つれづれに・京都あれこれ (2013年発表分)「測量船」より

雪は落ち樹立に冬(2013年12月)

   「(どこかで雪が落ちた。)私は額をあげ、眼深くした帽子の庇を反らし、樹立にぐつと肩を寄せた。」(私と雪と)

 私は林の中に立ち止まる。今はすっかり冬だった。私は浮かんだ言葉に節をつけ、口笛を吹いてみた。私は落葉を踏んだ。木々は枯葉を落とし、帽子を覆う。私は眼深くかぶった帽子の庇を持ち上げ、額をあげる。そこにあるのは空と風。からっぽのように青い空、さざ波のようにかすめる風。私は欅の木にもたれかかり、過去を思う。私が出てきたところ、詩を書き留めたところ、墓標をしまってあるところ。いつそこにたどり着くのか、わからないまま歩いてきた。私はもう一度、ゆっくりと口笛を吹いた。木々の向こうから誰かが来る。思いだす間もなく距離が縮まり、私は人を迎えた。
 12月はおもてなし。南座の顔見世興行で自分をもてなそう。今年は二代目猿翁、四代目猿之助、九代目中車の襲名披露です。猿之助は得意の四の切と黒塚で、新たな猿之助像を見せてくれます。中車が挑むぢいさんばあさんと綱豊卿は、しぶいところです。旅路の嫁入、二人椀久、新口村と揃った、親子・兄弟による舞踊も楽しみ。
 夜の灯りはもてなしの心。23日からの3日間、平安女学院ではアグネスイルミネーション。海をコンセプトに、国際人へと羽ばたく学生たちの出発点が手作りで示されます。15日から24日は、約10万球のLEDで府立植物園が装飾されます。観覧温室では、夜のジャングルや砂漠サバンナが待っていますよ。
 三条大橋から三条河原町までは、サンコバイルミネーション。三条小橋商店街による、「龍馬とクリスマス」と題したイベントです。タイムズビルではイーゼル芸術工房による野外ライブ、レシート2000円以上持参で似顔絵プレゼントと、これはうれしいおもてなし。25日までです。
 京のおもてなしは、やはり京菓子。上京区の京菓子資料館では、「明治・大正期の京菓子」展が開催中。菓子図案帖に描かれた京菓子を再現して、近代という新しい時代の中で工夫を重ね続けた、先人に想いを馳せる企画です。貴重な書籍類の展示とともに、上生菓子の茶席も用意されています。22日まで。
 そのものずばり、角屋もてなしの文化美術館をご存知ですか。JR丹波口駅の、旧・島原遊郭跡にある美術館です。15日まで、練物図と太夫道中資料展が開催中。上方浮世絵の美人画の役割を果たす練物図、島原の太夫道中などの年中行事の資料を見て、花街の風流を想い浮かべてください。
林と夕暮と落葉色(2013年11月)

   「秋はすつかり落葉になつてその鮮やかな反射が林の夕暮を明るく染めてゐる。」(落葉)

