太平洋戦争
 
 
日本は、アメリカの罠にはまって最初の一発を撃ってしまった。
当時、資源のほとんどをアメリカに頼っていた日本は、それを止められて、追い詰められた。
引いてしまったら、格好がつかなかったのだ。
 
日本が中国や朝鮮半島で行なったことは反省すべきである。
しかし、東南アジア、南太平洋で米英と戦ったのは、必ずしも悪と決めつけられない面があると考える。
当時は暴力によって他国を収奪することが、流儀とされており、わが国はその仲間にはいろうとしたのである。帝国主義の衝突ということだ。
あの戦争が原因で反日感情をもっているのは、中国と朝鮮半島とフィリピンだけである。
他のアジアの国々は、日本にシンパシーを抱いている。短期間で近代化に成功し、欧米列強に一矢報い、敗れて去り、アジア諸国の独立を促進したのである。
 
日本の兵は強かった。なにせ12世紀以来、武家という、暴力を業とする人たちによって治められてきた国なのだから。九州の部隊は攻撃に強く、東北の部隊は守備に強かった。白兵戦では世界最強だった。技術者は優秀な兵器を作った。しかしながら、工業生産力が弱く、補給に劣り、戦略のないまま戦線を広げすぎたために敗退した。
 
アメリカのやりかたはすさまじかった。日本国内の隅々を爆撃し、非戦闘員を虐殺した。そして核兵器を使用した。このことは永遠に糾弾されねばならない。
イギリスもうまくやった。外国人を利用するのが上手な彼らは、ネパール兵を最前線で用いてビルマを奪還した。
 
ソ連が参戦し、赤化を恐れた日本の指導者たちは、降伏を決断した。願わくば、マリアナ沖海戦で海軍の機動力が壊滅した時点で、それを行なうべきであった。そうすれば、フィリピンにも沖縄にも広島にも長崎にも、あのような悲劇をもたらさずに済んでいた。
 
アメリカは完膚なきまでに日本を殲滅した。
勝者は東京裁判と称して、一方的に日本の指導者を裁いた。かつて、世界を植民地化し、収奪と抑圧を加えた自らのことは棚に上げて。
しかし、世界史の理想の結晶ともいうべき日本国憲法をもたらした。天皇制を醜悪なものとして憎む人々がいるが、もう少し憲法を勉強してもらいたいと思う。王は君臨すれども統治せず、である。
そして、軍国主義と儒教的抑圧から国民を解放し、平和、民主主義、人権の旗を掲げた。
 
アメリカは憎むべき犯罪者であると同時に、恩人でもある。
 
わたしは、戦闘員と非戦闘員の名を刻んだ沖縄にあるような碑を全国の県庁所在地に設置し、日本を訪れるアメリカ人にそこへ花を手向けるよう義務付けるべきだと考えている。
 
あの戦争からは学ぶべきものが多くある。
戦略性の欠如、ラバウルでパイロットを交代させず酷使して戦力を失っていった人事のまずさ、特定の軍需会社の利益のためにゼロ戦に頼り続けたこと、大鑑巨砲主義への執着、精神主義を強調して同じ戦法をとり続けた愚策。
 
戦争については、子どもたちに伝え続けなければならない。
皇国史観も自虐的反省も両方とも教えねばならない。産経新聞も朝日新聞も両方読ませねばならない。そのうえで、子どもたち自身が自分で考えるようにさせるべきだ。ただ、大義を信じて国のために命を捧げた人々を尊敬することを恥としてはならない。
 
生き残った国民は敗北を抱きしめて、祖国の復興に尽くした。
大義を保って、抜群のチームワークと勤勉さを発揮し、工業力を興隆させ、高度成長を達成した。
かつて戦場で闘った兵士の子どもたちは、親と同じようにヘルメットをかぶり、70年安保闘争を担った。
 
だが、あの戦争で露呈された日本の弱点は、わたしたちの中に今も生きている。それは、過酷な勤務、低い労働分配率、学校の校則、大局を見ることのできない指導者などのなかに。
21世紀、これからはそれらと真摯に向かいあっていかねばならない。