Top>一般ログ>02年11月 |
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更新リスト | |
2002/11/01 | 07.クローン |
2002/11/01 | 関西は今日も雨だった。 |
2002/11/02 | 08.無限 |
2002/11/02 | 昨日のノリ |
2002/11/03 | 09.鶏と卵 |
2002/11/03 | ひ弱な学生の限界 |
2002/11/05 | 超絶難解文 |
2002/11/06 | 真理 |
2002/11/09 | 驚きの連続 |
2002/11/12 | 年賀状の住所 |
2002/11/16 | 萌えイラストの心理学 |
2002/11/21 | タイムマシンについて |
2002/11/24 | ちゃんと理解、できるかな? |
2002/11/26 | 理性の光 |
2002/11/29 | 故に、永遠の謎 |
「ねぇねぇ博士。クローンって何ですか?」 「うん、クローン?随分いきなりだね・・・。たしか、クローンっていうのはそもそも同じ遺伝子をもつ複数の生物をさすらしいけど・・・。そう、昔調べたときに、そう書いてあった記憶があるよ。だから三つ同じ形のペットボトルがあってもそれはクローンとは呼ばない」 「へぇ〜・・・。えっとじゃあメカニズムなんかはどうなってるんでしょう。仕組みっていうのかな?」 「仕組みねぇ。まぁ、良く問題になったりするのは、某クローン羊を作るときにも使われた体細胞核移植って技術だね。これはまぁ生殖細胞とかの部分の遺伝子じゃなくて、普通の遺伝子を持った体細胞を利用する。髪の毛とか耳とかそういった細胞だね。テクニカルな部分の説明はいる?」 「あ、それはいらないです」 「そう、じゃあ技術的な部分は端折って概略だけいうと、まずその体細胞を未受精卵子に核移植するんだ。一応これはクローン胚っていっておこうかな。勿論それだけじゃあ細胞分裂できないので、普通の子供と同じように、仮親の母体の卵管にクローン胚を移植する。で、後は自動的に細胞分裂で増えるのを待つと。結果的に元の生物と同じ遺伝子を持った生物を生み出す、という感じかな」 「うーん?何かややこしいですけど、つまり一般的な赤ちゃんの受精卵の代わりに、クローン胚っていうのが細胞分裂して、後の出産以降は普通の赤ん坊と同じってことですか?」 「まぁ、そうなるね。成長も分娩も普通の赤ん坊と同じ過程を辿る」 「やっぱり。で、クローン胚っていうのは、元の生き物と同じ遺伝子なわけですよね」 「同じだよ。まぁ正常に分裂させるのは大変なんだけどね」 「うーん」 「どうしたの。お腹が痛いの?食べ過ぎかい。あっコーラの飲みすぎじゃないか?変なものいれて飲むから」 「ち、違いますよ。いやだな。変な噂を振り撒かないでくださいよ」 「事実じゃないか、わさぶっ」 「ごめんなさい!思わず肘がっ」 「思いっきり体重が乗っていたが」 「気のせいですよ。・・・じゃなくて。えっと、例えば私のクローンってじゃあ、作れるんですか?」 「理論上は作れるよ。どこぞで人間のクローンが出来たとかいう話を聞いたよ」 「ふんふん。つまり私と同じ遺伝子をもった赤ん坊が、誰かのお腹から生まれて来るわけですね」 「その通り」 「それじゃ、その話はこっちにおいておいて。博士、一卵性双生児の定義を教えてください」 「定義も何も、一つの卵子が細胞分裂の途中で二つになって、改めてそれが分裂して結果的に二人になって生まれて来た赤ん坊達のことじゃないか」 「ですよねぇ〜?遺伝子は同じですよねー?」 「当たり前じゃないか」 「じゃあ博士。クローンって、年の離れた一卵性双生児っていう認識、間違ってますか?」 「間違ってないとも」 「・・・即答ですね」 「当たり前だろう。まぁ厳密にいえば違うものだけど、結果自体は年が離れているという差しかでないし、それは別に悩むほどのものでもないと思うけど」 「だってほら、倫理的な問題とか、良く話するじゃないですか。戦争のためにつよーいクローン兵士をたくさん作ったりするのは倫理的にどうとかこうとか」 「倫理的も何も、コストが高いから実現は無理だよ。強い兵士作りたいなら優秀な軍隊を用意して民間から募った方が手っ取り早い。いくら強い兵士が欲しいからって、わざわざ赤ん坊から育てるバカな人はいるのかな?」 「いや、でも、じゃあ、ヒトラーのクローンを作ったりする崇拝者がいたらどうするんです?怖いですよー。ヒトラー再来。