 喧騒の中を私は歩いた。誰も私を知らない。私は誰も知らない。向こうから日が当たる。私の顔が明るく染まる。私は歩く。右足は慎重に。左足は大胆に。足が道に跳ねられる。石が靴で跳ねあがる。向こうから人が来る。右へ左へ。私の小さな歩幅の後ろから人が来る。人が過ぎる。人が行く。私はゆっくりと大地を踏む。いつしか沈黙の中にいた。私は林の中に立ち止まる。落葉が敷き詰められている。木々は成熟を誇っている。人は消えてそこにあるのは空と風。今はすっかり秋だった。私は想い出すままに唄を作った。
 11月は挑む月か。今年の京都賞受賞者は、電子工学者のデナード博士、進化生物学者の根井博士、そうしてなんとフリージャズのセシルテイラー。記念講演会は11日、記念ワークショップは12日に国際会館でありますが、セシルテイラーは講演でなく受賞記念パフォーマンス。即興に挑んできた彼は、何を聞かせてくれるでしょうか。
 現代音楽にタイトルをつけることに、挑んでみよう。若手作曲家の新曲初演を聴いて、タイトルをつける、聴衆参加型の演奏会です。作曲家は7人、曲はソプラノ歌曲、地唄、ピアノ、ヴァイオリン、チェロ曲と色々です。ただし、最後に選ぶのは作曲者。京都コンサートホールで10日にどうぞ。
 1200年の京都歴史ウォークに挑む人は、18日に京都アスニーに集合。平安宮大極殿跡から、千本通(昔の朱雀大路)を南に歩きながら、平安京の史跡を訪ねます。リサーチパークまでの2時間半、楽しそうです。京都アスニーには、古典の日記念・平安京創生館があり、歴史資料が展示されています。こちらも是非どうぞ。
 同じく、歩く挑み。1日から17日は、歩いて暮らせるまちづくり推進会議によるイベント。15日からの3日間は、「あるくら散歩ツアー」と題して、ガイドが種々の街歩きを案内してくれます。「京都のへそを訪ねる」など、どうでしょう。三条まちかどミュージアム、錦市場・鍋まつりなども、面白そうです。
 匂い袋への楽しい挑み。西本願寺の門前に店を構えて410年、薫玉堂が第15回目の匂い袋展を、24日まで開催します。15日は匂い袋製作教室、16日と17日は匂い調香体験、23日と24日は聞香会と、イベント盛り沢山。期間中、展示販売や気軽な手作りコーナーが、常設されています。
柿実と風に雲飛ぶ(2013年10月)

   「柿の実したたかに石に落ち、空を仰ぐに風早く雲飛んで月もまた飛ぶこと早し。」(秋夜弄筆)

 昨日、柿の実が落ちた。今朝、露に濡れていたのが見つかった。夜の中で、新月に隠れて、秘かに枝を離れたのだろう。羽のように揺れながら、無回転でゆっくりと、土に乗る。その音は、窓を開けてまどろんでいた、詩人の耳に届けられた。落ちる間に、夢の中で、思い出が一つ消えた。それを表す言葉も消えた。詩人は、朝目覚めて、鍵を閉め忘れた裏の戸を開ける。畑に出て、柿の実を見つける。昨日聞いた音を取り出して、空いた記憶にあてはめる。詩人は、畑を通り抜け、街に出かける。
 10月は実験の月か。時代に問いかける舞台芸術の実験、京都国際舞台芸術祭が開催中。日本、ブラジル、フランス、イギリス、ドイツ、アルゼンチンから、最先端の作品とアーティストが京都に集います。未知の表現に、あなたの感性は震えるか。場所は、芸術センター、春秋座、元・立誠小学校など。27日までです。
 京都を拠点に実験的歌舞伎を模索する、木ノ下歌舞伎。人気のダンス作品「三番叟」に、今回は劇場内をツアー形式で巡るレクチャーパフォーマンスが付きました。狂言師・茂山童司も、新演出で参加します。12日と13日、春秋座に来ると、「SAMBASO」がバババッとわかるぞ。
 国立近代美術館の、「映画をめぐる美術 マルセル・ブロータースから始める」とは何か?詩人の彼は、60年代から言語とイメージの関係を扱ったオブジェや写真、短編映画の製作や、著述活動を行いました。その「読む」視点からの映像表現と手法は、戦後美術の転換期に、大きな足跡を残しました。27日までです。
 ドイツの未来を京都で探る。京大・芝蘭会館の25日と26日は、「ドイツ・サイエンス・デー in 京都」です。シンポジウム「持続可能な発展に向けた研究」、日独アカデミアによる自然科学と社会科学の日独セミナーがメイン。ドイツ企業によるプレゼン、助成金・奨学寄付金の説明会もあり、学生食堂のドイツ料理でほっと一息。
 12日は、日本酒の実験。みやこめっせの「京都・日本酒サミット2013」に行こう。京都からはおなじみ、北川本家、佐々木酒造、招徳酒造、松本酒造、山本本家など、その他全国から約150蔵が出展します。参加費2200円で、2時間試飲のし放題。京料理と京漬物の、飲食ブースもあります。
稲田を歩き遠い山(2013年9月)

   「私は稲田の間を遠く歩いて行つた。林間の、古い長い石階を上つた。それは高い山だつた。」(MEMOIRE)

