山崎でモネの絵を見る


京都と大阪の境界、淀川を望む山あいに大山崎山荘美術館があります。ぼくにとって高槻から京都の西山あたりがふるさとと呼びたい土地なのですが、とくにこの山崎という土地は大変好きな場所であります。東海道本線のひなびた山崎駅から坂を上がっていくと、ひんやりした天王山の山腹です。沢の流れる音が静かで、訪れる人も少なく、とてもいい雰囲気です。アーチの門をくぐると立派な庭園が広がります。戦前に関西の富豪の別荘だったところで、いっときは荒廃してたのを、最近アサヒビールが修復して、風情豊かな庭園と美術館としてよみがえらせました。メインの建物は戦前の洋館で、周囲の緑豊かな環境のなかで江戸川乱歩の世界を彷佛とさせ、独特のムードをもっています。1階のベランダの外には小さいけどとても広がりを感じる池があって、日本にある洋風の庭園としてはかなりのもんではないかと思えます。建物のなかには主に陶器や工芸品が展示され、上の階にはゆったりとしたテラスが張り出し、カフェが設えてあります。

その日は春のやさしく明るい日ざしが降り注いでいました。光はきっとフランスの夏と同じようなかんじの色と強さだと思います。そんな日にモネの睡蓮を見ることができるのだから、今日は神様が味方。モネの絵は洋館とは別の、ずいぶんモダンなコンクリート造りの展示棟のなかにあります。階段がまっすぐにゆったりと地下へ降りて行き、深々とした別世界の入り口みたいなところへつながっていきます。やっぱりこうでなくては。絵は立派な美術館のなかにあってこそ、値うちがあるというものだ。裁判所の法廷みたいな静かさ、荘厳な広い空間がモネという君主のもとに集権的に威風堂々と統率されています。絵画は自閉的でミニマルな芸術と考えられがちだが、そうじゃない。展示する設備や組織とのコラボレ−ションだと思う。ものすごい金と時間と労力が結集し、モネの絵を中心とする張りつめた『場』を作り上げているわけです。

大阪の心斎橋にキリンプラザがあります。場所はネオンまたたく歓楽街ですが、よくポップ系モダンアート作品の展覧会をやっています。大竹伸朗とかキュピキュピとか。いつも感心するのは天井の高い大きな展示室をいっぱいに使ってのインスタレーションの見事さです。たくさんの作品を横に縦に並べ、照明や音響にも十分配慮し、パフォーマンスとも言える、演劇のセットみたいな、その場かぎりの空間を作り上げています。これもまた『場』の創造という作業なんですね。山崎のほうは関西資本のアサヒビールによる静かな自然のなかのサンクチュアリ。こちらキリンプラザは、文化不毛と言われる大阪の雑踏のどまん中に『どうだ!アートだ!』の殴り込みをかけてきた東京資本の灯火。関西のやわらかさと東京の攻撃性が対比してますね。

そんなことを思いながら、ほの暗い円い壁面にかかっている睡蓮の絵をながめます。さほどたくさんではなく、大きくもないが小さくもない油絵がかかっています。こてこての鮮烈な色彩です。アクリル絵の具などの鮮やかさに慣れたぼくらの目には、今でこそさほどではないが、歴史上こんなに明るい色を使ったのははじめてだったのでしょうね。印象派といえば西洋絵画の代名詞で、フランスの持つ美と芸術の国というイメージの形成に大いに寄与しているところです。その印象派の代表選手の絵をまじかに観察します。

これは速い。筆の運びがおそろしく速いです。ドライブラシというのでしょうか、あまり油を使わず、ほとんど絵の具そのままをかすれたタッチでたたきつけています。それによって、まるで書道や水墨画のようにひとつひとつのストロークをそのままに生かしています。息遣いがそのまま伝わってくる。スピードがあり、無駄がなく、思いきりがよく、腕のいい料理人のようです。『気』というものを感じます。

このようなやり方は東洋的だと思います。それ以前はねちねちといくつものレイヤーをかさねて、景色や人物を再現していくスタイルが中心だったのを、印象派こそが革新したのです。そのころ多くの画家が日本の浮世絵を見て衝撃を受け、新しい描きかたを作り出すための原動力にしました。平板な明るい色彩、整理された簡潔なフォルムの把握などが、西洋の絵画にはない魅力だったのです。ジャポニズムですね。そして、浮世絵を見ていたということは、同じように水墨画なども見ていたのでしょうね。水墨画のもつワンストロークの技の冴えも、浮世絵と同じように西洋の人々には新鮮な魅力だったと思います。印象派の絵は、画面の上で対象を再現することよりも、色彩と筆の運びがそれ自体として魅力あるものなんだということを主張しています。突き詰めれば、この時にこそ抽象絵画が始まったのですね。実際、モネの絵は晩年に至ってほとんど抽象画ですもんね(視力の低下のせいもある)。

このように考えると、印象派はまるでフランスそのものみたいなスタイルと思われてるが、実は東洋の絵画とのハイブリットだったと言えるのです。なにごともどこかでつながって、影響しあってるものだな。ぼくはフランスには良い印象は持ってないが、あの人たちは非西欧の芸術にとても興味を持つ傾向があり、そういうところは評価できると思う。浮世絵の伝統を今に伝える日本のコミックはフランスの子供達を夢中にさせているらしいが、印象派のころと同じように、どこかでフランス人の美的感覚を刺激しているからなのでしょう。

もう午後遅いです。ひとまわり庭園を散策してから、宝績寺のほうから駅に向って坂を下って行きます。このお寺で20年近くも前、絵の仲間と合宿したことがありました。冬の暗い雨の日の夕方に集まって、お寺の広い座敷でいろんなこと話したっけ。三重ノ塔のある静かなたたずまいはかわってない。あのころは絵のこととかいっしょにできる友だちがいたから楽しかった。そんなふうに昔のことを思い出しながら、帰りの電車を待ちます。あああ、家まではずいぶん時間がかかる。やっぱり京都に住みたいよ。