丹生川上神社
中社

奈良県吉野郡東吉野村

主祭神

罔象女神


延喜式神名帳に記載される名神大社です。古くは雨師明神(あめしみょうじん)、そして大正期までは蟻通神社と呼ばれていました。雨師(うし)とは古代中国の雨を司る神のことをいいます。大正3年発行の「大和志料」の丹生川上神社の項目には、「タカオカミ神ヲ祭ル、タカオカミ神ハ漢土ニ謂ユル雨師ナリ、故ニ丹生川上雨師神トモ云エリ。」とあります。

「大倭神社注進状」には「別社丹生川上神社一座(中略)延喜式曰。凡奉幣丹生川上神者。大和社神主随使向社奉之。是丹生川上神社為当社別宮也。───延喜式にいう、丹生川上の神に幣を奉るにおいて、大和社の神主が使いに随いて社に向かい之を奉るは、丹生川上神社が当社(大和神社)の別宮のためなり。───」と記述され、当社が大和神社の別宮と考えられていました。現在の大和神社境内末社のタカオカミ神社が元社であった可能性が推測されています。

丹生の「丹」とは、一般的に水銀の基になる硫化水銀の鉱物(辰砂・朱砂)を表す言葉です。丹生の地名があればそこには丹生神社や水銀鉱床がみられ、その多くは中央構造線に沿う位置関係になっています。丹生の名を持つ神社は丹生津姫を祭祀するケースが多く、当社のミズハノメ神のような水神を祭祀する神社は少数派です。とはいえ中央構造線沿いには大きな川も多く、水神の祭祀に問題や疑問があるわけではありません。



古代的に丹生津姫を祭祀する氏族が水神をも祭祀していたのか、これは今後知りたいことと思っています。当社の由緒に記されているところでは、丹生津姫が巡幸した地の1つが当社の地であったとという伝承も残り、氏族の祭神ということではやはり関係があったのでしょう。

水神が祀られた時期は不明だそうですが、神社としての形が整えられたのは675年(白鳳4年)、天武帝の手によるものとされています。一説には、この時に現祭神のミズハノメ神が祀られたとも考えられています。

日本書紀神武条には、神武帝による丹生川川上での神祀りの記述があり(比定地は当社の他にもあり【MAP 丹生神社 宇陀市榛原雨師】)、相当に古い時期からこの地で何らかの祭祀が行われていたことを伺わせます。もっとも神武帝の伝承は、あるいは天武帝の事跡の反映の可能性もあるでしょうが。

祈雨・止雨の聖地として、奈良時代には天皇・皇后の行幸は50回以上になり、奉幣祈願は応仁の乱(1467年)までに96回に及びました。けれどその後社運も衰退し、長く当社の所在はわからなくなっていました。

さて、本来ならば丹生川上神社は延喜式記載の1社のみであるはずですが、現在、丹生川上を冠する神社はこの当社のほかに・・・

●丹生川上神社上社
 奈良県吉野郡川上村迫【MAP】
 主祭神タカオカミ神

●丹生川上神社下社
 奈良県吉野郡下市町長谷【MAP】
 主祭神クラオカミ神

の計3社があります。

明治以降、式内丹生川上神社の場所が研究され、まず現在の上社が、次いで現在の下社が丹生川上神社に当てられました。が、いずれもその理由は決定的なものではありませんでした。



大正期に当社の前身である蟻通神社が本来の丹生川上神社であることがわかりました。そして当社を中社とし上社・下社を合わせて3社態勢で丹生川上神社を名乗ることとなります。そのような理由からでしょうか、社号標や由緒書き、ウェブサイトなどには「中社」という表記は無く、「水神宗社丹生川上神社」とだけ記載されています。

上社・下社の現祭神はその時に決定され現在に至ります。タカオカミ神(上社)・クラオカミ神(下社)は記紀神話では同一神または対になる神と考えられており、中社主祭神のミズハノメ神を記紀のクラミツハ神と同一神と考えるなら、中社・上社・下社でオカミ系の水神を網羅したように見えます。
●丹生神社(元宮)●

丹生川上神社は、現社地へは後世に移転されたもので元は対岸にあったとされ、中社から徒歩数分の旧社地には摂社丹生神社が鎮座しておりこれを本宮と呼びます。

本宮の前には、三本の川が合流する淵が形作られています。南からは三尾川(四郷川)が、東からは日裏川が、北からは木津川(こつがわ:高見川)が合流しており、その淵は「夢渕」と呼ばれています。日裏川は「丹生の滝(東の滝)」として夢淵に流れ込んでいます。合流した川は丹生川(高見川)として本宮を過ぎ中社の社前を流れ下ります。


大きな地図で丹生川上神社中社を表示


山深い地にある3本の川の合流する地に、古代人は水の力を見たのでしょう。3本の川をそれぞれタカオカミ・クラオカミ、そしてクラミツハの3体の「竜」に見立てるのは本稿筆者の想像ですが、それなりに心躍るものがあります。

21世紀の現在にあっても、その川は冬であっても飛び込みたくなるほどの清流を保っています。ここは水の力をイメージする場所です。
●夢淵にかかる橋●
●丹生の滝●
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