 昔々、子供のときのこと。田舎の駅で降ろされた。乗り換えの汽車は終わっていた。夜更けの道を親戚の家の方向に歩いた。戸締りをした家並みが続きやがて街灯が途絶えた。あたりは畑ただ畑。遠い向こう側で黒い山が続いている。歩く歩くただ歩く。山は壁のように続く。その上に月が出ていた。丸い月が畑と道を照らしていた。道は白い。道の先は山と同じように黒く続いている。歩いているうちに気がついた。前なのか後ろなのかわからない。影が映っていない。何も気配がない。世界でただ一人。ただ歩く。そのうち着くことはわかっていた。
 9月は踊る月だって。1990年に結成され、世界各地で公演活動を続ける女性舞踊団、ダンスカンパニーディニオスによる、秋季スペシャルは面白いぞ。それは、「新版 しまばらの乱」。島原の乱から50年後の港町で繰り広げられる、恋と冒険。12日と13日、府立文化芸術会館です。
 京刺繍能衣装と踊りで、菩薩落語とはこれいかに? しかも、そのもの歩くところ萩ありとは? 答えは、萩で有名な常林寺を舞台に、刺繍工房の協力で踊りがあるから。ダンサーは日置あつしと今村達紀、打楽器は齊藤功です。14日の18:30から。この日は終日、萩供養も一般公開されています。
 バレエとマンガは、永遠なる美しさを証明できるか。国際マンガミュージアムでは、23日までおなじみ14名の作家による、バレエマンガの原画を展示中。「マキの口笛」とは懐かしい。何故か「パタリロ」もあったりして。その歴史が、実際の資料や衣装、映像でたどれますよ。
 粋な舟唄で踊り気分になろう。かつて淀川を行き来した、淀川三十石船。その水運の拠点として栄えた港町伏見の歴史をたどる、講演と舟唄公演が29日にあります。講演は御香宮神社の三木宮司、舟唄公演は淀川三十石船唄伏見継唱会の皆様です。場所は、丹波橋の呉竹文化センターです。
 俗画さとし絵とはなに? それは、長松清風(日扇聖人)が明治18年に著した、イラスト中心のご指南書のこと。本来の仏教の教えが形骸化していた時代に、仏の教えを民衆に帰そうと、欲、老い、美、批判等を描いたのです。そこには、ユーモアとアイロニーが溢れています。佛立ミュージアムで29日まで。
椅子の私に待つ夏(2013年8月)

   「林に蝉が啼いてゐる。私は椅子に腰を下ろす。私の靴は新しい。海が私を待つてゐる。」(アヴェ・マリア)

 海が私を待っている。子供たちは海を知らない。私は海を忘れた。朝、昨日の名残りで残った一滴の露。昼、熱気に揺れて土埃が舞う白い道。夜、物の怪の気配を感じながら吊る蚊帳。そこには、夏休みの興奮と憂鬱、肉体の疲労があった。私には海があった。朝、処女の恥じらいで素肌を触れさせる海。昼、娼婦の放漫さで子供たちを溺れさせる海。そうして夜、魔女の微笑みで死への入り口を見せる海。私は靴を置いてきた。帽子を流した。ビー玉を沈めた。海に私がいる。海が私を待っている。子供たちはやがて知るだろう。海に私は還っていく。
 8月は夏休み。やっぱり遊び。国立博物館では、「遊び」の特別展観が開催中。元々神々に捧げる歌や踊り、狩りや宴などを意味した「遊び」は、やがて人々の楽しみだけに催されるようになったのだとか。この展覧会では、神仏に捧げた歌舞音曲から子供の人形遊びまで、多彩な美術品が展示されます。25日まで。
 夏休みは釣りだね。マンガミュージアムと水族館のコラボ、「釣りキチ三平と魚たち展」をどうぞ。見どころは三点。アユの展示と友釣りの紹介。三平が釣りあげた日本各地の魚たちの展示と、その地域の自然の紹介。そうして、作者矢口高雄氏の直筆メッセージの展示。水族館で、9月1日までだよ。
 夏休みは妖怪で決まり。去年の総選挙は口裂け女とトイレの花子さん、今年は誰? そう、嵐電妖怪電車です。妖怪に仮装し乗車するこの電車、17日から2日間と23日から3日間、四条大宮と嵐山間を1日4便走ります。これはと思う妖怪には、SNSで投票しよう。駅には、妖怪グッズ販売や、妖怪メニュー食もあるぞ。
 妖怪と歴史で絵日記はばっちり。高台寺では31日まで、百鬼夜行展と桃山時代の美術展が開催中。河野隼也のモノノケ写真、燈明会、浴衣の茶会など、イベントがいっぱい。18日までは午後9時までの特別拝観で、ムードいっぱい。桃山時代の豊臣家ゆかりの飲食器や調度品は、勉強になるよ。
 夏休みはパンと洋菓子? 遊んだ後は、京都学園大で真面目に講義を受けよう。23日は進々堂社長による「パンと京都とともに、進々堂100年の歩み」、30日は京野菜プロデューサーによる「京都の農産物を用いた商品展開」。学んだ後おなかがすいたら、お土産の試食があるのもうれしいね。
汽船の跡夏の帽子(2013年7月)