それに天才のクローンばかり作って、人間同士の優劣が発生する可能性もあるかもしれないですし」 「あはは。人間の心の成り立ちなんて素質1の環境99だよ。ヒトラーの双子を用意したところで、同じカリスマと思想と危険性を備えさせるのは中々難しいんじゃないかなぁ。これもやっぱり民間から探し出したほうが早いと思う。天才ばかり作ったおかげで人間に優劣が発生したり、選民思想が生まれるっていう話も聞くけど、それについても杞憂だという気がするね。そりゃ、クローンが安価でしかも一日でパッと作れるものなら天才ばかり溢れる危険があるかもしれないけど、教育費とか変わり続ける環境への適性とか、当人の自由意志とかの問題点を考慮すると、先行投資のリスクが大きすぎるよ。それが仮にお金のなる木だとしても、生長する場所も成長させる人も、お金自体の価値も常に変動し続けるものだからね。誰がわざわざ高いお金を出して天才のクローンを作るかって話」 「うーーーん、なるほど。でも、じゃあ、クローンに人権を認めさせず、元の人間の臓器のためだけに生まれさせた、としたらどうです?」 「人権を認めないのは難しいと思うけどなぁ。何しろ、クローンも正真正銘人間なわけだし。人間から人権を奪うとどうなるかは結果が見えてる」 「は、反乱ですか!?」 「一般人の反対運動だよ。あはは、反乱って君、面白いこというねぇ」 「・・・恨みますよ。でも、臓器のためだけに作るのはやっぱり倫理的に問題ありますよね」 「あって当たり前だね。でもまぁ、臓器だけのクローンっていう構想もあるわけだし、それも問題無いだろう」 「え、そんなのあるんですか!?」 「一部の臓器や器官だけを作る技術が、未来にはできるかもしれない、という話だけどね。でもそうなると、便利な世の中だなぁ」 「ですねぇ。日々科学は進歩しているわけですね。ん?でも、じゃあ人間のクローン技術はどうして規制されているんですか?」 「そりゃ戸籍登録が面倒だからさ」 「あぁ、なるほど!お役所仕事ですね」 「そうそう。人間をコピーするだとか自然の摂理に反するとか、そんなのは言い訳。六つ子だからって、おそ松くん兄弟の誰が劣っているというわけでもないのと同じくらい、クローン人間は同じ人間なんだよね。それに自然の摂理に反するっていうけど、人間も自然の一部なんだよ」 「あぁ、そういえばそうですね」 「簡単だろう?だからまぁ、自然の摂理に反しようと思ったら、人間じゃあ無理だね。前に投げた石を、何の力も使わずに後ろに向かって飛ばすことができれば、それは自然の摂理に反しているといえなくもないんだけどね。でもそれが出来たからって別に悪いわけでもないと思うし」 「ですよねぇ。って、で、結局博士の意見としては、クローン技術に賛成なんですか?」 「賛成も反対も無いよ。まぁクローン技術が迷惑だという人がいて、それが論理的なものなら僕はクローン技術に反対するし、迷惑だという人がいないなら賛成する、くらいの弱い意見だね」 「うーん。長々と話しておいて、結局それですか・・・」 「科学技術と倫理面についての是非って結論の出るものでもないからね。それよりも、もっと大切なのは、クローン技術で生まれてきた子供が、平和に幸せに暮らせるかどうかってことさ。最初からそれを視野に入れていない人間のクローン技術が、もしあるとするならば、僕はそれにだけは反対するよ」 「つまり大切なのは技術の是非ではなく、結果が引き起こす関係者の気持ちの方、というわけですね」 「そういうこと」 |
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えー、文化祭初日。朝からいきなり雨でした。 こんばんは、咲村です。 一時間ほど様子を見た後、文化祭運営委員は降りしきる雨の中『雨が止みそうな感じがする』との具体的な意見を提示。無事オープニングパレードが開催されました。とうぜん雨の中でですが。 びしょぬれの中、雨を含んだために桁外れに重たそうな三メートル近い旗を先陣を切って一人で運ぶ応援団員。それに引き続くは雨の湿気を含んだために振り上げるたびに飛沫の上がるボンボンを持った大量のチアガール。鬱陶しそうに顔をしかめる様子が印象的でした。そして前を守るように歩くのは国旗の四隅を持った四人のローバースカウト。もちろん広げられた国旗に現れた中央のくぼみには自然に水溜りが存在します。世界最高レベルの吹奏楽団の楽器は雨に弱いため、それを防ぐためにビニール袋の中の楽器で演奏された校歌の覇気はもはや見る影もありません。 はっきりいって、無謀としか思えない行軍でしたが、後半に並んだ各クラブ代表のうち、その名の通り鴉の濡羽のような漆黒の羽織袴を身に纏ったブカブカの少女を見た瞬間、僕は思わずあぁ良かったと思いました。 何が良かったかというと両手で傘を持っている様子がまるで可愛らしいお人形のようだったとかそういうのでは全然無いという方向で。 そういえば、チアガールの パレードの中こういう話を切々と後輩に語った結果、ミニモニFUCKだピョンを見る後輩自身よりも先輩である僕の方が遥かにマニアックだという貴重な意見を頂きました。ありがたいお言葉ですけれど残念ながら僕は普通の人だと自覚してます。いやホントに。 |
