな容姿にめぐまれない子ばかり。理工系の顏したやさしい笑顔を向けあう大学生らしいカップル。子供達をつれた若い母親のグループ。ちょっと大きい声を張り上げる酒宴の人たち。みんなこの光と時間を共有している。この感覚はなかなか素敵だ。
伝統というものは、博物館にも、劇場にも、文化勲章にも、書物の中にも見つられない。こうやって花を見る人々の中にある。
橋をわたるときあなたが声を上げる。
『わあ、ごらんなさい。なんていう景色なんだ!』
同じ場所に密集して、同じように三脚を立て、同じ方向にカメラを向けている、同じような格好の人たちが10人ほどいる。川の対岸の建物と橋を遠近感を強調する構図で撮影しているのだ。たしかに悪くない構図だし、午後の半逆光が春らしいあたたかな空気の触感を出している景色だ。
しかし、それはあまりにも滑稽で微笑ましい。自分だけの個性を表現するのが芸術であるとするなら、この人たちのやってることは何なのかと思う。みんな同じことをしていないと気がすまないのかしら。
『これこそが日本人の姿さ。外国の人によく見てほしいよ。』
あなたはつぶやく。
『桜が空いっぱい、川に水は豊かで、山肌は緑、そして・・・』
『みんなが同じことをやって喜びを味わうのね。』
『そうだよ。でも、悪口じゃないと思うんだ。それがぼくらのありかたなんだ。こんな姿が他の国にあるわけないさ。ほんとうだよ。』
川面に光り、踊っている光の乱反射があまりにも喜ばしいから、あなたの腰に手をまわして、上流に向かって歩いて行く。やるせなく、痛くて甘い感触。緑に濁った川のダークなトーンを背景に、開き切った花をたくさんつけた桜の枝がひとふり浮かび上がる。亀山公園に続く坂を上がれば、とたんに静かになり、もう日ざしは西に傾きつつあり、なんともいえない安堵感をたたえる。
ちょっと先には渓谷を見下ろす展望台がある。そこに腰掛けて対岸の斜面に咲く、古い桜の木をながめる。空気が徐々に冷えていくことを感じつつ、あなたがそばにいることだけを喜びながら、とてもとても長い間そのままでいる。
『この谷間の底に古い温泉旅館があるんだ。ちょっと人里離れた風情で、いいたたずまいだよ。』
『なんかドキドキする環境ね。こんなたくさん人の訪れる場所なのに。』
『そこで愛人と密会するのがなんかの小説にのってたな。』
『ぴったりじゃないの。』
『ぼくはそんなこととは無縁さ。』
『一生に一回だけ、そこを借り切って酒池肉林だったら?』
『ここにいるぼくはだれよりも強い。これからの時代みんながそんなことするようになるから、ぼくだけは、やらないよ。』
『男の一生は欲望の奴隷ね。』
『欲望の奴隷。消費の家畜。でも、君はそれにつけこんじゃいやだよ。』
過ぎてゆく時間をもう十分味わった。
日没が近付く時、光は色彩を増していく。今日、あなたと別れたら、家に帰って花に水をやり、テレビで『地獄の黙示録』を見ることにしよう。別々の場所で同じ時間帯に同じ映画見るって、心休まる楽しみだよね。
何もなかった今日1日、すべてがそろっていた今日1日。その思い出があって、わたしもあなたも他に何も必要としない。この気持ちを味わうためにずっと生きてきたし、これからもそうありたいの。
京都の春が始まり、夕もやのやさしい時、とても長い時間あなたといっしょだったことにつつましく満足し、もう語る言葉も少ない。そして家に帰るためあなたとわたしは静かに立ち上がる。