   「汽船が滑つてゆく、汽船が流れてゆく 艫を見せて、それは私の帽子のやうだ」(パン)

 船はゆく、ぼくは海の上。船は海へ、ぼくは進む。それは午後、時は7月。誰かが呼ぶ。向うから、こちらから。わからない、わからない。ぼくは思っていた。目覚めたときの明け方、横たわるときの夕方。大昔の出来事が、すぐ目の前で広がっている。近々起きる未来が、真後ろで身を伏せている。誰かが呼ぶ。ぼくは事実を書き記す。誰も読まない現実。目を閉じると消えてしまう記録。ぼくは帽子を目深にかぶり、家を出る。道は開いている、ぼくは進む。ぼくは海を見る、船を見る。船は海の上、ぼくはゆく。それは今日の午後。
 8月は展覧を楽しむ月。ミリキタニの猫を、あなたは知っていますか。それは、日系人強制収容所と9.11を体験した反骨のホームレス画家、ジミー・ツトム・ミリキタニの絵画です。路上生活が映画化され、その後大きく変わった彼の人生と作品の回顧展が、開催中です。立命館大学国際平和ミュージアムで、20日まで。
 梅雨明け前後の京都は、祇園祭と夕立。14日からの3日間、京都市指定有形文化財の長江家住宅が公開されます。厨子2階型と呼ばれる、京都の呉服商家のたたずまいを遺す京町家で、特徴ある格子、奥座敷、通り庭などを見せてもらいましょう。もちろん、秘蔵の屏風飾りも。新町綾小路の船鉾町です。
 14日のハートピア京都は、「映画そして芸能」。肩の力を抜いて、様々な芸能を楽しみましょう。正賀流吟舞社の剣舞「川中島の戦い」を見た後は、剣龍会による刀のさばき方実演。日本舞踊の後は、リレートークと京ことばの会の朗読。さらに、江戸芸・梅后流のかっぽれ踊りと、もう大騒ぎ。
 もてなしの金工品展は、どうですか。元々江戸期の饗宴文化の場であった角屋、そこに取り揃えられた道具のうち、今回は金属工芸品が展示されます。赤絵内銀杯、青海波龍文徳利などの酒器、桐透彫手焙などの暖房器具等々、風雅そのもの。角屋もてなしの文化美術館で、18日までです。
 ちょっと変わった展覧会が、建仁寺塔頭の禅居庵であります。それは、おっぱいをテーマにしたアート展、その名も「πr事情展」。座布団の上に展示される作品も楽しみですが、身体と木製オカリナを使ったパフォーマンスもおもしろそう。女性のからだとこころを学際的に科学する「乳房文化研究会」主催で、17日から21日です。
浅葱の昼と滑る鮎(2013年6月)

   「それの浅葱のカーテンにさらさらと木漏れ日が流れて滑り、その中を蹄鉄がかはるがはる鮎のやうに光る。」(昼)