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「聞いてくれリカくん、ついに時間を止める方法を発見したぞ」 「いきなりですねぇ。博士、忙しい忙しいといって、ついに頭がオーバーヒートしちゃいました?」 「何を。むしろ急激な環境の変化に対応したといって欲しいね」 「試験勉強が、急激な環境の変化、ですか……」 「な、何だその目は!!」 「まぁ、いいですけど、で?時計を止める方法ですか?電池を抜くとか」 「時間だ!!」 「おお、時間。忙しいっていってる割にそうやっていつも脱線するから周りに心配かけるんですよ」 「う……。まぁ放っておいてくれ」 「私は別にいいんですけど……。で、時間を止める方法ってなんです」 「うん。リカくんは無限とは何か解かるかな?」 「飛びますねー。無限、ですか……。限りなく延々続くこととか、ものですか」 「その通り!概念として用いられる場合も数学として用いられる場合も同じようなものだな」 「そりゃそうですよ。小学生でも知っています、それくらい」 「だよな。僕も小学校の時は無限って言葉に胸をときめかせたものだ。電卓で√を何度押したら1になるか、とかな……」 「そ、そんなことしてたんですか。しかもそれ無限と違いますし」 「そう。人工物の儚さを痛感した瞬間でもある」 「そんなことで痛感しないでください!で、無限の話はどこへいったんですか!?」 「まぁまぁ、これも小学校、じゃないな中学校か。中学校の話題なのだが、0.999999……=1っていう証明について見たことはあるかな」 「あ、あります!えと、えと。……何でしたっけ」 「……。まず、両辺を10倍すると9.9999…=10だろ」 「ええ」 「で、その10倍したやつから連立方程式で元の等式を引くんだ」 「ふむふむ、左辺は9.9999...-0.9999...=9で、右辺も10-1=9になりますね。……ってあれ!?」 「な。実は両辺は等しかったのだ!」 「えーっ!!でも、そんな、明らかに表記が違うじゃないですか!文字の形が意味を持つ数学で、文字が違うってことは別物じゃないんですか?!そもそも、0.9999……=1だったら、0.999……8も、0.99999……7も同じってことになって、1=0ってことになっちゃいますよ!?」 「やっぱり知らなかったようだね?数字っていうのは、例えば1も2も100も全部同じ数なんだよ」 「そんな!嘘つき!」 「だってほら、君、0と1のあいだに数字は何個あると思う?」 「えっと。0.1も、0.001も0.0000000000001も、どんな小さな数字でも良いんですか?」 「当然」 「じゃあ、無限個ありますよね。たぶん」 「そうだよね。じゃあさ、君、1と2の間に数字は何個あるか解かる?」 「……無限個、ですよね」 「そう。じゃあ0と2の間に無限は何個あるかな」 「……無限個です」 「0から、無限の間に数字は?」 「無限個」 「ほら!1〜2も1〜100も内包する数は無限で等しいんだ!全ての数字は内包する量で区別されていると定義するなら、全ての数字の内包する数が等しい以上、全ての数字は同じってことなんだよ。解かったかな」 「え〜〜〜〜〜〜〜っ!!!????」 「だからむしろ、さきほどの1と0.9999999……が等しいかどうかなんて、実に些細なことだといえるね」 「…………???」 「同じように、昨日も今日も明日も時間の流れを数字に置き換えるなら全部同じだといえる!!1秒と2秒の間にある時間は無限にある。しかしそれと同時に、1秒と3秒の間にも無限に時間は存在するのだ!!だから例えばテストまでの期日は明日のように思えて今日のように思えて、実は無限の未来にあるのだ!!この考え方は現実逃避に対して非常に有効な手法だといえよう!!」 「…………博士」 「何かなリカくん」 「……虚しいですねぇ」 「いうなっっっ!!!」 |
