灰色の記憶

 

雨の日の灰色
空も灰色
川も灰色

上海市を西と東に分かつ100キロの大河
その幅広い|黄浦江《こうほこう》に架かる橋は
|仄《ほの》明るい川面に黒い影を落としている
街灯が白く点々と灯った橋を渡る人の影も黒い

この橋を渡って向こう岸に着いたとしても
灰色に沈んだ樹木の先に原色は見当たらない


沿岸の建物群にはたくさんの窓
その窓々の奥には人が住んでいるのだろう
とはいえ
想像力をいくら駆使してみても
人の気配を思い描くことができないのは
この灰色のせいなのだろうか

そんな景色を鳥の視点で眺めていると
記憶の中の謎めいた扉が少しずつ
開いてゆくようにも感じる

だから今夜もまた
文庫本の写真を眺める

夢の中で
向こう側へ
行ってみたいから

陰鬱で寂しい景色が
なぜ懐かしいのか
見つけたいから

そこは
いにしえの上海