 昼は気づかないうちに私の横を通り過ぎる。私は過去の人に手紙を書く。未来の人のブログをたどる。今いる人の朗読を聞く。それは束の間の夢の中。カーテンは開いている。網戸は閉じている。窓は透き通っている。そこにあるさりげない危機。鍵が外れる。蹄鉄が響く。ナイフが煌めく。私は水を想う。木洩れ日に光る魚をたどる。水底に潜っていく姿を追う。私をすり抜ける透明な世界。手紙が郵便箱に届く。ブログが定刻に更新される。朗読が結末どおり終わる。昼はこぼれるように私を残す。
 6月はこだわる月。映画はヌーヴェル・ヴァーグ。「ブニュエルとタチを継承する唯一の存在」と言われた、リュック・ムレの初期作品を、同志社大・寒梅館ハーディーホールで見てみよう。「ブリジットとブリジット」、「密輸業者たち」、「ビリー・ザ・キッドの冒険」の3本だ。20日です。
 音楽はモダンジャズ。その技法と論理を、京大人文研で学ぼう。単に指を走らせればアドリブ演奏ができるわけではなく、そこには高度の理論とロジックが必要とのこと。大阪在住のジャズピアニスト、フィリップ・ストレンジさんのレクチャーを受けて、ジャズの名曲を聞いてみよう。20日です。
 イラストとマンガは寺田克也。「滅法絵のうまい男」、「ひたすらに描き続けるラクガキング」と称される氏の、国内初の展覧会で確かめよう。雑誌・書籍の装丁画や挿絵、モンスターやヒーローのコスチューム設定画など、「ここ10年」に描かれた約300点の作品をどうぞ。国際マンガミュージアムで30日まで。
 人形は伏見人形? 伏見稲荷大社門前の深草一帯で生産された土人形で、江戸時代後期に盛んに作られて、全国の郷土玩具の源流となりました。市内の江戸時代の遺跡から出土された人形が、今出川大宮の考古資料館で30日まで特別展示されます。七福神などの神々、力士などの人物、狐などの動物、船などの器物、その他様々です。
 謎はインカ帝国。マチュピチュ発見100年を記念したインカ帝国展が、文化博物館で23日まで開催中。なぜ都市がこんな場所に、なぜ山頂に人形が埋まっていたのか、なぜ壺に顔があるのか、12角の石の作り方はなど、ここに来ればわかります。世界初の3Dスカイビューシアターも見逃すな。
蝶は愁い午後の街(2013年5月)

   「蝶はいくつか籬を越え、午後の街角に海を見る・・・。私は壁に海を聴く・・・。」(郷愁)

 気がつくと空にいた。上へ下へ右へ左へ。浮かんでいたのだろうか、飛んでいたのだろうか。街があんなに小さく見える。かと思えば、人々の顔がこんなにはっきり見える。昼間なのか、夕方なのか。天気もよくわからない。いつからこうしているのだろう。なんだか楽しい気分さ。僕はきっと蝶なのだろう。あちらからこちらへ、こちらからあちらへ。ただ飛んでいる。あれあれ、目が覚めた。はっきりと時間が動いている。この世がここにある。車が走る、木々が揺れる、窓が開く。信号が変わる、灯りがつく、噴水の水がはじける。なーんだ、夢だったのか。じゃあ、あそこに見える海は何。壁越しに聞こえる波の音は。そこからすり抜けてやってくる蝶は誰。そうしてここにいる僕は。
 5月は新緑と祈り。満開の桜が過ぎても、今度は緑が美しい醍醐寺に行ってみよう。11日は、「音と祈り」と題した奉納コンサートです。第一部は小柳ゆきのアコースティックライブ、第二部は森友嵐士の弾き語りライブ。ゲストはT−BOLANの五味さんです。初夏の空に、生音の祈りは届くか。
 こちらは奉能。御所の東にある清浄華院では、11日に秘仏泣不動尊像の開帳法要が営まれますが、その際のイベントです。涙を流す不動尊が、高僧の身代わりとなって閻魔庁に行ったという室町時代のこの能曲、この度能楽師の青木道喜師により復曲・改作されて、観世流にて演じられます。
 大原は寂光院に残る、建礼門院の祈り。その八百年御遠忌が、12日まで厳修されます。苔むした建礼門院御庵室跡や、青もみじが美しい本堂も訪れてみましょう。関連行事として、7月の蛍放生会と平家物語朗読、8月の地蔵盆、9月の薩摩琵琶奉納演奏と続くのも、楽しみです。
 大覚寺で幕末・近代の祈りを偲ぼう。31日まで、特別名宝展「大覚寺の栄華 幕末・近代の門跡文化」が開催中。激動の時代における嵯峨御所の文化が紹介されるとともに、門跡と関係が深かった彫刻家・高村光雲の作品や、文人画家・富岡鉄斎の作品が、一堂に展覧されます。
 アマゾンからの祈りは、あなたに届くか。日本とブラジル両国のアーティストによる芸術作品で、日本人であることを再認識する、総体的な芸術体験の試みです。作品は、絵画、ビジュアルアート、写真、ライブペイント、セラミックアートなど、多岐にわたります。売上金は、アマゾンの環境保護に役立てるとか。国際交流会館で、29日から5日間です。
足音は流れ瞳に春(2013年4月)