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ミス大学コンテストに後輩を引き連れて行ってきました咲村ですこんばんは。 ホントは行く予定じゃなかったんですが、新聞会というクラブが持つ移動&撮影が自由自在という特権を生かして参加しました。しかしあれですね。僕はもう一年ほど記事を書いていないのですが、こういう美人コンテストを記事に仕上げた場合どうなるのか怖いものがあります。例を引いてみましょう。 通常 11月2日我が大学のノーベンバーホールにて、大学祭実行委員会主催の大学美人コンテストが行われた。これは一般公募によって参加した我が大学の大学生が互いの美貌、容姿、知識、歌声などを披露し競い合うというものである。評価は三人の審査員に委ねられ、彼らによる合計得点によって優勝が決まる。 今回のコンテストでは8名の応募があった。すでに十分前の会場では人が次々と席につき始め、これから始まるコンテストに多くの期待を寄せている様子が窺われた。開演時にはほぼ満席となり、通路で邪魔にならないようにしゃがんで見る人も現れたほどだ。コンテスト自体も、心理クイズ、恋人の有無などの質問を経て順調に進行した。途中のカラオケでは演奏が途切れるなどのハプニングがあったものの、観客席からの拍手や参加者自身のフォローによって見事な盛り上がりを見せた。イベント参加者観客が一致団結した瞬間だといえよう。最後に波乱の連想ゲームが行われた後、審査員による判定が行われた。気丈にイベントをこなしてきた参加者の面々にも緊張が走った瞬間である。厳粛な司会の口上の後、見事栄光のミス大学に選ばれたのは法学部三年生の○山加○さんであった。発表の後、表彰される○山さんを包み込むかのように、拍手は会場内に鳴り響いた。 以下は○山加○さんへのインタビューである。 (以下略) もしも変なノリで書いたら。 ともあれ最初に登場したチャイナドレスが目を奪う。ノーベンバーホールにて行われたミスコンである。そして続くように入場門から現れたのは、あくまでもシンプルなセーラー服、西洋の人形を思わせるような大仰なドレスを身に纏ったメイド、すこしブカブカのパジャマ、鮮やかに着こなされた着物、ブレザーとスカートが眩しい学生服、清楚という言葉がそのまま当て嵌まりそうな禁欲の黒と清浄の白に身を包んだシスター、赤と黒の対比が目に映える薄いドレスを着た妖精(黒光りするブーツが素晴らしい)、そして結婚披露宴から抜け出して来たかのような純白のドレス。ミスコンというイベントとしてはこの上ない演出である。序盤は無難に心理クイズなどを行い押し進めるものの、後半は空恐ろしい盛り上がりであった。彼女たちが行うのは酷ともいえる内容のボディランゲージによる伝言ゲーム。照れを含んだ初々しいアクションが舞台の上で次々と繰り広げられる様はもはや他にどう喩えればよいのだろうか解らない程度に悶々とせしめるものであった。 そしてカラオケである。狙ったかのようにブツリと途切れる演奏。戸惑い、困惑のあまり頬を赤く染めて一瞬立ちつくす妖精。わざとやったのであれば大学祭実行委員を心より表彰したい。 思わず手を差し伸べたくなったのであろうか、観客席からはがんばれ、と応援の声が。 そして少しぎこちなく微笑んで、ゆっくりと歌い始める妖精。観客席全員の手拍子による応援。この一瞬こそまさに会場全員の思いが一致した瞬間であった。 以下は優賞した妖精さんへのインタビューである。 (以下略) さて。 いくぶん誇張表現があるものの細かい事はあまり気にしては行けない。ついでにいうと僕はマニアックでもない。 |
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「鶏と卵について聞いたことはあるかなリカ君」 「……また随分唐突ですねー」 「いつものことだ、気にしなくてもいい」 「は〜い」 「で、聞いたことはあるのかな?」 「それってどちらが先かわからないって言う意味の比喩でしょう?」 「そのとおり。しかしその比喩が間違っていることに誰も気がつかないのは何でかと思ってな」 「また、急に。どう間違ってるんですか?」 「どっちが先か決まっているのに、どっちが先かわからないという比喩として使っているところが間違っているんだよ」 「じゃあどっちが先か博士はいえるんですか?」 「当たり前だ。鶏に決まっているだろう」 「どうしてです?」 「非受精卵は孵らないからだ」 「……あ」 |
