欲望の奴隷


風のない秋の終わりの午後には君は山に入る。

あまりにも静かで木の葉を踏む音が鮮やかだ。山道をゆるやかに登ると、テラスに出る。明かるい疎林になったその場所は静まりかえっており、君の脈拍は高まる。いつもの欲望があふれてきた。それが抑制をはねのけて、流れるように君を動かして行く。

歩みを止めると、君は背の低い檻のなかに入る。約5メートル四方の小さな檻だ。少し前屈みになってその中をぐるぐるまわりはじめる。静まり返ったテラスに足音がカサカサと響いて、速度を増していく。そして君は徐々に熊のような毛に覆われて行き、その顔形は獣に変化していく。それは目をこらせばなんとかわかる程度の変化で、ゆっくりしているが、確実である。

君はへんてこな雄叫びを上げる。滑稽な押し殺したような音を発していく。

『ブホー、ブホー、ブヒッ、ホー、ホー、』

やがて感極まった調子にそれらの音が高まると、君の獣の身体はだらだらと体液を流し始める。あらゆる種類の体液が黒い毛を伝って、ぼとぼとと枯れ葉の上に落ちていく。時々君は痙攣するように身体を震わせては、じっと体液の流れる感触を味わっているようだ。それを何度か繰り返し、檻の中で行ったり来たりを続ける。

どれだけの時間がたったろうか。君は徐々に獣の形から人間らしい表情をもった姿に回復していく。それは、君が獣に変化した時と同じ緩慢な速度で。いつのまにか背の低い檻が消え失せており、流れ落ちた多量の体液も見当たらない。そして瞳には本来君の持っている光がもどっている。

君は少し早足でその場を離れ、山道を下って行く。何ごともなかったように、そして今の君の行いを誰も見なかったことを確信しながら。だが、乙女の姿をした神は見ていた。これからも君が同じことを繰り返すことを知りながら。

大事なことは誰も教えてくれない。はたして欲望とどう向き合うのかという大問題を、なぜ語らずにおくのか。みんな、まるで欲望が存在しないかのようにふるまい続けている。