   「うららかの跫音空にながれ をりふしに瞳をあげて 翳りなきみ寺の春をすぎゆくなり」(甃のうへ)

 時々、聴覚を敏感にして、街を歩いていることがあります。青空のむこう、雲の合間、ビルの屋上、電信柱のてっぺん、アパートの階段、バスの窓、背高にいさんの粋な帽子、ハイカラおねえさんのショールと、上から下まで色々な音が聞こえてきます。するする、ふわふわ、ぐるぐる、くらくら、かんかん、ぶーぶー、すかすか、しゅるしゅる。あれ、下の方で、こつこつ言うのは? それとも、ごつごつ、ぎゅっぎゅっ、かつかつ、からから、ぺたぺた、どすどす。ああ、これは足音。ソロから、トリオから、大オーケストラまで、様々なアンサンブルが楽しめます。 詩人ですか? 何故かあまり音がしないらしいです。忍び足でもないのに、よく後ろから追い抜きざまに、人を驚かせます。あれ、音がしないと思ったら、何だか宙に浮いているぞ。なーんだ、今は春だからか。
 4月は舞台で楽しもう。毎春恒例、上七軒歌舞練場で、北野をどりはいかがですか。第一部の舞踊劇「雲のかけ橋、」から、第二部の純舞踊「再春京四季(またくるはるみやこのにぎわい)」、フィナーレ「上七軒夜曲」まで。またこれは、賑やか、艶やか、華やかで、よろしおすなぁ。7日の日曜日まで。
 たまには役者気分で。日本の芝居小屋で発明された、花道、迫り、廻り舞台を体験しませんか。阿国かぶき発祥四百十年記念の、南座春の特別舞台体験で、約20分間実際に楽しめます。同時開催の歌舞伎ミュージアムでは、まねき看板、芝居錦絵、小道具、乗り物の実物が展示されています。16日まで。
 27日の、京都芸術劇場・春秋座の舞台上では、何が起こるのか。それは鬼才パゾリーニ作の戯曲、「カルデロン」。演じるのは、若松武史、河合杏南などの個性派俳優。「目覚めるたびに違う世界」に、あなたは魅惑されるか。関連企画で、演出家・川村毅と女優・渡辺えりのトーク(12日)、映像上演会(13日)もあり。
 京都国際ダンスワークショップフェスティバルは、今年で18回目です。テーマは、「Fluid-Structure」。身体と思考の流動性を学び、様々な表現のスキルを磨きます。ビギナークラス、こどもとおとなクラス、身体メンテナンスができる明倫ボディサロンがあるのもうれしい。芸術センターで、19日から来月6日まで。
 舞台には金工が似合う。京都金工界の中堅、若手作家が、伝統技術を継承しながら、より新しい技と創造に打ち込んだ作品をご覧ください。竹田の京セラ美術館で、20日まで開催中。鋳金、鍛金、彫金、七宝はもちろん、ファインセラミックスや京都オパールという新材料の作品もあります。
春の友と悲哀の歌(2013年3月)