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朝起きて文化祭の疲労があまり回復していない事に気付いた僕は、バイトの時間ギリギリまで寝ることにしました。起きたのバイト開始20分前。五分で支度して全力でバイト先に向かいます。15分あればギリギリ間に合います。 自転車がパンクしてました。 この際、無視です。脚力は通常の1.3倍ほど必要になりますが、1.3倍頑張ればノープロブレム。ゴトゴトとタイヤの違和感とともにバイトに到着。間に合いました。 そしていきなり疲労度MAXの状態でバイト開始。忙しい時期のため、休む暇もありません。仕方がないので体力回復しつつバイトに専念することに。 さっそく工場長にだらけていると注意されました。 回復は諦めて仕事に専念。疲労度は何故かMAXに維持されたままです。 人数が少なかったためいつもより1時間オーバーしてバイト終了。雷と豪雨の中、自転車屋さんに直行。帰宅後、冷えた身体を休めるために布団に入った瞬間睡眠。でもあまり回復した気がしません。 明日もバイトです。 それが終わったらすぐにクラブのピザパーティが始まります。夜遅くまでです。 その翌日は一時間目の授業があるために、朝6時起きです。 モンスターファームのモンスターは疲労がMAXの状態で行動すると寿命が10週間ほど縮まります。 |
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君が間違った事自体間違っているという僕の聞き間違いが間違っているのなら間違いなくそれは間違いだ。 |
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痛い日常を日記にしている人へ
つまりそういうことらしいです。 |
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マウスの真ん中の丸いホイールを回した時の画面の反応がなくなりました。 ほんの1秒前までは普通に上下にスクロールしてくれてたのに、唐突に無視を決め込み、まるで話を聞いてくれる様子もありません。 タブブラウザでは結構重要な役割を担ってくれるこのホイール。動いてくれなくては話にもなりません。でもまぁ、マウスの利きが悪くなったらちょっと中開けてボール出して掃除すれば良い程度の機械ですし、ホイールの部分もちょっと解体して掃除すれば治るかなと思いました。 どうせオモチャみたいなもんですしね。 ぱかっ。 ほんとにオモチャみたいでした。こんなもの使ってインターネットを巡回したり、大富豪のカードを選択したり、ADSLの申し込みをしたりしてたなんて自分でもビックリ。異常な埃に二度ビックリ。何だこれは。埃のマリモが約二体、広がるのは絨毯みたいな埃だとぅ。こんな小さな機械の中によくもこれだけ潜んでいたものだ。たまにチラッと見えたりはしてたので、何かが住んでるとは思ってましたが、こんなにたくさん埃が住み着いているとは。 ともあれ掃除!掃除!掃除!・・・の途中で部品が次々と零れ落ちる。あぁ。 ・・・えと、どの部品が、どの部分だっけ? まぁ、とりあえず掃除だ! で、適当に掃除が終わって、適当に部品を掻き集めて。 適当に組み立てたんですよ。 大丈夫、ホイールは動きます。 マウスの調子もいいです。 余った部品はありません。 完璧です。 完璧なんですが、今度はホイールを動かすたびに変な音が聞こえます。 |
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年賀状って、差出人の名前がなくてもちゃんと届くんですヨ。 ※管理人は小・中学校時代、友達へ送る年賀状の差出人の住所を『アリアハン』や『さたーんばれー』にしたり、名前を『オルテガの父』や『どせいさん』にしたりして、まともに送ったものが少なかった(ちなみに帰ってくるものも同じ趣向でどれが誰からのかさっぱり解からなくて苦心した)。 |
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ゆつきさん、宣言は果たしましたよ〜。 (注:当時トップ絵にあくまでも一時的にネコ耳イラストを飾っていた) ある意味命懸けの咲村ですこんばんは。 もちろん懸けているのはサイト生命ですが、サイト生命が終わるよりも先に、あんな絵をトップにでかでかと飾ってる時点で普通の人としてすでに終わってるなんていう突っ込みは無しの方向で。 自覚してますから。 そもそもトップ絵は全身像だったんですが、あまりの下手さに絶望してついでに衣服への着色も面倒くさがったおかげで上半身だけになっちゃいましたごめんなさい。