入院生活
□■入院って大変・・

 はじめての入院生活はやっぱり大変でした。赤ちゃんって産んでしまえばつらいのは終わりと思ってたら、産むことよりもそれからの身体の痛みのつらさは予想してなかっただけにつらいものでした。
 宿泊用の布団がなかったのでぱぱは帰ってしまい、じゃあ1人で出産の余韻にでも浸ってゆっくり休もうと思ってたのに、体中が痛くてろくに眠ることもできなくて、朝が来るのが本当に待ち遠しくて、とにかく時間早く経ってくれーと祈ってました。

□■痛みとの戦い!

 まず、体中が筋肉痛のように痛い。2時間近く分娩台でいきんでたから当たり前なんやけど、精神的な疲れもあって、やっぱりだるかったです。
 それからお腹の痛み。これは後腹の痛みやと思うけど(いわゆる子宮の戻りの痛みは)陣痛に比べると弱かったものの、陣痛のようなにぶい痛みでした。

 それと、切開のというか出産の痛みは当然やけど局部的で、あまりの痛みに起き上がることはもちろん、寝返りもできないくらいでした。おまけに出産の後ということで、お腹はごてごてといろんな装備がされてて、動きづらい。どうせ1人で動かれへんくらいやったからよかったけど、痛みがましになってくるとその装備がめんどくさかったです。
 ちなみに装備はナプキン、T字帯、裾よけ、お腹にさらし、パジャマの上だけ着て(たけの長いネグリジェみたいなパジャマとズボン)、ベッドにはビニールを敷いて、というものでした。

 夜中に一度看護婦さんが様子を見に来てくれました。でも体中痛くて、見てもらうのも一苦労でした。

□■昔のひとはすごい?

 ようやく迎えた朝。ぱぱが9時過ぎに来てくれました。その頃は手を添えてもらえればなんとか起き上がれるくらいになっていて、ちょっと安心。トイレにも自分で歩いて行きました。むちゃくちゃ時間はかかったけど。
 その日は一日ほったらかしにされていて少しだけゆっくり歩いて赤ちゃんを見に行きました。それから、泉北のお義母さん、お義父さんがお昼過ぎに来てくれました。うちのお母さん、お父さんは夕方来てくれました。ぱぱはその日、次の日はずっといて、毎日来てくれました。仕事の日は帰りに来て、大体9時までいました。よしみと直ちゃんは水曜日の夕方来てくれました。みんなにおめでとうと言ってもらえて本当によかったよかった。

 それにしてもこの痛みのなか、昔の人はすごかったんやなぁとしみじみ。産んですぐ畑に出て、なんてよく言うけど、経験してみたら、いやはや。絶対無理だとわかりました。

□■入院中はどきどきの連続・・

 授乳は2日目から始まりました。これは、また別の機会に詳しく残しておきます。

 3日目には、一度診察をしました。
病院の朝の診察の終わり頃に1人づつ呼ばれて診てもらいます。授乳の合間をぬってなので、この頃からけっこう忙しくなったと思います。で、子宮の戻りもいいので、明日抜糸といわれてちょっとびびりました。
 シャワーもこの日解禁です。でも忙しくて、結局足を洗うだけしかできずに退院の日までお預けになりました。あと、明治乳業さんから、ミルクを薦められました。

 4日目に抜糸。これも痛かったあ。「ちょっと痛いで」と言われたけどむっちゃ痛い。つらかったです。
この頃からすこしづつおっぱいが張ってきました。でもまだうまく飲めなくて、おっぱいははる、でも出ない、で痛かったので、授乳の後、部屋で搾ることにしました。お昼過ぎには、母親教室でお世話になった助産婦さん、奥田さんが出産を知って来てくれました。おっぱいマッサージをしてくれて、気持ちよかったです。初乳はでてきてるみたい、でも、乳腺がまだしっかり開いてないので、がんばって飲ませなさいねと言われました。

 5日目。がんばって夜中の授乳をすることにしました。この日はおっぱいが張って張って今度はそっちの痛みがつらくて眠れませんでした。
 あんまり痛かったのでタオルをぬらしてちょっと冷やしたら楽になって眠れたけど、朝搾ろうと思っても全然出なくて、ほんとはしたらだめだったみたいです。
お昼に退院診察。初めて辻先生以外の先生でした。一応順調だけど、子宮の戻りがちょっと悪くなってるので、と薬をもらいました。

 6日目。この日も夜中に搾って、授乳。で、退院の日です。11時くらいにするつもりだったので、朝の授乳を2回してから、赤ちゃんの用意をしてもらいました。いよいよ退院です。泉北のお義母さんとうちのお母さんが来てくれました。出生届けも健保の証明書ももらって、電話代も払って、皆さんにお礼を言って病院を出ました。

 たった1週間の入院生活だったけど、人生初めての経験ばかりで、いっぱい痛かったけど、楽しかったです。

 

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