   「春が来た、友よ、君らの歌を歌つて呉れ、君らの歌の、やさしい歌の悲哀で、僕の悲哀を慰めて呉れ。」(僕は)

 コットンセーターに着替えて、腕をまくろう。風に体を包んで、浮きあがろう。驚かさないように四十雀に近づいて、歌声を真似よう。そうだ、春が来た。空がうっすら青い春。山がぼんやり霞む春。海がゆらゆら居眠りする春。なのに、何だか悲しいのは何故。履き替えない靴、取っ手がくたびれてきた鞄、斜めにかかった眼鏡。いやいやそれより、歳取った分だけ重くなった心。偉くなって、身構えて、ふんぞり返って、心に荷物が溜まっているようだぞ。ここはひとつ、思いっきり悲しい歌を歌ってみよう。春の日差しを浴びて、泣いてみよう。その後は、大きな口であははと笑って、うーんと背伸びをして、頭をからっぽにしてみよう。心配しなくても、後から身軽な自分が返ってくるさ。
 3月は明日を想う月。16日のシンポジウムで、祇園祭山鉾巡行の今日と明日を考えてみよう。150年ぶりの復興を目指す、大船鉾。これを支える伝統工芸と伝統技術、経済的側面を、パネリストが討論します。この復興は、祇園祭が変化する可能性、すなわち山鉾巡行「後祭」の復活にもつながっています。立命館大の朱雀キャンパスで。
 版画の明日がここにある。電子映像が視覚を支配する時代だからこそ、「刷る」という版画独自のプロセスが見直されています。中堅作家達の豊かな版画表現は、京都から世界に発信されるか。23日からの2日間、京都市美術館の京都版画トリエンナーレ2013、「PAT in kyoto」で確かめてみよう。
 2000年後の小学校は、どんなのだろう。30日までに、京都芸術センターに行けばわかるかも。身の回りにある普通のものを化石化し、現在を象徴するものに変換し、現在とは何かを問いかける美術作家・柴川敏之と、てんとうむしプロジェクトによるこの展覧会。元・明倫小学校で、答えが見つかるかも。
 映画のまち・京都太秦に、明日の先端コンテンツが大集合。昨年12月に始まった、「ゲームフェスタ GPSエンターテインメント」は、今月いっぱいで終了。君のスマホを「アンダーワールド」と繋げ、仮面ライダーウィザードと力を合わせて、太秦に潜むモンスター達を探すんだ。君はミッションをクリアできるだろうか。
 芸は今日から明日へ。今出川浄福寺の織成館では、17日まで「芸舞妓の衣装展」が開催中。先斗町屋形より、置屋秘蔵の衣装を中心に、小物や伝統工芸の逸品が公開されます。花街お茶屋文化に親しんでもらうこの企画、お茶屋遊び体験や狂言師・茂山童司の話も楽しそうです。
冷夜の光に浮ぶ姿(2013年2月)

   「それはひいやりと手のひらに滲み、あたりを蛍光に染めて闇の中に彼の姿を浮ばせた。」(夜)