……それにしても見返すとツッコミどころの多い絵ですね。アニメCGらしきものを書くのはこれで3度目ですが、その割に巧くなってないというか。まぁ書いているうちに色々と発見がありましたし、良しとしましょう。 例えばどんな発見をしたか、ですね。そう、具体的にいえば、何故キャラクタ化された人物の目は無駄に大きいかとか、でしょうか。アニメイラストは特にそうですね。例えば今までで一番驚いたのは、勢い良く輪郭から目がはみ出していた絵ですが、何より恐ろしいのはそれを許容できてしまう人間の認知。 アニメイラストにおけるキャラクタは眼球が頭部の5割を占めるほどに肥大しており、鼻及び口が小さいです。加えて感情の表現、例えば焦った時などはいくつかの謎の水滴を撒き散らして表現するようですし、怒りを表すときなどは、恐らく血管が浮かび上がっているのであろう記号が、なんと髪の毛の上に出現したりもします。二頭身三頭身七頭身八頭身は当たり前、稀に1.5頭身や十頭身のキャラクタまで現れるしまつ。 現実に現れ得ないこれらの「人物」を、何故人は許容できてしまうのでしょうか。 その答えは印象にあります。 具体的にいうならば、認知のバランスでしょうか。人は、誰かと話をするとき、見るとき、顔を見ます。目を見ます。そのとき、目に注意が行きますよね。そのために、それ以外の口や鼻への焦点はぼかされてしまうのです。 絵心の無い幼児が人物の絵を書くとき、顔が異様に大きくなり、目鼻口の各部分が部品として描かれるのもそれに似ています。これはあくまで印象をそのまま絵にしただけであり、人が許容できる認知的なバランスとは少し違いますけどね。印象と、自覚を昇華させ、技術を極めていった結果、現れるのがアニメイラストなのです。 これが、例えばあくまで写実主義に徹するならばこのような進化をすることはなかったでしょうが、遍く全ての絵には、写実の限界があります。物理的な原因についても勿論そうなのですが、例えば壮大な景色を写真に撮ったのに、現像してみるとチャチな、思ったよりもちっぽけな風景になってしまっていることがあります。これは人間の認知の問題ですね。例えば壮大な山を見たとき、山に焦点が集まり、雰囲気など諸条件も交わってその他の風景は圧倒され、普通よりも小さく見えます。周りの風景が小さく見えるのならば相対的に山が大きく感じられるのは当然といえるでしょう。 写実的な絵を排し、従来の遠近法を無視し、感性のおもむくまま、認知の、印象のおもむくまま、アニメイラストを最初に描いたのはフランスの画家ポール・セザンヌです。 それはまぁ冗談で、その時の風景を写実的にかつ、その時の感動を甦るように絵を描いたのがセザンヌというだけなんですけどね。つまり、写実的な絵には自ずと限界があるのです。ならばということで、写実的な絵を最初から諦めてしまった時に現れる手法。それが、アニメイラストなのですね。人物像において印象に残らない部分を切り捨て、印象のある部分をアピールし、極端なデフォルメと、洗練された「魅」の要素をふんだんに盛り込んだ、ある意味無駄の無い形態。常識的なものとして記号化された「怒り」「汗」は必要最小限の形を持ってイラストに盛り込まれます。もちろん、デフォルメに撤する一方で必要な部分は現実を忠実に再現します。衣服の皺、家具や調度品の光沢、などがあげられますね。もちろん、それらもデフォルメされたキャラクタの後から存在する以上、キャラクタとの調和を図らねばなりません。余計な質感や、圧倒的なリアリティは排除されるべきなのです。 写真、あるいは実際の風景を背負ってアニメのキャラクタが歩いている姿が異様なのはこのためです。実際の風景を背負って歩かせたければ、同じ世界の人物を歩かせねば違和感が甚だしく増大します。3DCGの世界にも同じことがいえるでしょう。 つまり、アニメイラストとは、人を認知するときの知覚的なバランスを重視した、あえて心理学的な角度から表現するならば、それは人が人を認識する際の認知的感覚地図だといえるわけです。実に学術的ではありませんか。 しかして残念な事にそのイラストがアマチュアの手によって実践されるとき、それは局地的な嗜好形態、あまり宜しくない言葉を使って表現するならば、それは『萌えを実践する人』。すなわち『オタク』として認識される傾向が高いように見受けられます。理由は簡単ですね。 認知的な感覚地図なのですから、その人の認知が最大限に発揮された部分が最大限に描かれるわけです。つまりそのまま欲望の権化なわけです。男性から見た女性のインパクトのある部分、女性から見た男性のインパクトのある部分。