わたしの好きな京都


私の気のあう人は京都出身の人ばかりです。

京都の女性的なムードが好きなのです。自分には合っていると思います。貧乏公家のライフスタイルを今に伝え、学問や芸術へのrespectに満ち、美的感覚に優れています。金や出世よりも、自分なりの趣味を慈しんでいる人が多い。子どもを大切にし、教育には金をおしまない。プライドが高くて、確固とした自己を持ち、他人とは距離を置き、容易に譲らない。そして、人口150万の都市でありながら、きわめて日本的な社会が今に生きています。

観光ポスターや雑誌に載っている京都には興味はありません。それらはよそものからぼったくる装置ですから。日本文化のテーマパークとでもいうべき御茶屋も、私の行ける場所ではありません。

しかし、何気ない景色によくよく目をこらせば、そこに住む人々の豊かな感性が見えてくる。あの汚れた木屋町に立派な桜並木、中京のよく掃き清められた路地、雨に濡れた清潔な禅寺の石畳、地蔵盆のやわらかな灯明の光など、ささやかな暮らしのたたずまいの中に美を見出せます。

なによりもすばらしいのは、人々の優しさと穏やかさです。争いごとを避け、愛想よく気遣いしながら、相手を尊重しあいます。物腰はおっとりしていて、社交は洗練されている。とうふを買う店はいつも同じ。とうふを単に買うだけじゃなくて、そこで人と人のつながりを確認します。

町の人々は登校する子どもたちに『気つけて行きや』と声をかけます。バスを降りる時には小さな子どもでも運転手に『ありがとう』と言います。町内会の絆は強く、みんな助け合って生きています。犯罪は多いが、凶悪なものは少ない。

当然ながら私は京都に就職したかった。交際していた人も京都の人でしたから。しかし、京都でいい職につくには、血縁のコネがないと難しいのです。当時はそんな裏の事情なんか知らなかった。強く志望していたところには、最終の面接で落とされ、ひどく落胆したものです。

しかし、京都の人はそんな時、私を助けてくれようとしました。当時住んでいた学生寮の事務員の人は、私が落ち込んでいるのを見て、とても条件のいい就職先の募集要項をメールボックスにそっと入れておいてくれました。思い出すと今でも涙が出ます。教授は立派な推薦状を書いてくれました。ゼミの友だちは、『元気だせよ』と声をかけてくれた。

就職してから、仕事に関連したことでいわれのない恫喝を上司から受けた時、かばってくれたのも京都の人でした。インターネットで知り合って、友だちになってくれたのも京都の人が多かった。

京都人については、よく陰険だとか意地悪だとか閉鎖的だとか言われます。しかし、それはデリカシーや優しさのない人間からの精一杯の防衛なのです。『おぶどうどす』の神話は、大阪人の行儀の悪さとともに関西の真実であります。なにごともはっきりストレートに意思表示する関東や九州のひとには、当惑の対象でしょう。それがいやなら京都は向いてない。

問題なのは、権威主義的なところと、自分よりも立場の弱い者に対するサド的態度です。仏教、とくに禅の影響か、個性を尊重せず、人を型にはめて抑圧しようとするところもいけません。人使いの荒い会社が多く、労働災害の発生率が高い。ケチなので社会資本の整備は遅れがちです。交通や買い物が不便で、地下鉄は大赤字で、高速道路もありません。それでいて物価は高い。イベントは何をやってもしけまくっている。大文字の送り火の夜に鴨川でクラシックのコンサートなんて、役所のやることはばかげている。

それでも、京都には優しい人がいます。

京都には美しいものがあります。

京都にはたくさんの思い出があります。

私はリタイアした後は京都で暮らすつもりです。午前中には家事と病院、昼からは絵を描いたりして、夕暮れ近くに妙心寺や嵐山を散歩。夜はテレビで映画を見たりウェブサイトを更新したりして、変わらない毎日をくり返します。夏と冬の気候は厳しいので、その季節は物価の安い国へ出国します。さほど金を使うつもりはありません。家なんか小さくてもかまわない。近所の人と仲良くして、助け合いたいです。人々の女性的な優しさのなかで、多くを望まず、ゆっくり暮らしたいと思っています。そんなふうに人生を終わらせる楽しみを味わいたい。