 あなたは宇宙そのものでした。あなたがいるだけで舞台は充満し、時代がいきいきと現れたのでした。あなたの魔を退ける大きな眼、大地に根付く逞しい体幹、努力の末に得たよく響く声。あなたは根にいる人でした。あなたがそこにいるだけで、世界が落ち着いた人でした。弁天小僧と力丸がいちびっている後ろで、ふすまの蔭からちらりと見える、あなたの存在感はどうでしょう。暫、景清、鳴神など、あなたは荒事で語られます。私はそれよりも、長兵衛が水野屋敷に向かう時の俯いた背中、富樫が義経一行を見送る時の祈りの右手、又平が絵が抜けてきょとんとする天然の両足、そこにあなたの人間を感じたのでした。信頼できる大きな宇宙を見たのでした。今はただ安らかに、ご冥福をお祈りします。
 2月は学ぶ月。京都学園大の京町屋キャンパスで、「思いがけない日本語の話」を学んでみよう。「世界の中の日本語の発音」、「武士と日本語」、「京都『上ル下ル』の話」と、日本語専門家の講義が受講できます。それぞれ8日、15日、22日で、場所は新町錦小路の「新柳居」です。
 次は、ノートルダム女子大の「研究プロジェクト報告会」。研究助成プロジェクトに採択された最新のテーマについて、研究成果を公開する意図です。13日はモダニズム文学、昭和20年代の教育プランなど4題、21日は高齢者の地域活動、古都エディンバラ畸人伝など2題です。場所は、大学のユニソン会館ですよ。
 23日から25日までは、関西建築学生の卒業設計展。関西圏の20校、237名の出展者による、様々な想いのこもった卒業設計・論文が集まります。キャリアや世代を横断した議論の場を設けるとのことで、学生間の講評会、学生と審査員による評価軸が交差した講評会など、これはただでは済まないぞ。みやこめっせで。
 心静かに、ライカの神様・木村伊兵衛の写真展で学ぼう。そこにあるのは、スナップ写真による、躍動する昭和を写したルポルタージュ。有名な「秋田おばこ」や「秋田市追分」、永井荷風など著名人のポートレート等、驚くほど穏やかで豊かな情緒にあふれています。四条花見小路の何必館で、17日までにどうぞ。
 学びは一休みして、初午・大根焚きで心安らごう。大原の三千院門跡では、8日から3日間、出世金色不動明王の特別祈祷が行われ、ご祈祷大根の無料接待があります。大原関連では、京都工繊大の企画展、「大原女 柴売りから観光資源へ」にも行きたいところ。23日までで、20日には大原女着付けのイベントあり。
山は冴え空に流雲(2013年1月)

   「泪をながせば 山のかたちさへ冴え冴えと澄み 空はさ青に 小さき雲の流れたり」(冬の日)

 冬の日。なんて青い空。そこには懐かしい人々。微笑む人、悲しむ人、叫ぶ人。佇む人、頷く人、呼び掛ける人、駆ける人、昇る人、落ちる人。みんなそこにいる。ぼくだけがこちらにいる。たった一人、ぼくだけが。なぜだろう。涙が出るのはなぜだろう。生きているのはなぜだろう。山は何も言わない、ぼくも何も言わない。流れるのは雲、見ているのはぼく。みんなあちらに行ってしまった。ぼくだけがここにいる。冬の日に生きている。ああなんて青い空。ああなんて一人。命よふたたび、どうか命よふたたび。
 1月は祈り。没後400年の角倉了以は、何を祈り何を残したのか。西木屋町のひと・まち交流館では、13日にフォーラム「角倉了以とその時代」があります。上田正昭氏による角倉一族の偉業についての基調講演と、安南交易とベトナム交易に対する報告です。「グローバル京都学を拓く」の副題にも注目。
 8日から20日は、府立文化芸術会館で「祈りの世界」展。漆、書、箔画、現代美術、日本画、油彩を専門とする14人の作家による、それぞれの「想い」が展開されます。「当たり前であったことが当たり前でない今日」、「わたしたちの『生きる』を考えたい」とのこと。まずは素直な気持ちで、作品を見てみよう。
 祈るマリア像に、君は何を見るのか。京大総合博物館で、三つのマリア十五玄義図を見つめてみたい。解説が欲しい人は26日に行って、「茨木キリシタン遺物の発見」と「マリア十五玄義図が教えてくれたこと」を聴講しよう。展示は2月3日までで、同時に茨木でもキリシタン遺産展が開催中です。
 祈りのようなシェイクスピア劇を、見てみませんか。ロンドン五輪に際して開催されたワールド・シェイクスピア・フェスティバルの依頼で、製作された「コリオレイナス」。演ずるは「地点」、ロンドンはグローブ座からの凱旋公演です。25日からの5日間、府民ホールアルティが、グローブ座の空間に変身します。
 真っ暗闇の大物産展は、何が祈られるのか。10日から20日まで、京都伝統工芸館内のスペースで、「胎内巡りと画賊たち」が開かれます。参加作家は東京の画家集団で、貝殻の置物やこけしなどの伝統的民族品をモチーフに、オリジナル民芸品が展示されます。迷宮の「脳内リゾート旅行」を、お楽しみください。

前にもどる ページの先頭にもどる