理想像。願望。それらの熱き魂を自らの情熱に乗せて叩き込んだイラスト。 該当者が引かない訳ないじゃないですかって話。学術的であると同時に歪な心の投影機。アニメイラストとは奥が深いです。(会社に行くための勉強と、勉強のための勉強があるのと同じに、全ての技術には目的のための技術、技術のための技術、が存在する事もお忘れなく)。……でもまぁ逆に言えば、どうすれば理想像ガリガリ持ってる人にモテることができるか、という嫌な答えも導き出せそうな気もしますけどね。 そうだそうだ、せっかくですし学術ついでにちょっと公式でも作り出してみましょう。 【でじこの定理】 C{R×(T-S)}=A R=リビドー T=テクニック S=セルフコントロール C=カルチャー A=アニメイラストの萌え度(%) 文字に変えると『描き手の技術から描き手の理性分の技術を減じた後に欲望を乗じた上で、さらに見る人の文化的許容度を乗じたものがアニメイラストの萌え度である』ということですね。うん、素晴らしい。自分や、知り合いの誰かさんを当てはめてみると不幸になること受けあいです。がんばれっ。公式を変形する事で相手の欲望や理性の強さが測れることも忘れるなっ。 たまにネジが緩んだかのように長い文章を書くことが売りのHALですが、今日はまだ続きます。実は先ほどの文章では髪の毛の色について瑣末なことでしたのであまり言及していませんでしたが、アニメには信じられない色合いの髪の毛が多々登場しますよね。下手をするとプロアマはともかく、奇抜なミュージシャンに見えかねない髪型色合いが、日常生活に溶け込んで自然に生活しています。赤に橙、黄色に緑、青に藍に、紫に〜。しかもどうやら虹の色は全部ありそうな感じですヨ。 現実には存在しない髪の色。当然デフォルトではありえません。それではこの異常な色はどこから涌いて出たのでしょうか。一瞬悩ましげなこの問題ですが、答えは簡単です。 デフォルメされたということは、バリエーションが減ったということである。 ちょっと格言っぽく書いてみましたがそのままです。デフォルメというのは洗練を極めるという性質上どうしても、キャラクタの顔がみんな同じに見えてしまうというデメリットが存在するのです。それを回避するために生み出された打開策こそが、髪型の変形、髪の毛の色の変更ということだったのです。 そう、キャラクタはもはや髪の毛で判断する時代に突入したのです。 髪の毛でキャラクタを立たせなければ行けないにもかかわらず、同系色の色の髪型を持つキャラ同士は印象が同じになってしまうというジレンマ。ならば色を変えてしまえばよい。色の数だけキャラが増えるわけなんです不思議ですね。ようは見栄えの問題でしょうか。映像全体のカラーリングに溶け込むと同時に、必要な識別記号としての役割を担っている。だから不自然に見えないのかも知れません。 現実でそれを実戦する困ったさんが、世間さまに白い目で見られてしまう理由もこのあたりにあります。現実の人間には同じ顔の人間は一人もいないんです。ようするに存在するだけでキャラが立っているってことなんですから、迂闊に髪の毛の色を青なんかにしてしまったら最後、キャラが立つというよりはむしろ浮く。リンゴとトマトが並んでても十分違うのに、あえて違いを強調するためにトマトをブルーにしたら食欲は減退する一方ですよね。とても喰えません。 でもまぁトマトとリンゴが並んでいれば確かに、個々の見栄えが良くないというのも事実。なら少し未熟な青リンゴとか青いトマトを用意するという手段はどうでしょう。これなら自然ですし、見栄えも少しはよくなりますよね。……実は、これこそが今の茶髪の理由なんです。黒い髪の人間が100%を占めるよりは余程綺麗です。茶に染めた髪があるからこそ、黒い髪に価値が出て来、黒い髪という地があるからこそ、茶という髪が映える。過ぎたるは及ばざるが如し。適材適所。世は相身互い。相互作用の大切さがここにあるのではないでしょうか。 さてさて。アニメ談義のはずが何故か訓戒みたいになりましたけれど、それはさておき。ものごととは、かくのごとく文化的に認知されうる許容域とバランスが何より大切なんですね。 これは、たぶん何事にもいえることではないでしょうか。死んで花実が咲くものか。知識は使えるうちに使うべきだと思います。世の中には無駄な知識などないのですから。 (ゆつきさん、速攻の情報提供ありがとうございます♪以下引用です)
