沖縄こそ日本の心
本土の人に沖縄きらいという人はいないだろう。海の青さと人の優しさ、熱帯の花の色、エキゾチックなムード、豊かな音楽と芸能。それらが楽しい旅の思い出を彩っている。
わたしはアジアをいろいろと旅し、その終着点が沖縄だったという気がする。小学生の時に本土返還だったので、平和学習がさかんだった。たしか沖縄少年漂流記というのをみんなで読んでいたのを思い出す。存在感はあったが、はじめて訪れたのは3年前だ。
人のやさしさがいい。それは北海道などでも感じることだが、出会う人々の中に邪念のない正しい心を感じる。海の青さとともに我が国の宝だと思う。巨大な建築物や自然と人を支配する技術や組織化された権威ではなく、暮らしの中にある心のたたずまいこそがほんとうに偉大なる文化なんだと思いたい。
きっと我が国は本来、沖縄のような温和な人々ばかりなのだろう。
そのような中に少数の暴力的な人が現れるとどうなるか。瞬く間に暴力が全体を支配してしまう。従順でおとなしいところにつけこんで、過酷な抑圧を加え、暴力的な文化を行き渡らせることになる。それが刀を床の間に飾るヤマトンチューの歴史であると思う。
大きく世界を見れば、いまやそのような収奪的、北方的、父性的なものの優位は過去のものになりつつある。環境問題に見られるように人が自然を支配収奪する態度は行き詰まりつつあるようだ。科学技術の発達と分業の進化によって、過酷な自然のなかにあっても豊かな生活を享受できるようになった時、次は女性原理の出番になってきたのだ。新たなる時代だ。
そのような状況は、沖縄のやさしさ、正しさを、我が国の誇るべき価値として浮かび上がらせてくる。家族の結びつき、他者への配慮性、自己抑制、おだやかさ、素直さ、自然との交流、足るを知る心。必要なだけ働き、暮れてはモーアシビを楽しむ豊さ。それらこそが真に権威ある価値となるのだ。
就職したときの同僚は沖縄出身の両親をもついわば2世であった。とても気が合ったことを思い出す。また、デートをすっぽかされて約束や時間にルーズなところも思い知ったりしたものだ。わたしの働く大阪の大正区という海辺の町には、沖縄出身者のコミュニテイーがあって、仕事でそのあたりへ行く時はなんとなく、楽しい気分になる。通りかかった街角でサンシンの音が聞こえたり、軒先きでウコンを育てているのを見たりすると、沖縄を受け入れてきた大阪の寛容さというものを感じる。
わたしの祖先は瀬戸内海の島の出である。そこに住む人々の体つきや物腰は沖縄の人々とよく似ている。多くの人が昔からハワイやアメリカへ移民している土地がらでもある。きっと南から海をわたってきたのだろうと思う。その血は島嶼部東南アジアへ広く遠くつながっているのだ。わたしは自分のからだの中にあるそれらのつながりを誇りに思っている。
それにしても美しい場所にはどこも悲しみが漂ってるもんだな。平和というものの値うちを教えるために楯になって死んでいったあまりにもたくさんの人たちのこと。気の遠くなるよな美しい海の上、積乱雲のどこまでも遠い空。風に吹かれながら、この景色はあの時と同じなんだろうなと思う。