さてこの情報を無駄にしないためにも追記です。 僕は寡聞にして岡田斗司夫さんという方は知らなかったのですが、日本の浮世絵におけるスタンスと、アニメイラストの相違については若干意見を異にします。実際的な意見を知らないわけで、きちんとした異論になるわけではないのですが、例えば上記のエイゼンシュタインという人の引用によると写楽の絵は「充分に意識した上で彼は常態を退けたのである。といって、目鼻だちのひとつひとつは濃度の極めて高い写実主義をたよりにして、描かれている。」とか。 ひとつひとつは写実主義を頼りにして描かれている。 この部分ですね。僕の感覚としては、……というか、あくまでも個人的な意見なのですが、先に書いたように、アニメイラストとは写実的な絵を最初から諦めてしまった時に現れる手法なんですね。絵画の基礎を踏襲するより前に描かれる。つまり基礎を固めた後にデフォルメを撤した写楽とは、根本的に違うのではないかと思うわけです。これは先ほどのセザンヌのこととも関わってきますよね。セザンヌは絵画としての実力を十分に蓄積した後に、応用として認知的な印象を強化するという技術を導入しているわけです(『アニメイラストは基礎を踏襲する前に描かれる』などといってるものの、勿論、それ自体の技術が発達した結果としてのアニメイラストの基礎というべきものが存在するのも一方では注目すべき事実です)。 これは割合レベルだけの違いじゃないですよね。ベクトルそのものが違うんです。例えば印象に特化した絵。写実を印象として生かす絵。写実を印象という技術を以って生かす絵。目指すところがそれぞれ違うんです。包丁、刀、カッターナイフの違いといったところでしょうか。欧米のアニメもそういう点では立脚点が違いますよね。文化的な感情の表し方自体が違うから仕方無いのかもしれませんが。 そうだそうだ。それから表情について言及するのを忘れていましたね。人の表情としてアニメキャラの顔で重要な役割を担うのは、目、眉、口、だけのようです。先のゆつきさんの引用からも窺えるように、目、口の認識は別のチャネルを通じて行われるようですが、もしかしたらそれは眉にも同じことがいえるかもしれませんね(密かに実験してみたいなと考えたり)。ところで目といえば、絵における人の目はなぜ、両端が解放されているのでしょうか? これの答えもやはり焦点によります。人は目を見て話す。そして目とは黒目部分を指すのです。だから黒目部分の大きいイラストが多く、黒目より遠い両端は認識が薄くなるんです。 最終的な感想ですが、アニメイラストを参考に人が人に受けようと思ったならば、アニメイラストで強調されて描かれている部分はすでに強調されて認識されていることに他なりませんから、それをさらに強調する真似は止めた方が良いと思います。過ぎたるは及ばざるが如し、ですね。 以上、追記でした。 何というか、その。天邪鬼で申し訳無い。 |
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タイムマシンといえば。 SF型のタイムマシンで半年後、まったく同じ場所にタイムスリップした場合、みなさん、どうなると思いますか? 『同じ場所』の定義にもよりますが、公転する地球においていかれ、結果、宇宙空間に放り出される可能性も結構高いと思われます。 |
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昨日今日とゼミの合宿に行ってきたわけなのですが。僕が行く先々では、なぜか必ずや雨が降ります。 ・・・。 ここは人類の叡智、三段論法で考えてみましょう。 大前提 : 僕が行く先々で必ず雨が降る。 小前提 : 僕は一人旅をしない。 結論 : 僕の周りの誰かが雨男である。 予想通り、僕の周りの誰かが、必ず雨男なのだという結果が得られた。 |
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最近一緒に学校に行っている友達がいるのですが。 そう、中学校時代に塾が一緒だった友達です。3年間ボケキャラで通した、面白い奴です。 で、今日も今日とて一緒に行くという約束も無いままに、時間帯が一緒だという理由だけでばったり出会ったわけなんですよ。 「おーっす」 「おー」 そうやって最近談笑しつつ一緒に通学するわけです。 実に平和です。電車に揺られながら懐かしい会話が弾みます。 ただですね、僕には一つだけ気がかりな事が。 でも。 人間としてそれだけは聞けない。 君の名前、何だっけ?なんて |
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